第26話

LAでの撮影が決まった

博さんとスタッフ数人で明日、日本を発つ


木崎さんが気を聞かせてくれて、千夏に父親の仕事を見てくればと言ってくれたのに、

「それは出来ません。私は木崎さんのアシスタントですから」って。


アイツらしいわ。

俺は一緒に来てほしかったけどな



「千夏、行ってくるな」


「うん」


「おっ、淋しいかぁ?」


「うううん、もう慣れた」


「そんなもん、慣れんなよ。

ほんとは淋しいんだろ?」


「淋しくないよーだ」


「そっ。じゃあ、行ってくるわ」


「あっ、待って!」


玄関で背中から腰に腕を回した彼女


「少しだけ。ほんの少しだけ、こうしてていい?」


「いいよ」


千夏の腕をほどいて正面から抱きしめた


「こっちの方がいいだろ?」


「ぅん。

拓也くん、私、我慢してた。

やっぱり、淋しい」


「さいっしょっから、素直に言えよなぁ」


「だって、そんなこと言ったら拓也くん困るでしょ?」


「千夏が我慢してる顔見る方がまいるわ」


「ごめん」


「…千夏、顔上げて」


チュッ


「頑張ってくるな」


ポンポン


「うん、いってらっしゃい」



大好きな人を送り出す時、

いってらっしゃい

頑張って

早く帰って来てね


ドアが閉める瞬間、たくさんのことを思う


そして、最後に1つ

私がいつも彼に思うこと


何処に行っても

どんな時間を過ごしても


拓也くんが拓也くんでいられますように。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



撮影2日目


「拓也くん、少し休憩しようか」


スケジュールの合間をぬって、弾丸で来たLA。

なかなかハードな撮影が続いていた


砂浜に腰を下ろして一息ついた


風が気持ち良くて

水平線がずっと続いてて

空がでっかくて


この景色、千夏にも見せてやりたいなぁ




「拓也ぁー」


後ろから呼ばれて振り向くと木崎さんの姿


「どうしたんですか?」


「椎名さんの仕事がどうしても見たくて、時間がとれたんで、飛んで来たんだよ」


木崎さんがいるってことは…


「残念だけど、千夏ちゃんは日本だ」


「いやっ、俺は何も…」


「ハハ、そんな露骨にしょげんな。

嘘だよ。ほら、拓也の充電器が来たよ」


海岸線を必死で走ってくる愛しい人の影


「はぁ、はぁ、拓也くん」


「おー、何だよ、来ないって言ってたくせに」


「だって、木崎さんが行くって。それなら、私もついて行かなきゃね」


「まっ、そうだな」


「なによぉー、せっかく来たのに嬉しくないのー?」


「べっつにぃー」


「あっ、そう。じゃ、私、帰ろっかな」


振り向いた彼女の前に回って焦って肩を押した


「ごめん。帰んなよ。ここに…いて」


「うん、ここにいるー」


少し背伸びして飛び付くように俺の首に手を回した彼女を持ち上げてきつく抱きしめた


でも、次の瞬間、千夏が慌てて俺から離れて1歩後退りした


「拓也くん、やだ、皆、見てる」


真っ赤になって俯く千夏

後ろを見るとスタッフ、木崎さん、博さんまでもがニヤニヤしてる


「うーわ、恥ずかしい。

んー、でも、もう、いいかっ。

お祖母ちゃんには散々見られたし」


「お祖母ちゃんに?どういこと?」


「クスクス、何もねぇよ」


「えー、教えてよー。思い出し笑いしちゃって、エッチぃ」


「うっせぇーわ」


再び、引き寄せて抱きしめた




「そうだ、ねぇねぇ、拓也くん、今休憩中?」


「うん、そうだけど」


「じゃあさ、拓也くん撮ってもいい?」


「いいけど、ちゃんと撮ってくれよー」


「まかしといて‼」




千夏の声が聞こえた瞬間、

海の蒼さも空の青さも風の匂いもすべてが変わった


さっきまで彼女に見せたいと思っていた景色さえ、もう、どうでもよくなった


波打ち際ではしゃぐ彼女の足元に寄せては返す波がまとわりついて、水飛沫が陽の光に反射してキラキラと光ってる


ちゃんと撮ってくれよ!って言った俺だったけど、そんな彼女の姿を見てるとこっちがシャッターを切りたくなるよ


千夏がいることが

俺にとって、こんなにも世界を変えるなんて

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