第25話

忙しい毎日だった


でも、その忙しさは疲労感だけが残るものではなく、

常に新しい風を受けて、目にするもの耳にはいるものすべてが刺激的で気持ちが高揚していた。


時々、我に返って、自分を見失っていないかと思ったりもするけど、

彼女の笑顔を見てると、これでいいんだ、前に進もうと思えた。



そんな頃、

写真集の話が入った


俺はどうしても博さんに撮ってもらいたくて、事務所に交渉し、半ば決定していた木崎さんにお願いにしに行った


「木崎さん、今度の写真集のカメラマンのことでお願いがあるんですが」


「何だ?拓也」


「椎名さんに…撮ってもらおうと思って。申し訳ありません」


「俺は椎名さんが撮るんなら、全く文句はない。むしろ、俺も撮ってほしい。

ただ、あの人が受けるかどうか」


「ありがとうございます。そうですよね。とにかく、話してみます」



俺は千夏に何も言わず、博さんに連絡した


「博さん、お願いがあります。

俺を…撮ってくれませんか?」


「拓也くん………

俺はもう、随分前に引退してるし、そんな腕もない」


「無理なことは承知でお願いしてます」


「俺は…」


「愛する人しか撮らない、ですか?」


「そうだ。でも、だから、断ってるんじゃない。拓也くんは、愛する人だからな。

千夏が愛する人は俺にとっても愛する人だ」


「博さん…」


「本当に俺でいいのか?周りにはちゃんと話したのか?」


「はい、それは大丈夫です」


「…わかった。受けるよ。

でも、金は1円もいらない。俺が撮りたい人を撮るんだからな」


「ありがとうございます。

よろしくお願いします」



俺のことを"愛する人”と言ってくれた博さんの言葉に胸が熱くなった





「ただいま」


しーんとしたリビングのソファで眠ってしまってる千夏


あーあ、もう、クタクタだな

すやすやと眠る彼女の顔をしばらく見てた


「拓也…くん」


寝言?

そっか、そっかぁ、そんなに俺のこと好きなのかぁ。顔がにやけてきた

そっと髪をよけて頬にキスするとぱちりと大きな目を開いた


「拓也くん…?おかえり」


「ただいま。疲れたんだな。自分の部屋でゆっくり休め」


そう言うと、慌てて体を起こして俺の首に腕を回す


「いやっ、拓也くんと一緒に寝る」


「千夏、寝惚けてる?」


「うううん、起きてる」


「わかった」


そのまま、彼女を抱き上げて俺のベッドに連れていくと、安心したかのように再び寝息をたて始めた


ほんとに一緒に寝るだけかよっ

まぁ、今日は許してやるか


無意識なのか、ベッドの左側に寄って手を伸ばして眠る彼女の姿を見ていると、たまらなく愛しくて、右側に入り、しっかりと手を握った


抱き合うだけがすべてじゃない

こうして、隣にいるだけでいい

こんな風に思えたのは初めてだった



「なぁ、千夏…

今度、博さんに撮ってもらうことになったんだ。きっと、いいものが出来るよ」



大事な報告を…起きる気配もない彼女に話しかけてた。

「どうして、言ってくれなかったのー!」って膨れっ面するに違いないと思いながら…。



艶やかな黒髪を撫でながら、俺も眠りについた

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