第22話

拓也くんの大きな手に包まれて、石段を下りていくと、軽くなっていく気持ちと共に胸の奥があったかくなった


今まで感じたこのないこの感覚はきっと彼が与えてくれたもの


涙がジワリと滲んでくる

彼の腕に頬を寄せた


「ん?どうした?」


「拓也くんのパワーがね、すごいの」


「俺の?」


「うん、伝わってくるの、拓也くんのパワーが…。

拓也くん、私ね、思うの。

私達もし、ここで出会わなかったとしても、すれ違ったとしても、きっと、いつか出会う運命だった気がする

…うまく、言えないけど…うーんとね、

だから…

大好きなのっ」


恥ずかしそうに潤んだ瞳でそう言った千夏は慌てて手を離してパタパタと走って行った


彼女の方からそんな言葉を聞いたのは初めてだった


やべぇ、泣きそう

嬉しくて…離れていく彼女の背中に向かって叫んだ


「なんだよ!また、逃げるのかよー」


少し先まで走って振り向いた彼女


「もう、逃げないよ。だって、拓也くんとずーっと一緒にいたいもん」


もう、何なんだよ、

そんなキラキラした笑顔見せられたら

たまんないだろ。

駆けよって思いきり抱きしめた


「千夏、俺の側を離れんなよ」


「はいっ」


「じゃ、約束な」


チュッ


「これだけ?」


短いキスが物足りなさそうに背伸びする彼女が可愛くて、背中をしっかりと支え、何度も優しく繰り返した




その時、誰かが千夏を呼んでる?

声が近付いてくる


「ちぃーちゃん、やっぱり、ちぃーちゃんじゃないかぁー」


「おばぁーちゃん!」


「あれ?拓也くんも一緒かい?」



「どうしよ?拓也くん、見られたかな?」

「暗いから大丈夫だろ」



「何、二人でこそこそ言ってんだぁ?」


「うううん、それより、お祖母ちゃん、こんな時間にどうしたの?」


「老人会の寄り合いでな」


「そうなんだ」



「拓也くん、拓也くん」


お祖母ちゃんが手招きして俺を呼ぶので近寄ると…


「拓也くん、ばあちゃん、口は固いならな」


不適な笑みを浮かべながら、俺の顔をまじまじと見つめるお祖母ちゃん


やっぱり、見られてたのかぁ~



「お祖母ちゃん、私ね、あの」


「はいはい、早く家に帰ろ。

博も由紀子さんも喜ぶよ」


「うん」



家に着くと、何も聞かず、温かく迎えてくれた二人


去年急に訪れたこの場所は、ちっとも変わっていなくて…

俺はまた、心も体も癒されてた




ご飯が終わると、博さんが少し飲まないかと言った


きっと、俺と千夏のことはわかってのことだと思った


静かなリビングで二人で飲み始めた

最初は俺の仕事のこと、千夏の東京でのこと


少し、酔いが回ってきて、俺は博さんの昔のことが聞きたくなった



「博さんは東京で何をされてたんですか?

…実は、千夏ちゃん、写真をやりたいようなんです」


「写真を…千夏がねぇ…

アイツ、中学生ぐらいだったかなぁ、興味を持ち出して、俺の使っていたカメラをやったんだ。すごく、喜んで何処へ行くにも持っていってシャッターを切ってた。

…本気でやりたかったなんてなぁ」


「そうだったんですね」



「俺は昔、東京でカメラマンをやってた。

ただ、撮ることが好きなだけな変わりもんだよ。気に入ったものしか撮らなかった。


そのうち、周りのヤツは金になる仕事ばかりするようになって…そうするとな、そいつらはどんどん有名になっていった


俺は…このまま、この世界でやっていけるのか?って思い始めた。


そんな時、親父が倒れて、こっちに戻ってきたんだ。

まぁ、要するに逃げてきたんだな」



淡々と懐かしそうに話す博さんの話に俺は引き込まれてた



「由起子はそんな俺についてきてくれた。

最初はこんな田舎に引っ込んでしまった自分に腹が立って荒れたよ。


でもな、親父が逝き、生まれ変わりのように千夏が生まれた時、久しぶりカメラを持ったんだ。

シャッターを押す指が震えたよ。

こんなにも大切なかけがえのない宝物を写すのも悪くないなって。

いやっ、これが俺の写真だって。


それから、家族の写真を撮り続けた。

ばあちゃん、由起子、千夏、祐樹、これ以上の被写体はいないと思ってる


俺は…愛する人しか撮らない。

そんな洒落たこと、昔、言ってたんだけど、

結局は今もその気持ちは変わっちゃいないよ


あっ、悪い、俺一人で喋りすぎたな」



そう言うと、博さんは奥から何冊ものアルバムを出してきた



「拓也くん、良かったら見てくれるか?」


「はい、是非」




アルバムの中には俺のまだ知らない小さな知夏が笑ったり、泣いたり、怒ったりしている


すべてに愛を感じ、胸の奥が熱くなった



「グスッ、何か俺、この写真見てたら感動しちゃって…」


「拓也くん、ありがとうな。

千夏を守ってくれてるんだな」


「え?」


「ハハハハ、わかるよ。俺にだって。

…ずっと、アイツを守ってやらないとって思ってきた。そろそろ、拓也くんにバトンタッチだな」


「博さん…」


「よろしくな」


「はい」




たった一言、"はい”と答えた言葉にどれ程の重さがあるのか…

でも、俺には少しの迷いもなかった



大切な人

千夏を、守り抜きたいと思った

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