第16話

外が明るみ始めた頃、目が覚めた

いつの間に眠ってたんだろう


無意識なのか、彼は私の身体をしっかりと抱きしめていて、少し動くとまた引き寄せる


目の前に彼の引き締まった胸

そっと顔を上げると寝息をたてて眠る鼻筋の通った綺麗な顔


夢じゃ…ないんだよね


昨夜はあんなに幸せを感じていたのに

急に不安が押し寄せた


数えきれない程の歓声を浴びて輝く人

そんな拓也くんのことを思う女の人はいくらでもいるだろう


本当に私だけなの?

うううん、もし、そうじゃなくても、いい


自然と溢れてくる涙

彼に気付かれないうちに泣き止まないと。


「千夏?どうして、泣いてんの?」


「あっ、起こしちゃった?

へへへ、んーとね、拓也くんの腕の中、あったかいなぁって嬉しくて。嬉し泣きよ」


拓也くんが私の顔のところまで下がってきて、肘をついてじっと見つめ、涙を拭ってくれた


「また、嘘ついてる…

俺の前では我慢しないって約束したとこだろ」


「…んっ」


そんな優しい目で見ないで

余計に泣けてくるよ


「千夏…泣いていいよ」


そう、微笑みながら言った彼は鼻先にチュッと音をたてるキスをして抱きしめてくれる


「拓也くん…

グスッ、うっうっ、うわぁーん」


胸に顔を押し当てて泣いた

拓也くんは黙って泣き止むまでずっと背中をさすってくれた



「なぁ、千夏…俺を信じてくれる?」


「拓也くん、私がどうして泣いてるか、わかるの?」


「千夏のことは何だって、わかるよ。好きだから。

不安にさせてしまうこと、これからもきっとあると思う。

でも、俺を信じて」


「うん、ごめんなさい、

私、拓也くんのこと、信じてる」



こんなにも幸せな温もりと溶けるような彼の笑顔を私が独り占め出来ることがちょっぴり怖かった

でも、もう、迷ったりしない



「よしっ、じゃ、もっかい」


「えー、無理だよ」


「そりゃぁないよ。今まで散々耐えてたんだよ。その分」


「そ、それはまた少しずつね。

だって、もう明るいよ。恥ずかしいよー」


「っんだよ」


「私、シャワー行ってくるね」


「ちょっ、待てよ」


「きゃー!」


ベッドから逃げるように飛び出した千夏は何も身に付けていないことに気付き、シーツを引っ張った


「そんな、慌てんなよ。昨日、よーく見たんだから」


「えっち!ドタドタ、がっしゃーん。痛ぁーい」


廊下でシーツに絡まって、ひっくり返ってる彼女を抱き上げた


「お嬢様、シャワーですか?それとも、もう一度ベッドに行く?」


「シャワーに」


「冷てぇなぁ」


「拓也くん、お願い」


そんなすがるような目で見られたら、敵わないよ


「はいはい、シャワーですね」


バスルームの前でそっと下ろすと

"ありがと”って小さい声で言って微笑む彼女


瞼に触れるだけのキスをして

千夏の香りが残るベッドに戻った


幸せな朝は

時間がスローモーションのように流れればいいのに。

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