第14話

仕事から夜遅く帰ってくると、千夏ちゃんがまだ帰ってない


撮影、もう早くに終わってるはずなのに。

何かあったのかな?


連絡してみようとスマホを手にしたけど…

やめた


落ち着かない気持ちで何をするわけでもなく、ソファに立ったり座ったり、キッチンへ行って水を飲んでみたり

そんなことをしてると…



「ただいまぁ」


慌ててテレビの電源を入れて観てるふりをした


「おかえり」


「あれ?拓也くん、珍しいね。テレビ観てるの?」


「あ、うん。たまにはな」


俺は家でほとんどテレビをつけることはなかった


「こういうの好きだったの?」


焦ってつけた画面には明らかに俺の興味のないような番組が映ってる


「まぁなぁー。結構な。っで今日はどうだった?」


「緊張したけど楽しかったよ。ありがとうね。拓也くん」


「そっか。撮影おしたの?遅かったね」


「時間は予定通りよ。カメラマンさんと飲みに行ってたの」


「ふーん」


「どうしたの?」


「別に」


「何か怒ってる?」


「怒ってないけど?」


「拓也くん…最近、変だよ」


「何が?」


「優しくしてくれたかと思ったら、急に怒ったり。私…拓也くんがわからなくなってきた。私のこと嫌いなら…もう、優しくなんかしないで。ここも出て行くし」


「それはダメだ。由紀子さんに頼まれたんだし」


「何それ!お母さんが?

拓也くん…だから、私の面倒見てくれたの?頼まれたから、仕方なく…」


「仕方なく、なんて言うなよ」


「だって、そうなんでしょ?」


「そうじゃない」


「じゃなきゃ、何?もういいよ!!」


千夏ちゃんは目に涙をいっぱいためて、部屋に入ってしまった


あーあ、また怒らせてしまった

アイツ…結構言うようになったよな



しばらくするとふて腐れた顔で出てきた彼女


「申し訳ありませんが、お風呂いただきますね。明日には出て行きますので、今日だけお借りします」


何だ、あの態度。ってか風呂は入んのかよ


あー、このままじゃ、本気でアイツ出て行く

ちゃんと、気持ち伝えないと。


そう思ったら1秒でも早く話したくて

俺ははやる気持ちを抑えられず、無謀な行動に出た



バスルームのドアを勢いよく開けた


「きゃー!エッチ、変態ー」


彼女はお湯を思いっきりかけて、浴槽に飛び込んだ。

俺はその正面にしゃがんで目線を合わせた


「千夏ちゃん、話したいことがある」


「ここじゃなくてもいいでしょ。

早く、出ていってよ」


「すぐ、終わるから、お願いだから聞いて」


端っこにピタリとへばりついて見えないと確認した彼女は少し落ち着いた様子


「うん、わかった」


縁に置かれた彼女の手を握ってゆっくり話始めた




「俺は千夏ちゃんが好きだ。

好きだから、ほっとけなかったんだ。

由紀子さんに頼まれたからじゃない」


「拓也くん…本気で言ってるの?」


「本気だよ」


「いい…の?」


彼女の目から涙が溢れ落ちた


「いいの?ってどういう意味?

どうして泣くの?」


「だって…だってね、拓也くんは芸能人だから…。拓也くんのこと、好きになってもいいの?」


「いいよ。当たり前だろ。っていうか、俺が好きだから」


「好きになっちゃいけない。拓也くんには私なんかじゃ釣り合わないからって、ずっと気持ち抑えてきた」


「だから、それ、おかしいだろ」


「おかしくないよ。だって拓也くん、自分がどれだけの人になってるかわかってる?」


「千夏ちゃん、毎日、俺見てて、そんなすっげぇヤツに見える?」


「見えない」


「はぁ?それはそれで失礼だな」


「ごめんなさい」


「嘘だよ。

千夏ちゃんは世間で見られてる拓也でない、ただの一人の男の俺を知ってるよな?」


「知ってるよ。

いっつも一生懸命で負けず嫌いで努力家

カッコつけで弱音を吐かない。

でも、本当はすごく優しくて寂しがり屋で繊細なところ…全部知ってる」


「改めて言うなよ、恥ずかしいだろ」




「拓也くん…私も好きだよ」



泣き笑いした千夏ちゃんが可愛くて、

額をくっつけて何度も角度を変えて優しくてキスをした


相変わらず、浴槽から出てこない恥ずかしが屋の彼女の頭をずぶ濡れになった俺のシャツに押し付けるように抱きしめた



「俺さ、こんな仕事してるから、千夏ちゃんに我慢させたり、辛い思いさせるんじゃないかって自分の気持ち必死で抑えてた。

千夏ちゃんが笑っていられるように、ただ、見守っていればいいって。


いつか、千夏ちゃんがこの部屋を後にする時、あの夏の1週間もひっくるめて、思い出にしようって…思ってたんだ」


「拓也くん…」


顔を上げた彼女の止めどなく溢れる涙を拭いながら続けた


「でも、やっぱり、そんなカッコつけたこと無理だったわ。俺は千夏ちゃんが好きだから、誰にも渡したくない」


「拓也くん、ありがとう。私も拓也くんの側にいたい」


「じゃあ、約束して。

俺の前では我慢しないこと。

辛い時は辛い。淋しい時は淋しいって、素直に言うこと」


「うん、約束する」


「何かさぁ、俺らお互い我慢してたなんて、おっかしいよなぁ」


「ほんとだね」




やっと、通い合った心と心

何度も触れる唇は彼女の涙の味がした














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