草をわけて

 ハツはぎゅうっとかたちぢめて、それを聞くともなしに聞きました。ゆかしたにばりばりひびいてくるおそろしい音は、どうやらおじじとおばばが言いあう声です。

 細かいことは分かりません。ただ、その、空気を丸ごとすりつぶそうとする音のことばを、すりこぎみたいにかまえているのだとハツは思いました。そしてお互いに、そのすりこぎを、がっちゃがっちゃ、ぶつけあっているのです。

 「ああ。ひとりもひとりも、やかましいったら……」

 目を覚ましたかえるは、気晴きばらしにひとつきました。

 「もう明け方だからねえ。きっと、ハツをどうするか考えてるのさ」

 それでようやく、ハツは自分がずいぶん長くねむってしまったことを知りました。山鳩やまばとがそわそわと、首を伸ばしたり引っこめたりしています。

 「あのふたりがさわぐと、ないしょ話もおとぎ話もしていられないよ。わたしたち、さっとだまってしまう」

 「そうそう。にらみつけられて、ひとみにされると怖いから」

 「ふん。なにが怖いもんか。ハツ、ここから出ようよ。家へ帰ろう」

 蛙は言いました。

 「入ってきたほうとは反対の、あっちから出るんだ。そして立ちあがったら、真っすぐまっすぐ草を分けて走るんだよ」

 そのあいだにも、地面すれすれに細く長く見えている向こうのしきがはっきりしてくるのです。

 「走っていくと小さなお池に出る。そこに山吹が咲いてる。明け方にしかひらかない女精めがみさまの花があるんだよ」

 いさんでねる蛙にはげまされてハツは、帰ろう、かえろう、とつぶやきました。山鳩が言うように、見つかればひと呑みにされることも、ないとは言えません。けれど、きっと心配してる妹たちのことを考えれば、なにが怖いもんかという気もちにもなるのでした。


 腹ばいになって石をよけながら進むと、春の一日の、新しい空気がそこまできているのを感じました。けれど悪いことには、爺婆じじばばの声が消えているのにも気がつきました。

 「あ、あ、うしろだよ。こっち見てるよ。っぽう」

 「ぽう。怖いねえ。腹が立つねえ」

 ハツには見えませんでしたが、外に出てきた爺婆がにごった目をぎょろぎょろさせて、こちらをのぞいているのでした。

 しんがりの二羽があわてて、せまいせまい縁のしたからハツを押し出しました。ふところにもぐりこんでいた蛙が声をあげました。

 「さあ立って、走って、真っすぐ行くんだよ、ハツ!」

 せまいところでじっとしていたために、はじめ足が少しもつれて、それでもなんとかけられるようになりました。

 青くびた草をかき分けて飛びこえて、ハツはとにかく体を動かしました。昨日めたつゆさんとおなじ、きらきらした水のつぶが、とがった草のさきでぱっとっていきました。

 「むすめエ、いたらんことすンなぞオ」

 「すぐつかまえてやっけンなア」

 いやな音のすりこぎをりまわして、いまにも追いかけようとする爺婆の前に、山鳩の夫婦ふうふが飛びだしました。爺婆はびっくりしてころびそうになって、二羽をにらみつけました。

 「退かンね、どかンね」

 「せからしかぞオ」

 ふたりをぢかで見た山鳩は羽のさきまでこおりつきそうになりましたが、くっくとこらえて、片方ずつ、つとめていつもの調子でやりだしました。

 「あのが欲しいか、ででっぽう」

 「ひとみでよかけん欲しかア」とお爺。

 「そんなら答えろ、ででっぽう」

 「よし言うてみろ」とお婆。

 山鳩はぐるぐる飛んでいます。

 「おにおに、ででっぽう」

 「覚えているか、ででっぽう」

 「おまえたちが食った、可愛かわいい鳩の子らの数!」

 「そがンこと、二十か、三十……ンにゃ、もっとあったか……」

 うたい問答もんどうに立ちどまる爺婆のまわりを飛びながら、山鳩はいっぱいにふくらんだ胸でさらにいました。

 「それから、いたずらにんでくれた蛙のたまごの数!」

 「ええ、どがンじゃったか……」

 「ひどく遊んでくれたねずみの子の数、すっかりいなくなったうさぎの子の数!」

 「ええ……」

 山鳩の夫婦はぐるぐる、ばたばた飛びまわります。よくばかりで自信のない爺婆はめたてられて、しだいにおろおろっとしてきました。

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