縁のしたで

 ハツをむかえに来たのは、木小屋きごやもどってきたおばばでした。

 「むすめよオ、じじが悪かことしたってな。よオ言うて聞かせたけん、かくれとらんで出といでエ」

 「ああ、どがんしよ」

 ハツがつぶやくと、ふところがもぞりと動きました。

 「いいよ、出ていこうよ。どうせ……」

 「隠れとっても、におうとるぞオ」

 お婆がすぐ怒ったように言いましたので、ハツはしかたなしに立ちあがりました。着ものについたつゆが、いくつかひかって落ちました。

 「よし、よし、こっちさン来い」

 ハツのうでつかんだお婆は、そのまま家のなかへ引きずりあげようとしました。

 「はらっとろうが。ゆかンきのこ、食わせてやろうかい」

 その口から、むうっと、水のような、どろのような臭いがします。ハツは足をんばりました。そして枝のうえから、あの山鳩がこんな答えをぶっつけました。


 イーエ けっこう

 くされた ゆかいた むよりも

 はとめの おこぼれ つまむ

 ずっとまし ずっとましー


 それがとても可笑おかしい声でしたので、お婆は毛をさかてて、あたりを見まわしました。

 「こン娘、鳩なンぞに、つまらんうた教えよって。そがンおこぼれがよければ、地べたで暮らせ」

 ひと息つかないうちに、ハツはえんのしたへとほうりこまれていました。こんどは上手に転げて、大事に懐を押さえます。

 やがて頭のうえで木戸きどが閉まる音がして、お婆がひとり、家へ入ってしまったことが分かりました。


 縁のしたは暗く湿しめっています。石のつぶもごろごろして、ハツは体が痛くないように、身をよじらなければなりませんでした。

 うんざり声をあげながら、蛙がようよう鼻先へといでてきます。その目は、ふたつの、ちいさなかげが近づくのを見ていました。

 「ああ、もうね。この夫婦ふうふときたら。まいったね」

 ハツは少し、どきっとしてから、ほっとしました。それは、あとを追って入りこんできた山鳩でした。

 二羽はこんなせまさどうということはないふうで、くわえてきた野いちごや、あまのする草をハツの顔の前に置きました。それから、

 「感謝はしたとて、ででっぽう」

 「文句はれるな、ででっぽう」

 と一節ひとふしずつやって、そばの柱でくちばしをこすりこすり言いました。

 「いつだったか、ねずみの子がくさいた食って、ぽんぽん変にしたらしいからねー」

 「そういうこと。どうぞ食べなよ、おこぼれを」

 蛙も「どうぞ、もらえば」と言いましたので、ハツは指を動かしてそれらを口に運びました。

 野の実りの丸さ、ありがたさは、山の子どもならみんなが知っています。先ほどまで日の光に包まれていたそれが、いまどれほど味わい深かったことでしょう。

 「あなたも食べんですか」

 「全部お食べよ。わたしはつゆさんでいっぱいだし、どうせなら虫のほうがいいから」

 こんなやり取りをするハツと蛙との横で、山鳩はおたがいの毛をでつけて、満足そうにしているのでした。


 甘い汁の出る草をかみかみ、うとうとしたハツは、おもてに少しずつ夕暮れがせまってくるのを感じていました。なので次に、物音で目を覚ましたとき、遠くのほうがほのかに白く明るいのを、まだ夜になる前のひかりだと思ったのでした。

 けれどもハツを起こしたのは、そばでねむる蛙ののどがころころるのでも、寝起きの鳩が、ででっぽうをするために胸をふくらめる音でもありませんでした。

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