鬼ン婆と鬼ン爺

 ハツはとっさに言いました。

 「あのう、すいません、勝手して、ゆるしてください」

 「ふん。そがン言うほど悪かことバしよったっか」

 うねった毛のしたから、するどい目がにらみます。どうしていいか分からないでいるうちに、おばばはハツを引きずって歩きだしました。

 おおきなかげが目の前いっぱいに広がって、あんなにまぶしかった山の景色けしきが、いっぺんにはいいろになったようでした。

 そこの草むらで休んでいたらしい山鳩やまばとが、ででっぽ、ででっぽ、変な声をあげて木のうえへと飛びあがっていきます。

 「じじや、爺や、見らンね。子どもが悪さバしよったぞ」

 山吹やまぶきからは、はなれていくほうの、生いしげった草のむこうに、古い木小屋きごやがありました。お婆は大声で、そちらへ呼びかけます。

 「おらンとかい。爺や、爺」

 ハツはそのあいだ、何度もあやまったり、手をほどこうとしましたが、びくともしませんでした。そのかわり、ふところにおさまったあのかえるが、むくむくと動くのだけは、ちゃんと分かりました。


 小屋のまえまできたところで、ようやく戸が引かれて、なんとまあ、おばばそっくりのおじじがあらわれたではありませんか。

 ちがうところといえば、お爺の笑っている顔でしょうが、とてもとても、にたにたとして気味の悪いものでした。

 「ほオ。こりゃめずらしか」

 「そうじゃろう。どっから入ったもンじゃろか、どがンしようか」

 「てから食ってしまおうか」

 お爺がうれしそうに言ったので、ハツは、ぎょっとしました。

 「こがンせぎすで、すすっところのあるもンかい」

 「そンなら、やせばよかろ」

 頭のうえでのやり取りに、目まいまでする思いです。もし、懐の蛙が、ハツのうすいむねをたたいてくれなかったら、きっと気を失っていたことでしょう。

 「ともかく、爺や。ちっと見とってくれンかい。おらのどかわいてな」

 お婆はそう言って、かるでもあつかうふうにハツを持ちあげて、お爺へとわたしました。それから小屋のうらのほうへ、ずんずん歩いていきました。


 「ほんなこつ、珍しか。どっから入ったもンじゃろ」

 両のうででハツを持ちあげたまま、お爺は戸のうちへ入りました。そして土間のかまどのまえで、とってきた鳥獣けものあいでもはかるように、ハツの顔をじろじろ見たり、体をちょっとらしたりしました。

 お爺の曲がった顔が近づくたびに、むっと変なにおいがしましたが、ハツは口をむすんで、がまんしていました。やがて、

 「やっぱり食われンな。もっと肥えなア」

 残念ざんねんそうな顔で、お爺は言いました。それから、しかたなしとばかりに、

 「われア、喉ン乾いとらンか。向こうのにある水ウ、飲ませてやろか」

 こう聞いてきました。

 そこでハツの口が開くよりもさきに、懐が返事をぶっつけました。


  イエ けっこう

  くされた かめ水 むよりも

  くさべの つゆさん めた

  ずっとまし ずっとまし


 これを聞いたお爺は、笑い顔と、怒り顔がごちゃごちゃになった表情かおをして、

 「こンむすめ、つまらんうたなぞ、うたいよって。そがン露がよかれば、舐めて暮らせ」

 あっという間にハツを外へほうりだしてしまいました。


 草のうえを二回もころがったハツの懐からは、蛙もんで出てきました。ひっくり返ってしまいそうなところを、うしろ足で上手に起きあがります。

 それが早いか、そら豆くらいの頭をふりふり、ころころきました。

 「ああ、目が回った。あのおに、なんて乱暴らんぼうなんだろうね」

 「ほんとですねえ」

 しりもちをついたかっこうのハツは、ひといきに調子をあわせて高い声を出しました。

 あつくなったおでこに手をやると、ちいさなこぶが出来ていました。けれどもかまわず、息のあいまに口を動かしました。

 「いやこわかと思ったら、鬼ン爺やったとですね。そんなら、お婆のほうはおにですね」

 「まあ、この子は」

 さらに高い声を出した蛙が、草をわけてもどってくると言いました。

 「ばかだねえ。無理むりして、しゃべらなくてもいいんだよ」

 丸い目が、泣きだしそうなハツの顔を見あげています。

 「あんなの、おそろしいものねえ。だれだって、おそろしいときは泣くものだよ。けがだってしたんだろう」

 言いながら、はじめと同じように、ひとつねて、こんどは足に乗りました。ぺたっとした、つめたいさわりごこちが、転がったハツの気もちを落ちつけてくれるようでした。

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