霜の童女たち

 風はどうじょをのせて高くまであがりました。

 はじめ童女は、ひとりでないことをうれしく思っていましたが、風のほうはおかまいなしに、村じゅうをあてどなく流れていきました。


 あかりをわすれた灯籠とうろうのあいだをぬけたり、切りそろえられた無花果いちじくの畑のうえをとおったりしました。

 あまりにのんきに流れていくので、童女は胸のあたりがじれるような気がしてきました。

 「わたし、今夜はたいせつなお仕事があるんです。夜が明けるまでに、間に合うでしょうか」

 「さあね。あなた仕事って、そんなにちいさなからだで、なにをなさるの」

 「もちろん、しもをふらせるんです」

 このときばかりは、童女はほこらしげに言いました。

 「わたしたちがふる、土をおしあげる。わたしたちがかえる、水をふくませる。そうして春までくり返して、いのちのしたくをするんです」

 それは何度も姉さんたちにおそわったことでした。

 「ふん。たいそうなものね、わたしにはわからないわねえ。そうだわ、あなたも、このまま風になりなさいよ。なにもかんがえずに流れているのって気楽でいいわよ」

 「いえ、いえ。そういうわけにはいきません」

 童女がはっきり告げると、風はむすっとして、それきり口をきかなくなりました。


 やがて、東がたを回ったときです。したの田んぼに姉さんたちがいるのがわかりました。かすかな銀のすがたが、ひかっています。

 けれどもあまりにとおくに見えて、童女は足がすくんでしまいました。あそこへ行きつくまでには、どれほど流されなければいけないのでしょう。

 「風さん、もう少し、向こうへおりられませんか」

 「それは無理むりよ。言ったでしょう、わたし、吹こうと思って吹いてるんじゃありませんの。もし下にいきたいのなら、ここから飛んでおりてちょうだい」

 風がそのまま通りすぎようとするので、童女は胸がじんじんしました。頭はなんだか、くらくらしました。

 「それなら、それなら、さようなら」

 やっとのことでそれだけ言うと、ちいさな足が風のきわをりました。童女は無我むがちゅうで、やみのなかへと飛びおりたのです。

 風は、あっとおどろいた顔をしました。そしてそのまま、流れるままに、見えなくなっていきました。


 ちいさな、ちいさな童女は、こんどは目をそらさずに、真っすぐ田んぼへとおりていきました。姉さんたちがそれを見つけて、みんなで寄りそいあい、うでをのばして受けとめます。

 「まあ、おかえりなさい」

 「おかえりなさい。どこへ行っていたの」

 「よかったわ。わたしたち、さがしにいけないんですもの」

 「えらかったわね。よくきたわね」

 姉さんたちは、ひとりでたびをしてきた妹の手をとって、頭をでてやったり、抱きしめたりしました。

 幼い童女はやっと安心して、霜のものであることを、やっぱりほこらしく思うのでした。


 「さあ、あなたもはじめてのお仕事をしなくちゃあ」

 見ると、もう田んぼのあちこちで、しもが白くひかっています。

 姉さんたちが、くるりくるりとうたびに、透明とうめいころもうずを巻きます。

 そこから氷の青をした、あらゆるものが生まれてくるのです。

 「春のしたくをしましょうよ。とびきりのいのちを育てましょうよ」

 いくすじもの霜の柱は、月夜にかがやく竹林ちくりんになりました。そのおくふかくからく馬が走りでて、きよいたてがみがなびきます。

 あるものは歌ごえから渓谷けいこくを、あるものは花畑を、霜と氷とでこしらえました。

 やがて、じぶん自身もしもばしらとなった童女たちの、なめらかなからだのなかを、青いひかりがごりとなって、つたっていきます。


 田畑が一面いちめん白くなるころ、あたらしい夜明けがおとずれました。

 すべりおりてきたまぶしさが、山の村を暗やみからりだします。光が走ったその先からは、霜柱がもやとなって、天へと立ちのぼっていくのです。

 「道よし、向きよし、明るさよし、」

 晴ればれとした声は、いちばんに、もやにかわった童女です。

 「さあ、かえりましょうよ」

 あの幼いものは、まだ目をつむって、夢のような仕事のうちの、おどりと歌ごえとをさがしています。

 よりそう姉さんの胸のなかで、ちいさなかがやきをはなちながら。


(おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る