西の田んぼにて

 「ああ、なんだい。さむいってのにだれかいる」

 とつぜん、うしろから声がして、どうじょは飛びあがりました。ころもはぴいんとりました。

 声は立てつづけに、あちらこちらからあがります。

 「こりゃしものおじょうさんじゃないか」

 「そうだ、そうだ。こないだからはそういう寒さだ」

 それはどうやら、あたりのくさたちでした。さみしそうな泣きごえを聞いて目を覚ましたのです。

 けれども、あんまりいっせいにざわざわしたので、童女はこしをぬかしてしまいました。

 「ごめんなさい、わたしかっにはいったわけじゃないんです。わたし迷子まいごなんです」

 「なんだいこわがってるよ」

 だれかが言うと、ほかのものもしずかになってやさしい声を出しました。

 「そんなにふるえることはないさ。わたしらわるさはしない」

 「悪さはしないって、それどころか、なにもしてやれないんだからね」

 「なあに、なれるだろう、話し相手ぐらいには」

 そしてまたいっせいに、からから、ざわざわ笑いました。


 よく見れば、どの草もひとふさずつになっていて、できるだけじゅんじょよく見えるようにならんでいる、おかしなかっこうです。

 童女は姉さんたちにおそわったことをいっしょうけんめいに思いだしました。そして、これは地上の田んぼにいる、いねぶさというものではないかと思いました。

 そこで、こえをしぼって聞いてみます。

 「あのう、ここはどのあたりでしょうか」

 「ここは村の西がわさ」

 「西がわの田んぼさ」

 はたして、目の前のひと房が言って、ほかのものがつけしました。

 「霜のお嬢さんにはあいにくだけど、ここは土地のものがしょうでね。いねりのあとから土もかえされずにいるんだよ」

 「そうそう。おかげでわたしら切り房だけど、土にかえれずにいるんだよ」

 「まあ、まあ、それはいいんだが、おまえさんも霜のものなら、葉や土や、もっと、やわらかなところがいいんだろうが」

 童女はうなずいて、衣のはしをにぎったり、はなしたりしながら答えます。

 「そうですけれど、わたし今夜がはじめてのお仕事なんです。それなのに道をまちがえて、ここへと流されてしまったんです」

 「ははあ、霜の夜は風もはしゃぐというからなあ」

 切り房たちは、ざわりと身をよじります。それぞれにあきれたり、あわれんだりしているのです。そのなかのひと房が知恵ちえありげに言いました。

 「でも心配はしなくっていい。一年のうちには、かならずひとりかふたり、おまえさんみたいなのがいるんだそうだから」

 「でも、はじめてのお仕事をきちんとできずに、わたし、うちへ還れるのかわかりません」


 童女がかなしそうに言うと、切り房たちは何度も身をよじって聞きました。

 「で、おまえさんはどこへいくのだか決まっていたのかい」

 「ええと、姉さんたちが、東の田んぼへいくんだと言っていました」

 「なるほど、あのあたりは土もかえされてると聞いてるな」

 「そしたら、やはり風にたのむほかない」

 切り房たちはこころて、またざわっとしました。どうやらてんを見あげたようでした。

 「やあ、ちょうど、あそこをいてるのがいるじゃないか。おおい」

 田んぼ一面で呼びましたので、そこを吹いていた風はちらっと下を見ました。ひと房が声をあげて頼みます。

 「このお嬢さんを、東の田んぼまでのせていってやってくれないか」

 「いいですけれど、わたしも吹こうと思って吹いてるんじゃありませんの。それをわかってくださらなくちゃ」

 風は冷たく言いながら、ちょっと向こうでまわります。

 「なんだい。いつもは、あっちへいこう、こっちへいこうとうるさいくせに」

 「いいや、どうやらおさない風らしい」

 その風はずっと遠回りをして、ようやく近づいてきました。ほんとうに、まだ自分の思うとおりに吹けないのです。

 そのあいだに童女は、なるべく背の高い切り房の、てっぺんまでよじのぼりました。

 「気をつけていくんだぞ」

 「ありがとう、切り房さんたち」

 この親切しんせつな田んぼの枯れ草たちは、最後までやさしくしてくれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る