稲の切り房の話(二)

風のみちから

 いま、東の空ではげんの月の出です。

 こおりつく山の向こうで、とうといかたがお生まれになったのではないかと思うほどのそこびかりがしました。

 風がひとすじ吹きおりるたびに、んだ暗やみが、きりきりとみがかれます。

 「仕事がはじまるね」

 「山の村へといくんだね」

 はだかの木々は身をせあい、天のいただきへと向かう下弦を見あげます。はてない光をみあげる月は、こんな夜に、ちいさなしもどうじょたちをのせてくるのです。


 月から吹く風のみちは一等いっとうだいじな仕事のたよりです。童女たちがこれにのって地上へとおりた夜には、田畑もわら草も、一面が真っ白になるでしょう。

 「道よし、向きよし、しずけさよし、」

 かざやくをする童女が、さきに立って手をあげました。

 「さあ、いきましょうよ」


 ちらりら、りん。

 さらりら、りん。


 見おくりの星がらす、かすかな鈴の音が出発のあいずです。童女たちは月のきわをって、つぎつぎと、やみのなかに飛びこみました。

 透明とうめいな衣があわいあかりにひるがえります。ひろい風のみちはにじいろをまたたかせ、たのしい旅をわかちあう笑いごえを運んでいきます。


 そのなかに今夜はじめて村へとおりるものがありました。秋のおしまいに生まれた、いちばんおさないすがたの童女です。

 いままでは、地上のようすや、その旅のみちのことを姉さんたちから聞かされるばかりでしたが、今夜ようやく、霜のものとしての仕事をまかされることになったのです。

「こんばんは、こんばんは、お星さま」

 星たちのしたしげな演奏えんそうと、暗やみにはねる月あかりが、幼いこころをどんなに夢中にさせたことでしょう。

 童女はうっとりとしながら、けれども、あんまりよそ見をしすぎてしまったようです。


 ひゅるり、ひゅるり、ひゅるうり。


 「あ、いやだ。こっちじゃないわ、姉さん、ねえさん」

 気がついたときにはもうおそく、風のはずれへと流されてしまっていたのです。旅のみちでは、けっしてはぐれないようにと、みんなから言われていましたのに。

 姉さんたちのすがたはとおくに少しの銀を光らせているばかりです。幼い童女は、みちを戻るすべも知りません。

 ただ、ときどきほそい声で姉さんたちを呼びながら、暗やみのなかを、ひとりでおりていくのでした。


 やがて、その足が地面につきました。外れみちの風はなんにも言わず、いっそう面倒めんどうそうに、さっさと吹いていってしまいました。

 童女のからだは、こころ細さから、もう氷のつぶよりもちぢんでしまっていました。

 けれどもしかたがありません。どうにか起きて、やっと顔をあげました。姉さんたちならこう言うでしょうから。

 「まあ、しゃんとして、顔をおあげなさい。あなたも霜のものなのですよ」……


 あたりの土はかたくて冷たくて、ぱっつりしたくさが、生えほうだいになっています。空気はひっそりと静まっています。

 さっきまでの楽しげな鈴の音や、笑いごえはどこにもありません。遠くでしている川水の音は、むしろさみしいものでした。

 それでやっぱり、童女はとほうにくれるのでした。

 「どうしよう。わたし、こんなところにひとりぼっちで。姉さん、ねえさん。ほんとうに、どうしたらいいの」

 ころものはしをにぎりしめて、なみだは銀に、ちらちらっと、もやになってりました。地面にもとどかないさみしさです。

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