狐の茶袋
朝の
いつ運ばれたものやら、もとの着物はきちんと
あれから酔いまどろんでしまうまで、男たちは、むかしむかしの山の話を、こらしょと語って止まなかったのです。そして、それが夢ではないことが、先生のお気持ちを不思議に落ち着かせているのでした。
あらためて外に出たとき、空は
案内してきたときと同じに列を作って、約束通りに先生を茶屋のある道まで送っていきます。
やがて覚えのある屋根の
「では旦那、あたしらはここで」「この度は失礼をいたしまして」「どうかこのさき、お
――ええ、あなたがたも。色々お世話になりましたね。
助かりましたよ、と頭をさげた先生が、また前を見るまでのあいだに、そのみっつのすがたは音もなく消えてしまっていたのでした。
茶屋の前に戻ると馬車が止めてあり、馬がしきりに鳴きました。山の木々が
「先生え、先生え」
呼び声に振り返ると、こんな
「ああ、よかった先生。ご無事ですか」
「一晩見当たらないもんだから、みなで
声を聞きつけて開けられた茶屋の戸の向こうから、そこの主人と、数人の村人とが顔を出しました。だれも、一晩じゅう先生を探してまわっていたのです。
先生は心底からお
――そういえば、このあたりにお
「えっ」
みなの
「あった、あったなあ。確か」
「あ、あ。ありますね、ありますけれども」
「いやあ、参った。いまのいままで忘れておりました」
忘れていた、わすれておった、と繰り返す山村人のなかから、だれかがふいに言いました。
「や。もしや先生、
先生は、ほっと声を明るくします。
――とんでもない。みなさんが忘れるほどの狐に、騙されることがありますか。ただ、いまちょっとそう思いましてね。お稲荷さんがあるのならば寄ってみたいのですが、できますか。
わかりやした、と返事をした馭者に任せて、先生は馬車へと乗りこみました。
――みなさま、すっかりお騒がせをいたしました。ごきげんよう。
村人の見送りに別れた馬車は、しばらくした曲がりの
馭者がなにやら言いながら指した
先生はすぐに馬車をおりて、ためらいなく足を突っ込んで進みなさいます。
「待ってくださいよ先生。またどこかに行かれちゃ、たまりませんからね……ああ、すかっり
後ろから馭者がついてきながら話しだします。
「ここまでくる道、いろいろと思い出していたんですがね、昔は悪い狐が多かったってことですから、山でも、お稲荷さんを
――これはなんでしょうか。
「あ、こりゃキツネノチャブクロってんです。この辺じゃどこでもありますよ。それにしても、こんなに赤くなるのは早いですな。ほんとうは秋のもんですからね」
――どうしてこんなところにあるんでしょう。
「さあ、どうだか分かりませんが、チャブクロってのは、そのちっさい黒い実を包んでる、赤い袋のほうを言うんでしょう。狐め、このなかに大小の話を隠して、茶飲み仲間で寄ったときに
さ、もう行きましょう。こんなとこにいれば化かされますよ、と調子よく笑った馭者が階段をくだっていきます。先生はすこし嬉しいようなお気持ちになって、社へ頭をさげてから、山をあとになさるのでした。
(そうなのです。それから先生は、
もうすっかり夜になり、いまお疲れのようすで
――まったく、長々言わせたものだ。これというのも、私もそのチャブクロとやらに、そそのかされたからに違いない。……)
(了)
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