償いばなし

 「みっともないところをお見せしました。どうしてもこらえがききませんで、だん……ああ、どこから話したらいいんでしょう」

 ――なんでも、話しやすいところから、話しやすいふうに言ってくれてかまいません。

 こんなとき、やさしくも地に足の着いた姿せいで付き合ってくれるのが、先生というおかたの本当です。たとえ、少しの意地いじわるをなさったあとだからだとしても。

 すかさず間をめた男が、

 「じゃ、ね、いいですか。もう話してしまいますよ。つぐない話でございます……」

 もう一刻いっこくだまっていられないと切り出しただいには、みずからの思い出にひたりきっていくような、意味のわからないところもあったらしいのですが、まにまに首をれたり床を打ったりしながら話したことは、だいたいこんなふうだったということです。


 「おっしゃるとおり、あたしらたしかにきつねです。昔っから、ここいらにんでる狐なんです。旦那、初耳という顔ですね。……いや、しかたありません。ばつくだったんです。

 あたしら、し放題ほうだいにしてきたもんですから。稲荷神いなりがみさまのげんりて。……そりゃもうひどかった。人間にだけじゃない。ちょうじゅうちゅうぎょ草木そうもく花果かか、めちゃめちゃにしてきたもんです」

 男が言うのには、この稲荷神さまというのが、狐の世で一番えらいおかたなのだそうです。

 「いろいろやりました。だましにぬすみ、火付けに水抜き。それでっくり返っているうちに、とうとう……、あたしらの仲間が、死なせてしまったんです、人間の子どもを。……あ、旦那、旦那、どうか聞いてください」

 先生が顔色を変えましたので、男はまた、うるっとしました。びたまで見えだして、ほほに張りついているところがあわれなふうでもありましょう。

 「あたしら悪い心だったんです、いけなかったんです。稲荷神さまでさえ、尾の先も千切ちぎれようかというご様相ようそう。大変なお怒りでした。あたしら、みんな地にせるほかありませんでした。

 稲荷神さまは山なかのやしろで、こう、お告げになりましたのです。『古く生きてまんずるとは、狐の風上にも置けんやつらよ。お前たちのようなものは、いんでよろしい』……。

 恐ろしいお言葉です。ああ、思い出すだけでも……。 

 それから、あたしらのあいだには、ぱったりと子が生まれなくなりました。そればかりか、この山に生きるものはすっかり、狐のことを忘れてしまったんです。いいことも、悪いことも。あたしらがいたってことは、なにもかもです」

 風吹きでしょう。黒いかげが、ざわざわれて、がたりと戸が鳴りました。男の話には、ますます熱が入ります。

 「それでです。一族なんとかおゆるしをもらおうと、三百日お参りをしました。やがて稲荷神さまも、ひとすじのお情けをくださいました。それがこういう、おたっしでした。『人間の十人を助けることができたなら、改心かいしんのしるしとしよう』……。

 いままで悪さをした数に比べれば、十なんて大したことではございません。そう思って、さっそく人助けというのを始めたんです。ところがどうしたことか、そのころには人間っ子ひとり道を通らぬありさま。村に出れば、あやしいけものだといってたれるしで、仲間がいくらか死にました。

 ……いいことをするなんてのは、真実、本当にむずしいことです。だけれどあきらめるってわけにはいきません。もう何年たったか分かりませんが、あたしら必死につぐないをしてきました。ほんとにもう、何年もです。それで結局けっきょく……」

 最後に、ひと息ついてうわづかいをした男が、先生の表情をうかがいます。

 「結局、あなたさまが十人目でいらっしゃるわけなのです」


 がたり。ふたたび戸が揺れました。これはどうにも風などではありません。男も先生も顔を見あわせて、戸外おもてを確かめなさいます。

 はたして、そこでは二人男がかたを寄せあって泣いているのでした。部屋のなかで語るのを聞いていたのでしょう。びやらくやみやら言いながら、先生にすがってこようとします。

 「やめなさい、みっともない」

 一番手の男が、自分の鼻をかみながらしかりつけました。

 「面目めんぼくありません、どうも。……稲荷神さまが仰るには、十人を助けたあかつきには、きっとみなが、あたしらのことを思い出すと。ですから、あなたさまの言葉についこらえ切れなくなってしまったんです」

 ――そういうことなら、私も変なことを言って悪かったですね。ですが、いいんですか。話してしまっては数になるかどうか。

 気づかわしげな先生の言葉に、男は気の抜けた笑い顔です。

 「このたびはもういいのです。あたくし、よく分かりました。数ばかり気にして人助けになるもんですか。……ぜんえてまいりましょう。すっかり冷めてしまいましたから」

 ――いや、それには及びません。

 下げられようとしたにぎめしをひっつかんで、先生は大口に放りこみます。

 ――私は冷や飯も好きですから。ただし、あなたがた、おしゃくはお願いしますよ。

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