一夜庵
ぽかりと口を開けた木魚と先生とは、しばらく見つめあっていました。そのうちに湯の音と香りとで部屋がいっぱいになり、
考えかんがえ、足だけを洗えばいいのだ、と固く決めた先生は、
――うん、ううん、これは
どうせなら、こんな温泉に
――いかん、いかん。
次に長着を取りあげます。昼に見た山々のような深い緑で染められた、本当に上等の品です。仕立てがいいので、またうっとりとなってきました。
で、先生はもう決めにきめて着物を脱いで、湯洗いした手拭いで体を拭きあげると、ままよと
――
その肌合いのいいこと。まるで
こうして、ようやく落ち着いた先生は、
と、ここで先生、一方の
ひと通り物見したあと木魚を叩けば、ぽかりぽかりと間抜けた音が鳴りまして、またたく間に戸口が開きました。まるで三人、そこで待っていたようではありませんか。不気味がる先生をよそに、
「お腹が空きましたでしょう」「お加減はいかがでしたでしょう」「こちらは洗っておきましょう」
などと言って、ふたりが湯器と先生の着物とを持っていきました。
居残った一番手の男は、
「さあ、さあ、お召し上がりください」
いい
――こんなによくしていただくのは悪いですね。
「なにを
――いやあ、しかしですね。こう、よくしていただくと、あれが気になりまして。
「あれ、ですか」
――ええ。こう言っては気を悪くされるかもしれませんが、
そこで男が、ぴっと背を伸ばしました。先生のほうは、にやっと笑います。
――私もよそ者なものですから、
「どこでお聞きになりましたか」
どうしたことでしょう。先生が
「その、狐の話、というのは、どこで、お聞きに、なりましたか」
それはもう熱心に目を開いて、身を乗り出してさえきます。
――山の、村でね、ええ、そう……。
「村! 村で! 本当ですか、
信じられないという
――ええ、ですから私も騙されないようにと、その……いえ、やはり
最後にまくしたてると、男はくっと
先生は弱ってしまって、先ほどまでの意地悪な気持ちまで、すっかりどこかへいきました。
――どうなさったんです、
男と同じように畳に
けれども先生はもうなにも
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