三人男

 それはみんな人間の男の顔でした。安心なのは、ごろりと生首なわけではなく、きちんと体もついていることでした。

 がまえる先生の前で、男たちは意気いきを明るくします。

 「や、これはだん」「いたいた」「いや、ええ、いらっしゃったぞ」

 そして今度こそ、やぶをがさがさいわせながら、じゅんに手前に出てきます。かすんだような、めずらしい黄色の着物をそろいにして、よく見れば目鼻立ちもています。

 はてな、これは兄弟かしら。それより、先ほど音もしないと思ったのは気のせいかしらと先生、

 ――あなたがた、このあたりに住んでるひとですか。

 やっとそれだけ言いました。

 「そうですとも」「それにつけても旦那」「迷われたでしょう、お困りでしょう」

 ひとりが体のかげから、にゅっとがさを出しました。

 「こんな雨は体に冷えますよ」「お使いください」「さ、さ」

 するどく上がった目尻の男が寄ってたかって取り囲むので、気味が悪くて仕方がありません。無理に渡された、わらくさいかさをなでながら先生はたずねます。

 ――私は近くの茶屋から来たのですがね、あなたがた、ご存じありませんか。

 「はあ、茶屋ですか」「たしかにぞんじ上げておりますが」「今日はもうよしたがいいでしょう」

 ね。ええ、と三人男はたがいにうなずきあいます。

 「なんと言え、これからまだ降りますもんで」「夜も次第に来ますもんで」「よしたほうがいいでしょう」

 ――お言葉はありがたいのですがね。

 馬車がもう待っているはずだからと聞かせても、ひとりとして案内する様子はありません。それどころか肝心かんじんのひとには見向きもせずに、はずんだ声でなにかの相談まではじめます。

 それで先生がだまってくちを突きだすと、あわてて、こう付け加えたそうなのです。

 「明日には止む雨でございますから、旦那」「ぜひに、あたくしどものいおりへおいでください」「歓迎かんげいいたします。そして明朝には、きっとご案内いたします」

 男たちがあまりに強くすすめるので、しまいにはおがみはじめたりもするもので、先生はとうとう唇をなおしてしょうしました。

 じっさい、この雨のなかをひとりになるには都合が悪かったのです。言葉の通り、雨はだんだん粒を大きくして、辺りはどんどんやみの色です。


 「いやおんにきます」「感謝します」「どうぞこちらです」

 先生は湿しめった傘を頭に乗せられ、三人男に連れられて、分からない方角を行きました。相手がたはどうしてか、いやに嬉しく歩きます。

 ――足元が危ないのではないかしらん。

 なにしろ、この雨と闇のなかです。けれども、そのとき見計らったように、一番手をいく男の前にぽっとあかりがともりました。ぎょっとしたのは先生です。

 おぼちがいでなければ男の手にはなんにもないはずでした。よしんばふところに火打ちやなにかを入れていたとして、歩いたままではいけません。なのに少しも立ちどまらずに、まぶしい灯りはあらわれました。

 昼間は体にかいた汗が、いまはおぞの心にびっしり流れます。

 ――なにか聞こうか聞くまいか、いいや。

 うまく考えられないでいるうちに、先生の前をいく三番手の男が、ふいにおおきなをしました。先生は、あっと見ました。男の尻から、にゅっと尻尾しっぽが生えたのを。

 着物と同じ、かすんだ黄色の尻尾です。ふてぶてしく違いなく、山の化かし屋のあかしです。

 先生はうなりました。――話のここに差しかかったとき、酒盛りのせまつくえに乗りだして、本当にうなりましたのです。

 これは狐の一行か、ははん――

 村では、このずるがしこけものの話など一度も聞いたことがありませんでした。けれども住んでいるのでしょう、庵とさえ言うのです。

 正体が分からないでは気味の悪いままですが、狐と思えば魂胆こんたん決まるというものです。

 自分では気が付かないのかどうか、男がなんでもないふりをして歩くので、それがおかしくさえなってきます。

 それで先生は、なんとも、ついて行ってみることにしたのだそうです。もしもひどくされたなら、いっぱい食わせてやるおつもりで。

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