桃の話
水鳥のシュイ
その夜も、光はたしかに空を渡っていきました。
いく
そこは低い山の
池のふちには一本の桃の木が、だまって枝をのばしていました。春には光る花や葉も、いまはひとつもありません。
「ヒッヒ、たいくつだ。たァいくつな夜だ」
風がひとりでそう言って、山の腹から頭のさきへと吹きぬけます。あたりの雲が
天のあかりは
そこへ、いっしょに照らされたのは、一羽のわかい水鳥です。ちいさなからだは夜のやみよりも暗い色をしています。もしも、お月さまのあかりに
水鳥は、銀の波が細かくゆれたり散らばったりするのを、しばらく
(ああ、こんな銀いろの光でさえ、お月さまに
天をいくお月さまは、暗やみなど一度も知ったことがないような、まどかさです。水鳥は切ない夜鳴きを
――かう、かう、かう、かう。
それは
――かう、かう、かう、かう。
気まぐれな風が、ただ、声を運んで吹きあげます。
(そうだ。この声が池をはなれ、山をぬけ、空をかけ、お月さまへと届けばいい)
たまらなくなった水鳥が、もう一度くちばしを開いたときです。
「ええい、もうよいわ。もう鳴くな」
「待て、まて。そう、あわてることはない、水鳥よ」
「これは、なんと申しあげましょう。あなたはいったい、どなたさまでしょうか」
老人は、とがめるふうでなく、水鳥をのぞきこみます。
「わしは
「
水鳥は頭を
「知らぬこととはいえ、お
老師は、ほうっと息をつくと、静かにシュイの言葉を聞きました。
「おぼれたと言いましても、ぼくのからだは、もう水底に
そのからだは、おぼれた池の底をうつして黒く、その眼はあまりに泣いたために、澄んだ
シュイにとって、
「あわれな子よ。そこに沈んだばかりでなく、天へ還ることも忘れてしまうとは」
老師が手をかざすと、シュイの
「これでお前は飛べるはずだ。だが、それは満月の夜きりのこと。それから、母親にもだれにでも、すがたを見られてはいかん。すると術が解けてしまうのだ」
老師のすがたが、だんだんと見えなくなっていきます。
「水鳥の子よ。わしは、おまえに力をかそう。おまえを見守っていよう」
しかし、やがて
村はもう、みんな
なつかしい家の裏口の、くずれかかった
なんとも背中がさみしく見え、(母さん。)シュイは、思わず声をあげそうになりました。そばには油をさすランプが、ほこりをかぶってありました。
あれはシュイがまだ人間の子どもだったとき、村に来た物売りから母さんが買ってくれたものでした。
家には上等の油はありませんでしたが、母さんはいつでも、
(母さん、そのランプをどうぞ使ってください。ああ、もしぼくが話しかけられるものなら、すぐにでも、そばへいってあげるのに)
シュイはくちばしを使って黒々とした羽根を一枚
それから、シュイは満月になると毎夜、村へと飛びました。やがて冬がきて、ほかの鳥が寄りそいあって眠るようになっても、ひとり
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