山あいの原で

 やがて明るい歌ごえや、笑いごえやが、順番に草のかげから飛びだしました。山あいの原についたのです。

 「ちゃんとついてきたか」

 「いるよ、みんないる」

 年上のものが、間違まちがいのないようにすがたを確かめます。なにしろ、こどもたちのうちで一番小さなものは、南天の実の三つほどの背しかありませんので。

 そういった幼いものやはじめてのものは、遠足のよろこびで、はじけそうになりました。ぱちぱちと、ぶつりかりあいっこをしているものもいます。


 「あれがヨシだよ」

 ひとりが言いました。

 なだらかなくだりの原には、数えきれないほどのシロガネヨシが群れむれに、やわらかな穂をきだしています。いきおいのよいくきはそびえる林に見え、穂は秋風をはらんで、シャラン、シャランとかすかな白金しろがねの音を立てました。

 「ねえ、まるでお月さまの聞かせてくださる音じゃない」

 「あかね空にはもっとすごいよ。ぜんぶがまっ赤に燃えているようになるんだよ」

 「どうしてここだけ平らだろうか」

 「ちょうどとなりの山とのあいだなんだって。そばには沢もあるんだって」


 ごちゃごちゃと湧くようにしゃべりだしたなかを、一番年上のものが進みでました。このこどもは兄さんで、父さんと母さんから遠足の長を頼まれていました。

 「じゃ、おおい、みんな、組になって。三人ずつだよ。いいかい、ヨシを集めるときは力を合わせるんだ」

 こどもたちは、そばにいるものから順に手と手をつなぎます。だれもが静かに、けれどもあふれる光のまなざしをして兄さんの言葉を聞きました。

 「ここからは、ぜったいに、ひとりにならないことだよ。それから、遠くへいきすぎないこと。鳥や獣には気をつけること」

 そういったことはいつも教えられていましたので、みんなよく聞きわけました。そこへ幼いふたりの弟妹きょうだいが手をあげたのは、こういうわけです。

 「兄さん、ぼくたちふたりしかいません」

 兄さんは笑って答えます。

 「それならぼくといこう。ぼくはひとりだから」

 「まあ、兄さんがきてくださるなら、たくさん集めてもへっちゃらね」


 それから、どのこどもたちも、わっと声をあげて原に散りました。つなぎあった三つの陽光ひかりが一面、波になって広がります。

 そのとき空を通りかかった鳥の群れが、ちょっと見とれて方角を間違えたくらいのきらめきでした。

 「さあ、ぼくらもいこう。ふたりとも、ヨシをとりにきたのははじめてだね」

 弟妹がうなずきます。兄さんはまず、青くんだ空に映える、やわらかな白金の穂をさしました。

 「集めるのは、ああいう毛がうんと光っているやつだ」

 それから隣の群れの、重い糸のような穂のさがるヨシをさして言います。

 「あんなふうに暗くて穂が閉じてしまっているのはだめさ。お日さまの光を吸いこまないから、冬の着物には冷たすぎるんだ」

 さすが年上のこどもは、ヨシの穂のりかたをはじめから丁寧ていねいに教えてやりました。幼いふたりも熱心に聞きました。

 「兄さん、あれはどうですか」

 弟が見つけたのは、なるほどふくよかな毛の揺れるヨシです。そこに細い糸かなにかがかかって、風のなかで虹いろに輝いているのでした。兄さんは声をちょっぴり残念そうにして言いました。

 「ああ、あれはだめだ。穂はいいんだけどね。蜘蛛くもが巣をかけているものだから」

 「くもって、なんですか」

 「わかった。お空の雲でしょう。ね、兄さん。あの虹いろは雲がほどけたものでしょう」

 弟が聞いて、妹は澄んだ光をはなちました。

 「ははは。蜘蛛っていうのは、山にはどこにでもいる虫のこと」

 それを聞くと、妹は今度は恥ずかしそうにして小さくなりました。光は、ぽっぽっと消えいりそうになりました。

 その頭をでてやりながら兄さんは教えます。

 「蜘蛛はたいてい、見えないくらいの糸のうえで暮らすんだ。あれに触るとべたべたとひっつくし、蜘蛛にはんだりするものもいるからひどいんだ」

 「へえ。どこにでもいるっておっしゃいましたけど、ぼくたちまだ見たことがありません」

 「ふたりは生まれたばかりだからね。春になったらいろいろなものが出てくるから、そうしたら教えてあげよう」

 そんなふうにしながら、兄さんと弟妹とはヨシの林をめぐっていきます。

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