草木の物語

きし あきら

草木の物語

シロガネヨシの話

秋のこどもたち

 木々のあいだをこどもたちが走っていきます。

 木精こだまである小さなからだ、まろやかな陽光ひかりのかけらが、根っこを飛びこえたり落ち葉を跳ねのけたりしていきます。


 高く明るい紅葉が落ちはじめるころ、山の辺は一帯いったい冬支度です。

「きょうはみねの先までよく見えるよ」

 先をいくこどものひとりが、駆けのぼった木の枝から北の高山をながめます。

 夏のうちは瑠璃るりいろをしていた山肌も、夜ごとにその暗さが染みついていくと見え、いまではすっかり厳しい岩の色です。するどい剣の峰には雪が降りかかってさえいます。

 「いつかあの峰が天の幕に届くんだろう」

 続いて木にのぼったこどもが言いました。

 北の高山が春夏秋冬にきたえられる宝剣ほうけんであることは、古くから山の辺に伝わるおとぎ話です。

 「おおい、もういくよ。もうみんな追いついたよ」

 したのほうで、ほかのこどもが呼びました。いく人かが集まった木の根もとは、あわ黄金きんか、うす絹の白を寄せたようになって揺れています。

 「もういこう。もうひと息だから」

 こどもたちはお互いに呼びあって、真っすぐにみきを滑りおりました。


 その日の朝、父さんと母さんがこどもたちを集めてお話したことはこうでした。

 「お前たち。このあいだ山茶花さざんかが開いたことは知っているね」

 こどもたちがうなずくと父さんは続けます。

 「じきにたちばなの実の黄色がゆくなる。すると、どうなると思う」

 年上のこどもが手をあげます。

 「うんと寒くなります」

 「そうだ。よく、わかっているね」

 父さんは揺らめく陽光ひかりを、すみかののなかに射しかけて、みんなを照らしてやりました。

 まだ眠たそうなひとりふたりが、ぱっちり目を開けました。こどもたちの輝きはそっくり父さんゆずりなのです。

 「それで、今年ももう冬の支度をしようと思う」

 父さんが言うと、母さんもうろをうんと温めて、みんなを抱いてやりました。それから優しく笑います。

 「寒くなる前に山あいの原へいって、ヨシの穂をとってきてちょうだい。それで、あなたたちの着物を編むのだから」

 これを聞いたこどもたちは大変にぎやかになりました。

 「山あいの原だって」

 「わたし、いったことないわ」

 「平気だよ、兄さんがついているもの」

 「ヨシの着物だって」

 「シロガネだよ、あたたかくていいよ」……

 「みんな、静かにしてごらん」

 父さんのどっしりとした声がお腹に響きます。

 「いいかい、わたしたちの足で遠いということはないが、よく気をつけていきなさい。小さなものは兄さんや姉さんの言うことをよく聞いて、はぐれないようにするのだよ」

 そうして母さんの腕に、こどもたちの朗らかな返事がこだましました。


 山あいの原までは半日のうちの半分がかかります。うろを出たこどもたちは道にくわしいものを先頭に、年上のものが、幼いものやはじめていくものを連れだつかたちになりました。

 「ぼく、たくさんのヨシを持って帰って襟巻えりまきも作ってもらうんだ」

 「ぼくだって外套がいとうを作ってもらうよ」

 「おいおい、よそ見するなよ。真っすぐいけよ」

 秋鳥の声が降るなかを、こどもたちは細い光のすじとなって駆けていきます。

 歌が得意なものは歌いながら、踊りが得意なものは、くるりくるりと回りながら。晴れの流星のような遊びを、はるか向こうから北の高山が静かに見守っておいででした。

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