第四章、その三
「つまり予知能力とは、吉事にしろ凶事にしろ、ただ予告するだけなのです。おそらくはそれを避けようとしても、当然起こるべきことが起こるだけで、人の意思によって変えることは、因果律上不可能となるかと思われます。それから駆け足でついでに言っちゃいますが、予知能力者は自分自身やその周囲のことについての予言も、基本的にまったくできないことになっておりますので」
「ええー? そういうことのほうが、大事じゃないんですかあ?」
「あなたは自分が明日死ぬとわかっていて、平静に生きていけますか? しかも先ほど申しましたように予言は絶対なのです、避けることはできないのです。だから予知能力者は本能的に、自身にかかわる予言を忌避してしまうことで、その精神の安定を保っているのです」
「それでは予知能力なんて、何の役にも立たないじゃないの」
「ええ、最初にそう申したではありませんか」
あ、そうか。
「いや、だったらどうして、政府が介入してきたりするのです?」
「要するに、予知能力を核ミサイルのようなものだと思ってくださればいいのです。強大な武器を保有したいと思うのは人の常ですが、それを自分の国に対して使用するほどの馬鹿な政治家は、さすがにいないというわけなんですよ」
「そのたとえだったら、外国に対してなら利用価値があるとでも?」
「さすがですね、その通りです。たとえば来年某国が大飢饉に見舞われるということがわかっていれば、軍事的介入をしたり経済的支援をしたり、臨機応変に対応することによって、相手国の不幸を自国の利益につなげることができますからね。結局力というものは、一番大事なのはその使い方であり、すべては使う人間の才覚次第ってことなんですよ」
おお、きれいに締めたものだ。感心感心。
「──念のため言っておきますけど、この先の展開を
うげっ、バレてやがる。
「先ほど予言者自身に関することは占えないって、申したばかりでしょう。特にこのゲームの成り行き次第では、鞠緒さんの利害とか興味とかといったものが、大きく左右されることになっておりますので、誰が優勝するとか生き残るとかを聞いてみても、回答不能と言われるだけだと思いますよ」
なぜだろう。トトカルチョの胴元でもやっているのかな?
「まあ、詳しいお話は、あなたの現保護者であらせられる、あの美人編集者のお姉さまにでもお聞きになってみてください」
「
「知らなかったのですか? 彼女の所属する
「何ですって⁉」
まさにその刹那、この狭い閉鎖空間のすべてが爆音に包まれた。
「ほう、ヘリのようですな」
「えっ? やった! 物資の支給ですか?」
「残念ながら違うようですよ。あの型はおそらく自衛隊の戦闘用ヘリのようですし、大荷物の搭載なんかには不向きでしょう。誰か要人等の回収に来たんじゃないですか。たとえば表向きは出版社に籍を置いていたりする、内務省情報局の女性エージェントとかね」
……なん……だっ……てえ……。
次の瞬間僕は、ヘリコプターの発着場所として使われている広場へと、走り出していた。
しかし駆けつけたときにはすでにその巨大な軍用機は、一人の女性の回収を終えようとしているところであった。
「夕霞さん、待ってください!」
その見目麗しい御尊顔はいつもと何ら変わるところもなく、戸惑いを隠せず立ちつくしている僕のほうに向かって、魅惑的な笑みを投げかけてきた。
「あら
──ゲームって。
「やっぱり夕霞さんは、初めからすべてを知っていたんですね。なぜです、なぜこんなことに、記憶喪失の僕なんかを巻き込んだのです。こんなゲームをやって、何の意味があるっていうんですか⁉」
そのとき初めて気づいたのである。僕はこの女性のことを、本当は何も知らなかったということに。
考えてみれば、職業や叔父との関係、ひいては名前や年齢にいたるまで、すべては彼女の自己申告を真に受けていただけなのであった。
「大丈夫、あなたはけしてゲームの途中で死んだりはしないから。だってあなたはこの物語のヒロインに愛されている主人公──ううん、むしろ『王子様』そのものなのですからね」
『──ただ今より離陸を開始する。メイン・ローターの旋回を始めますので、そこの少年は速やかに退避してください』
呆然とたたずむ僕を尻目に、ゆっくりと垂直上昇していく軍用ヘリ。
間違いなくそれは、僕をこの隠れ里へと運んできたものと、まったく同じタイプの機体であった。
人のことを『小説家』だとか『主人公』だとか『王子様』だとか、勝手にほざきやがって。
──僕は
だが、記憶をすべて失っている僕には、その自分の名前さえもが、この狂気と渾沌に満ちたミステリィ劇を演じるために与えられた、架空の役名にすぎなかったとしても、確かめるすべなどどこにもなかったのである。
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