第四章、その二

「──そんな、それじゃまるで今やこの里全体が、全員参加の『バトル・フィールド』になっているみたいじゃないですか⁉」


「ええそうですよ。どちらかと言うと、『サバイバル・ゲーム』みたいなものですけどね」

「マジで」バトロワ?

「ええ、マジです」


 ちょっとお、聞いてないよお!


「冗談じゃない、僕はそんな馬鹿げたゲームに参加したりはしませんからね。やりたい人たちだけで勝手に殺し合って、お好きなだけ喰い合ってください!」

「それは無理です」

「何で!」

「まず基本的なことを言えば、これはふざけているわけでも遊んでいるわけでも、その辺の三文ミステリィ小説の中で気障な主人公が、密室トリックを優雅に解明しているわけでもないのです。正真正銘本物の、密室状態クローズド・サークルなんですよ。もはや食糧が尽きているのですよ。犯人がどうしたとかアリバイがどうしたとかトリックがどうしたとか、言っている場合じゃないのです。本気の生存競争本気の弱肉強食の世界なのです。誰もが進んで殺人者となるべき世界なのです。ぼけっと傍観者を気取って探偵役なんかをやっていたら、誰かのエサになるだけなのです。それで構わないんだったら、別に強制はいたしませんがね。それともこの場で今すぐに、私のタンパク源の供給元にでもなっていただきましょうか?」

 ぐっ。何だか目がマジだよこの人。すでに何人か自分の仲間とか女中さんとかを、殺して喰っているんじゃないだろうな。

「いやいや、これは冗談がすぎたようですな。どうか気になさらないでください。今のところ私は、あなたにも鞠緒まりおさんにも手を出す気はありませんからね。それでもあなたは、このゲームに参加せざるを得なくなることでしょう。たとえそれがあなたの本意で無くてもね。なぜならあなたはこのゲームでは、『小説家』あるいは『主人公』のポジションにいるのですから」

 ……これはまた、電波なお言葉で。

「何ですか、『小説家』とか『主人公』とかって。まさかあなた、『実はこれは誰かが書いている小説の中の世界だったのだ』なんて、臭いオチで片づけようとしてるんじゃないでしょうね」

「いっそのこと、そのほうが話が簡単で助かるんですけど、残念ながら違います。一言で言えばあなたは、叔父上である綿津見わたつみうしお先生の代理みたいなものなんですよ。つまりお約束として、ここにはミステリィ小説界に関係するほぼすべてのキャラクターが、顔を揃えておかねばならないのです。ある意味誰がミステリィ小説にとって重要なキャラか、はたまた誰がよりミステリィ小説を愛しているかを、競っているようなものですからね。よって評論家や編集者や同人界や同好会のような、小説のの人物だけでなく、自称私立探偵や休職中の刑事に果てはハードボイルドなりきりオヤジまで、小説のの登場人物にもおいで願っておるわけなのです」

 何だよ『なりきりオヤジ』って。つうか、ミステリィの登場人物を現実世界に求めるほうが、何かと無理があるんじゃないのか?

「それなのに、肝心かなめの『小説家』である意味『主人公』候補の筆頭の、綿津見先生が失踪なんかなされたので、我々全員大慌てになって、一時はゲームの開催すら危ぶまれたほどだったのですよ。いやあ、あなたという代理要員が見つかって、本当によかった。この件に関しては夕霞ゆうか嬢には、感謝の念に堪えないところです」

 こっちはいい迷惑だよ!

「僕は別に、叔父の身代わりでもクローンでもないんですからね。だいいち小説なんて書いたこともないし、小説の主人公なんかにもなる気はないし、今からでも、別の小説家の方をお呼びすればいいじゃないですか!」

 狼煙をあげるとか、オタク得意の電波交信とかでな。

「それは今さら無理でしょう。何せ私を始めとして、あなたと相対するのを楽しみに参加した者が、大部分なのですからね」

「ど、どうして?」


「何せ綿津見先生こそが、前回開催されたこのゲームでの、最終的な優勝者であらせられたのですから」


 な、なんですとー! 叔父さんたら、いつの間にそんなことに。……あ、そうか。僕が記憶を失っている間か。

「いや、だからって、そもそもこんな殺人ゲームが、法治国家である日本国内で行われること自体が、許されるとでも思っているんですか。今警察を呼べば、密室とかトリックとか言う以前に、全員逮捕でハッピー・エンドですよ!」

 サディスティックなミカちゃんもおるでよ。

「ああ、それも無理です。通信手段とかを度外視してもね」

「どうして!」

「元々この隠れ里自体が日本国政府公認の、『治外法権エリア』だからですよ」

 むしろ『法権エリア』だったりして──とか、毒舌を極めている場合じゃない!

「元々このゲームも『満月つきの巫女姫』様への生け贄として、政府が秘密裏に死刑囚同士を闘わせていたのが発端だったと、まことしやかに言われているほどなんですしね」

「た、たしかに鞠緒が食人するところを見たけど、それが何で政府が生け贄なんかを捧げてきたりするんだよ! まさか『満月つきの巫女』の予知能力とやらを、政府が極秘に利用しているからとかなんていう、ベタすぎる展開じゃないだろうな!」

みつる君たら、あまり先読みがすぎると、作者にも読者にも嫌われますよ。いや、あくまでもこれが、ミステリィ小説だったらって話ですがね。まあ、半分正解半分不正解ってとこですかな。政府がこの里に介入しているのはたしかに、巫女に予知能力があるからですが、別にそれを利用するつもりでもないんですよ。なぜなら予知能力というものは、自分たちのために使おうとする分には、まったく役立たずの代物ですからねえ」

「いや、そんなことはないでしょう。予知能力ですよ? たとえ一日先のことであっても、人間誰しも知りたいと思うものではないのですか?」

「ああ、もう、面倒くさいから、簡単に説明しちゃいますよ。たとえばあなたは、明日重大なトラブルに見舞われると予言されたら、どうします?」

「そりゃあ、トラブルを未然に防ぐように努力して、事無きを得ようとしますよ」

「そうしたら、予言が外れたことになるではありませんか」

「へ? あ、いや、トラブルを回避できたんだから、それはそれでいいのでは?」


「よくないですよ。トラブルを回避できたあなたはいいですよ。でも利害関係のない第三者からすれば、単に『予言が外れた』ということにすぎないのです。それじゃ予知能力者として、信用が失墜するだけではありませんか」


 ……おいおい、全然簡単ではないじゃないか。

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