第四章、蠱毒のサカナたち(サバイバル・ゲーム)。
第四章、プロローグ&本文(その一)
機は熟した。さあ、ゲームを始めようか。
湖と断崖絶壁に取り囲まれた天然の要害。交通手段は月に一便のヘリコプターだけ。携帯電話等の連絡手段はすべて没収済み。こんな辺鄙な山奥なのに毎日続く豪華な肉料理。だんだんと数の減っていく女中たち。食事中に突然不可解な発作を起こして息絶えていく招待客たち。そしてついに尽きてしまう食糧。増えていく行方不明者。充満する疑心暗鬼。
そう。今や我らを取り巻いているのは、不可解きわまる謎の連続に、完全なるクローズド・サークル、そして極めつけには、里に伝わる怪しげな『人魚伝説』ときたもんだ。ミステリィに係わり合いを持つ者にとって、これほど魅力的な舞台が他にあるだろうか。
しかもそのご褒美が、不老不死の肉体を持つ絶世の美女たちなのである。これで後ろを見せたんじゃ、男がすたるというものだ。
ペンを捨てろ。剣を取れ。勝ち残れるのはただ一人だけ。今こそすべてを賭けた『
四、
「
──蔵の外から、『バケモノ』の声がする。
「潮! 潮!」
──けして、返事をしてはならない。
「我はおまえのために、『女』になったのじゃぞ。おまえのことを、受け容れたのだぞ!」
──一度バケモノを招き入れてしまったら、身も心もむさぼり喰われてしまうのだ。
「おまえじゃないとだめなのじゃ。何でも望むものは与えよう。だから我に声を聞かせてくれ。我に姿を見せてくれ。我から離れていかないでくれ!」
──なぜならあいつは、おぞましき『人喰い』なのだから。
「うしおうしおうしおうしおうしおうしおうしおうしおうしおうしおー!」
──そして僕は耳を塞いでうずくまり、嵐が通り過ぎるのをただ怯えながら、待ち続けていたのだった。
◇ ◆ ◇
「あ〜あ、かわいそうに。泣きながら走っていっちゃいましたよ、あの子」
耳障りな甲高い声。たしかこいつはミステリィ評論家の、
「あなたもここ数日、ほとんど何も口にされていないんでしょう。大丈夫なんですか?」
あんたのほうはこの食糧難の時代に、そのつやつやお肌は何なのですか。
「意地を張らずに彼の持ってくる食事を、ありがたく受け取っておけばいいのに」
そんなもの喰えるか。人間の屍肉かもしれないのに。
「少々つれないんじゃないですか。あんなに仲が良かったくせに」
「……事情を何も知らないくせに、余計な口を出さないでください」
そうだ。こいつらは幸せなことにも、何も知らないのだ。
あきれたことにあのバケモノは、次の日にはいつもの少年の姿に戻って、平気な顔で僕にまとわりついてきたのだ。
あの満月の夜のことを、あたかも無かったことにするかのように。
──血まみれの少女の肢体を晒したことも、人の屍体を喰らったことも、僕自身に襲いかかったことすらも。
「事情って、彼が人間の肉を食べているところでも、ご覧になったのですか?」
なっ⁉
「あんたも知っていたのか、鞠緒の正体が──」
「それとも、突然死した方の御遺体が、館の女性の皆様の食材に使われていたことですかな?」
──はああああ?
「それじゃこの里は、最初から食人鬼の巣窟だったとでも言うのかよ? しかもあんたはそれを知っていて、平気な顔をしていたのか⁉」
おいおい、いくらミステリィおたくで変人といえども、限度というものがあるだろう。
「人喰いが何だと言うんですか。我々は『不老不死の人魚の肉』を探し求めてやって来ているのですよ。少々のリスクは覚悟の上です。言わば『虎穴に入らずば虎児を得ず』なのです。まあ厳密に言えば、純然たる『人喰い』というわけではありませんけどね」
「人喰いじゃないだと? 僕は見たんだ、ズラッとこう──」
「では、あなたはいったい、『何喰い』ですか?」
「はあ? 『何喰い』って……」
人のこと、『アリクイ』にでも見えるのかよ?
「そうなのです、この問いに即座に答えられる人なんて、いやしないのです。何せ我々人間は、『雑食』なのですからね。つまりは彼女たちも同じことなのです」
「同じって、雑食だってこと? 何でも食べるから人間も食べるのだとか、言いたいわけか」
「うう〜ん。と言うよりもですね、一つはあなたも御存知の通り、この悪条件の環境の中での限られた食糧事情においては、捕食対象の選別なぞしている余裕がなかったんじゃないかと思われるんですがね。それにもう一つ。こっちはほとんど仮説の段階ですが、彼女たちは人魚の肉を食べることによって、ある意味人間よりも、高次の存在になったのではないかと思われるんですよ」
やばい。またしてもオタクお得意の、『電波トーク』の始まりの予感。
「要するに食物連鎖においては、彼女たちにとって人間も他の動植物も何ら違いのない下位の存在であり、それを食するにあたって、別に忌諱的な感情なぞ覚える必要もないのではないでしょうか。ただしその場合においても、同族間における捕食は嫌厭されることになるはずなんですが、どうもこの種族は生活環境の特殊性ゆえか、あたかも特別なる『思想的習性』とでも呼ぶべきものを持っているようなのです」
「何ですその、『思想的習性』って。いやそれよりも、『同族間における捕食』ってことは、まさか女中さんたちの間で、共食いをやっていたとでも言う気かよ⁉」
「今さら何言っているんですか。あれだけ散々、『人魚の肉』の説明をしてあげたというのに。どうせあなたも食糧庫あたりで、女中さんの成れの果ての姿をご覧になっているんでしょう? つまりですね、彼女たちにとっての捕食って、ある意味『愛情表現』の一種でもあるわけなんですよ。だからたとえ相手が同族であっても、個人的に親しくなった他人であっても、むしろ積極的に食べることができるんです」
「あ、愛情表現だと⁉」
まさか、『愛しているからすべては許される』とか? あの方たちは全員『ヤンデレ』さんだったのですか?
「何を驚いているのです。昔は我々日本人も似たようなものだったし、むしろ生き物としては正しい姿なんですよ。基本的には食べ物に対して、『感謝の念』を持っているということなんです。どこの国だってそうじゃないですか、食事の前に手を合わせたり黙とうしたりお祈りを捧げたりしてね。彼女たちはさらにそれを愛情方面というか、ありていに言えば肉欲方面に推し進めて行かれているんですよ。すなわち究極の愛情表現として、『愛しているからこそあの人を食べちゃって、本当の意味で一体化したい♡』とかいった感じなのでは? ……あえて名付けるとしたら、クーデレならぬ『
そんな造語絶対に
「だからって、僕たち普通の人間が、女中さんたちを食べちゃうのはまずいでしょう。あなたたちは、万が一彼女たちが本当に人魚の肉そのものであったら、食べてしまうことも辞さないつもりなんでしょ?」
別の意味で『食べる』のなら、構わんが。──いや、だめか。
「何言っているんですか。この前散々説明したではないですか。我々はもうすでに人魚の肉を食べていて、『狩る者』であると同時に『狩られる者』にもなってしまっているのだと。しっかりしてくださいよ、もはや『ゲーム』は始まっているんですよ。そんなことではいの一番に狩られてしまいますよ」
「な、何ですか、『もはやゲームは始まっている』って」
何だか、バトルでロワイアルな台詞は。
「あなたあの『
──はあああああああああああああああああああああああああああああああ⁉
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