朝の出来事


 カフェの前で制服を着た女の子たちがスマホを傾けるなかを、早足で通り抜ける。背後に写りこむ私の輪郭を、人差し指ひとつで消してしまうのだろう。


 風景に溶けて、やがて消える。

 美しい幕引きを夢見てしまう。


 苦しいというより、自分が要らないと思う。不要なものはすぐに捨ててしまいたい。ただ、それだけなのに、私は急いで会社に向かう。人の流れに乗って、エレベーターに乗り、自分のデスクに流れ着く。


 八時四十五分。余裕のゴール。

 席につくと、今朝の女の子たちのように、スマホを傾けてみた。淀んだ私が画面に写る。カメラのマークは押さない。


「はい、ピース」

 上司の声で咄嗟に手はピースサインを作る。不自然な二本の指が画面に写る。

「本当は中指を突き立てたいのです」

「ロックだな」

「全部、下敷きにしたいです」

「ぺちゃんこか」

 上司は私の隣に近寄り、自分のスマホを傾けた。電子音と共に、頼んでないツーショットができあがった。疲れ顔の私と、元気そうな上司。陰と陽、光と影、死人と生きてる人。


 デスクに置いたスマホが揺れる。

 ラインで届いた写真は上司と私の顔が入れ替わっていた。

「面白いだろ」

「別に」

「ちゃんと保存しとけよ」

「いらないです」


「消したら、呪われるぞ」

 ホームボタンを押して戻るはずが、画像をこっそりと保存した。呪われるのは嫌だ。

 風景になるはずが、私は上司に乗り移っている。


 乾いた笑いは就業のベルにかき消された。

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