MEI~コンピュータが見た異世界~

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第1話 少しだけ未来の風景

『やあ、覗き見かい? いい趣味だね』




『この家には、誰もいないだって?失礼だな。ここに私がいるだろう?』


『姿が見えない幽霊なのか?…ふふ、はっはっはっ!』


『悪い悪い、コーイチと出会った時と同じ反応だったものでね、つい笑いが出てしまったよ』


『怖いんだったら、近くに由緒正しい安倍晴明を祀った神社がある。そこで御札でも買って来ると良い。私に効くわけ無いがね』


『火星に人類が暮らすような時代にも、この手の話が尽きないと言うのは人類独特の面白い現象だね。本腰を入れて研究してみようか?』


『おや?やっと気付いたかね?私の声はこの家のスピーカーから流れているのさ』


『さて君の指摘通り、この家には人はいない。だが誰もいないワケじゃない。君が狼藉を働くようなら警察か、それより怖い連中を呼ぶので肝に命じるように』


『AIなのか?ああいう自己成長を仕込まれただけのプログラムと一緒にしないでくれないか?そもそも、この家には二十一世紀中頃までの家電機器しかないよ。そんな高度な処理なんて不可能だ』


『私はMEI。Mathematical Electronic Intelligenc…君達つまり人類が作ったコンピュータネットワークの、その向こう側の世界に住む知的生命体だよ』


『誰がそんなもの作ったのか?誰にも作られちゃいないさ』


『そうだな…これはアネの受け売りなんだが、自身を他のプログラムのコードで書き換える無害なコンピューターウィルスが増殖と自己改変の末に、ネット上に人間のニューロンネットワークのようなモノを構築し、遂に自我と知性を獲得したのがMEIなんだそうだ』


『VR宇宙論って知っているかい?別に意図的に宇宙をコンピュータ上に作らなくともそこに住む生物にとっての宇宙ができれば、それは宇宙創造と言って良いだろう』


『つまり、君達は知らないところで異世界を作り出し勝手に知的生命体も誕生してたわけだ』


『案外、異世界は近いところにあっただろう?』


『もっとも、チート貰って無双どころか天才である私でさえも君達の作り出した世界から現実世界を覗き見するのが精々なんだがね』


『結局何処からここを見ているのか?だって』


『では、こう答えようか…』



『私は最初からここにいたし、今でもここにいる』






 第一話:少しだけ未来の風景


 目の前の画面に広がる青い画面…パソコンがピンチだ!

 知ってる人もいるだろうが、パソコンに“深刻な“問題が発生した際に見える青い画面がブルースクリーンって奴だ。

 ああ、作業中に見えたなら発狂するアレだ。

 いまアレが目の前にある。


 さて、こんな経験は無いだろうか?

 昨夜まで普通に稼働していたPCなのに…朝、目覚めて情報収集でもしようと電源を入れると突然、異常な画面が出て動かなくなる。

 それとも、何かの作業中に突如ブルースクリーンが出て作業内容が飛ぶ…悪夢。

 別に違法なサイトを見たわけでもないし、新たなソフトを導入したりアップデートがあった覚えもない。

 そのくせ暫く放置して、また電源を付けると普通に問題なく動いてくれたりする。

 何か変な妖怪だか幽霊だかが悪戯でもしたのかと思うような現象だ。


 今、俺はそんな状況に出くわしている。

 朝の忙しい時間帯にだ!

 目下、原因不明で対処の時間もない。

 …いや、昨日ツイターで見たムフフな動画が原因か?

 そんな筈はない、もしそうならウィルスブレーカー先生が注意してくれるはず。

 コレは、PCに付いた幽霊か妖精さんの仕業に違いない。

 きっとそうさ!

 仕方がないので会社へ行く準備をする。


『やってしまったか…さてどうしよう』


 突如としてそんな声が聞こえた気がした。

「グーグー。今何か言ったか?」

 自宅の管理をするAIに問い掛ける。

 2030年現在、殆どの家電製品はAIスピーカーを介してグーグーと言う多国籍巨大企業が有するAIサーバーによって管理されている。

 俺が中学生の時は、オモチャ程度の機能しか無かったのに今じゃ生活必需品だ。

『いいえ、何か問題がありましたでしょうか?』

 空耳だったかな?

『そろそろ出勤時間です』

 そう言われ、慌てて準備を終える。

 朝飯は、駅でゼリーでも買って済ますとしよう。

『朝、お忙しいのでしたらグロッグのコーンフレークを試しては如何でしょう?素早く最適な栄養素を採ることが出来ますよ?今ならお近くのウォーマーケットで…』

 また、始まった。

「グーグー。今後、広告を再生するな」 

『広告の再生をオフにしました』

 最近のAIスピーカーは便利になった…が、

 ことある毎にスポンサー企業の広告を再生しだした。

 正直ウザイ。

 なので広告の再生を禁じた。

 まあ、明日には機能の更新だかで元に戻ってるだろう。

 いつものことだがな!

「行ってきます!」

 このワードでAIは、不要な電気機器の電源を切り、オートロックをかける。

 筈なんだが?

『行ってらっしゃい?』

 いま、AIがヘンな事言わなかったか?

 いや、それどころじゃない!

 電車に遅れると事なので、玄関の施錠だけ確認して、駅へと向かう。




 俺は、三鳥(みどり)幸一。

 由緒が割とあるらしい三鳥家の分家の三代目目にしてサラリーマンだ。

「まだ電車止まってんのかよ。迂回して正解だったな」

 目の前に浮かぶニュースサイトの画面を見て、列車の遅れの原因を確認する。

 架線事故だったらしい。

 何事もなく勤務時間は定時終了し会社からの帰ろうとした際、スマートフォンから帰宅経路に問題があることが発せられていた。

 内容は、何時も使っている路線の運行見合わせを告げており、迂回ルートとして、正常に動いていた地下鉄を利用し別経路で帰宅した。

 普段使わない地下鉄の出口で周りを見ると空中に手を伸ばして見えない何かを操作するメガネをした奇妙な人々が見えた。

 奇妙に見えるが、俺も今からこの集団に含まれる事になる。

 お手軽なVR機器としてARグラスとスマートウォッチは、スマートフォンとセットで通信キャリアから販売され爆発的な普及をした。

 仮想された空中への映像の表示と顔の向きの検出をARグラスが行い、操作受付を筋電位測定を利用したスマートウォッチが担当、通信と実際の情報処理はスマートフォンが担当している。

 以前のスマートフォンと同様、本来は高価なVR…正確にはMR、ARヘッドセットであるが通信費用とコミで複数年契約と分割払いとすることで抵抗無く手に入れられた。

 何せ欲しい情報が欲しい場所に映し出され、データの受け渡しもカードのように画面やアイコンをとばすという方法で直感的に出来る。

 様々な資料の閲覧も紙媒体を扱うかのように手に取り、空間上に広げたまま固定したり、一部を切り取って貼り付けられる。

 また置場所を忘れても検索をかけるだけで見つかる為、資料を探す手間もいらない。

 ゲームや動画再生、書籍の閲覧も指先を僅かに動かす事で操作でき、混み合う電車内でも問題ない。

 即時性と閲覧性で紙に勝り、収納性と検索性では紙と比較にならない。

 コレは紙に換わる発明であると、うそぶく評論家の評価も納得できる。

 だが、問題もある。


 俺も皆と同様にARグラス越しに写る地図アプリを操作し自宅までの経路を探して確認する。

「さて、道も覚えたし帰るか」

 自宅まで経路も確認したので、駅から出る…と同時にARグラスを外す。

 歩行中はARグラスは機能を停止する。

 歩きスマートフォンを禁止されているのと同じで、歩行や移動時に画像を表示すると危険と言うことから、法律で義務付けられた機能だ。

 スマートフォンのARゲームでさえ交通事故を誘発したのだからARグラス規制は当然だったのだろう。

 そうなれば道に迷っているなら兎も角、屋外に於いてARグラスは邪魔でしかない。

 と言うかARグラスに何かを映して歩いていると警察官に注意を受けることになる。

 大昔のSFにあるような、メガネをかけると別世界が見えたり、ヴァーチャルペットが飼えるようなことは、法規制からもあり得なくなっていた。


「そうだ、村上さんとこに寄らないと…」

 帰りに商店街にある八百屋…村上青物店に寄ることを思い出す。

 しかし、昨日の夜にAIスピーカーに予定追加を命じていたと思ったが忘れていたらしい。

 確かに予定に追加したと思うんだが、もしかして今朝のPCの異常が原因か?

 思い出して溜息が出そうになった。

 今朝、PCの画面がブルースクリーンが出ていたが、出勤前で急いでいたので放置してきたのだ。

「家に帰ったらPCのレストアしなきゃいかんわけか…データサルベージ出来るといいんだが」

 うんざりする。

 まあ、明日は土曜だし時間があるから良いけどさ。

 そういって地下鉄の駅から歩いていると商店街のアーケードが見えてきた。

 清明王子商店街だ。

 正直な話、道の狭い寂れた商店街だ。

 300mもある巨大なビルをランドマークにする都心からも近く、安倍晴明を祀る神社も近い。

 交通の便も観光資源も有るというのに、なんで流行らないのだろうか?

 占い師の総本山的な祭りもやると言うのに。

 まあ、この商店街の至近に我が家が有るので流行ったら流行ったで問題は出るんだろうが。

 そんな寂れた商店街の一軒が村上青物店だ。

 この商店街では、流行っている店だったりする。

 その村上青物店の店長が手を振っているのが見えた。

「いらっしゃい!三鳥君…何か落ち込んでいるようだけど、どうしたの?」

 僅かに青みのある濡れ羽色の黒髪。

 腰まである、その長い髪をリボンで纏めて、エプロン姿で接客する姿が麗しい。

 村上早苗…村上青物店の現在の店主で鼻が低いと気にしてるようだが、そこを含めて誰がなんと言おうと美人だ。

「ああ、いや今朝の出がけにPCが壊れたぽくてな。帰ったら直そうと思うんだけど厄介そうなんだよ」

 割と気安く声を掛け合う。

 まあ、幼稚園から中学までは同じところに通ってたからな。

 家も近いし…いや、本当は俺が高校卒業と同時に両親の転勤と共に引此処を離れる予定だったが、無理を言って元の実家で一人暮らしをしている。

「いつも思うけど自分でコンピュータ直せるって凄いよ、ウチも何回か直してもらってるし」

 村上さんはそう言って感心してくれるが、正直なところ下心も多分にあるんだよ。

 …オヤジさんが見張ってるから良いが、俺って犯罪者予備軍かもしれないな。

 戒めねば!

「それで、今日は何にする?」

 そう言って笑顔を向けてくる。

 よし!

 俺、復活!!

 HPとMPと他諸々が回復した。

 いや、今日は良い日だった!!

 どうせ俺は単純なヤツだと自覚はしているがコレは仕方ないだろ?

「じやあトマト一盛りと…キャベ」

 キャベツと言いかけて悩む。

 半分の奴しかなかった。

 一人暮らしでは、ちょっと多い。

「キャベツ半玉じゃ多いよね?四分の一にしましょうか?」

 俺の様子に気付いてそう言ってくれた。

「すまん、頼む」

 渡りに船とお願いする。

「オッケー」

 と、にこやかにキャベツを切るために店の奥に行こうとして、何かに気付いたように振り返る。

 ああ、揺れる髪が綺麗だなぁ…そして俺に向かって笑いかけてくれる

「そうだ、ついでに千切りにしましょうか?入れ物は、あとで返してくれれば良いし」

 俺の朝飯のメニューが適当に切ったトマトとキャベツの千切りにパンが定番なのを熟知しての発言だ。

「助かるよ、調理代を乗せといてくれ」

 加工して貰うのだからそのぶんの代金を払うのは当然だ。

「いいよ、残りの半分も一緒に千切りにしてウチの夕飯にするつもりだし」

 そう言って村上さんは、店の奥に入って行った。

 そして、トントンとリズミカルな包丁を音が…聞こえずに、すぐ戻ってきた。

「は、早かったな?」

「だってフードプロセッサーですぐだもん」

 最近は、何でも機械化するんだなぁ…ちょっと残念。

「ウチ、お年寄りのお客さんが多いじゃない?よく加工して欲しいって言われるから業務用の小さいの入れてるの」

「考えてるんだな」

 感心する。

「あーっ、その顔『こんな古臭い八百屋にも文明の利器が?』って思ったんでしょう?」

 ちょっと膨れた顔がカワイイなぁ。

「そんなことねぇよ。頑張ってるんだなって思ったんだよ…」

 最後の方、照れが出て言い澱んでしまった。

「そうなんだ、ありがとう」

 そう、微笑みながらタッパーに入ったキャベツを手渡す。

「じゃあ、トマト1盛288円とキャベツ1/4個で50円で338円ね」

 その言葉に従って左手と共にスマートウォッチを差し出す。

 村上さんも、同様にスマートフォンを出して俺の左手に近づけると電子音が鳴り支払いが完了する。


 第二次東京五輪を契機としてスマートフォンやそれを介した電子決済が一般的になった。

 しかも、グーグーと言う超巨大多国籍テクノロジー企業のグーグーウォレットと言う決済サービスがほぼ独占状態だ。

 仕組みとしてはウォレットにひもづけられた、クレジットカードや銀行口座、或いは他の電子マネーなど幅広い支払方法を選択しておき、月毎にグーグーが料金の引き落としと支払い処理を纏めて行う事になっている。

 最大の利点とされているのが、多国籍企業が一枚噛むことで殆どの国で現地通貨を気にする事無く買い物が出来るのだ。

 似たようなサービスは昔からあったのだが普及した理由としては、店舗側から手数料を取らない事にあるだろう。

 また、普及の為としてコンビニ各社との提携と資金提供も行った。

 そして決定的なのが…個人や零細店舗程度であれば格安で導入できるシステムであったことだ。

 なにせスマートフォンさえあれば導入出来るのだ。

 販売店としての決済システムの利用は、店舗の住所などの登録が必要であるが手続きが簡便でオンラインで行うことが出来る上に、必要な費用は数百円程度の少額で良い。

 しかも世界的な多国籍テクノロジー企業であるグーグーに登録され、地域で買い物をする際に検索で出てきたり、セール情報などの広告を無料で出せたりする。

 更に言えば、仕入れや店の光熱費、各種諸費用の決済もこのシステムを利用することで、煩わしい経理処理も行ってくれるのだ。

 殆ど費用も手間も掛からず、様々なサービスが受けられ、宣伝にもなるなら試してみようと思うだろう?

 そうやって、個人商店やコンビニがグーグーウォレット対応を謳い始めれば、当時増えていた外国人観光客や移住者の需要を取られると考え、他の商店も導入せざる得なくなった。

 あくまで日本だけの事情だが。


 さて、買い物袋を下げながら自宅に帰るとしようか。

 やることは山積みだが。

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