第五章、その五
「確かに君の全知としての力のアシストがあれば、僕は全能なる真の『作者』として、この現実世界を現在過去未来にわたって意のままにできるようになるかも知れない。しかしそれってもはや現実の存在ではなく、それこそ『おとぎ話の神様』や『ミステリィ小説ならではのいかにも非現実的な名探偵』や『SF小説ならではの何でもアリの似非エスパー』みたいなものでしかなく、この無限の未来の可能性があり得る現実世界においては無理があり過ぎて存在し得ず、存在したとしても欠点や矛盾点ばかりの存在にしかなり得ないだろうよ。結局は
「へ? 後期クイーン、問題って……」
「実を言うとね、ミステリィ小説なんてものは不完全な存在でしかなく、いくら作者が
「──‼」
まさしく駄目押し的に衝撃の『真理』を突きつけられて、完全に言葉を失ってしまう全知の少女。
「つまり僕らがいくら手を携えようが、君の悲願である幸福の予言を必ず的中させることも、僕の目的である自作の小説の現実化による被害の完全防止も、けして叶えられることはないんだ。なぜならリスクというものは、この世のいかなる出来事のいかなる局面にも存在し得るのだからね。まったく不幸の要因のない幸福の予言や、まったく不幸の起こらない小説の現実化なんて、絶対に実現不可能なんだ。それに対して不幸の予言は使いようによっては、むしろ人を真に幸福にすることだってできるんだよ。具体的に言えば不幸になる未来の
「なっ、不幸な予言の巫女が、進化した幸福な予言の巫女ですってえ⁉」
「だから申し訳ないけど、君が言うように僕が自分の不完全な『作者』としての力を補うために『ヒロイン』を選ぶとしたら、それは君ではなく愛明ということになるんだ。なぜなら僕はいくら自分の小説が現実化することによって、本来は何の罪のない人たちを『被害者』や『加害者』として不幸にしてしまう可能性があったとしても、ミステリィ小説家の
「……そんな、だったら私たち幸福な予言の巫女の、必ず的中する幸福の予言の実現という悲願は、けして叶えられることはないと言うの? 『作者』であるあなたは、私たちのことを救ってはくれないわけなの⁉」
今やすべてに絶望し、完全にうなだれてしまう
そんな彼女に対して僕は、敢然と言い放つ。
「いいや、僕は『作者』としてこれからも、幸福な予言の巫女であるとか不幸な予言の巫女であるとかにかかわらず、物語に囚われてしまっている不幸な少女たちを救い出して、ただの女の子として必ず幸せにしてみせるつもりなんだ」
「えっ、私のような幸福な予言の巫女まで、救ってみせるですって? それに、物語に囚われてしまっているって、いったい……」
「君自身はあくまでも黒幕として今回の事件を自らの手でお膳立てしていたつもりだろうけど、そのようにして『黒幕』として
「──‼」
あまりにも思いがけない言葉を聞かされて、完全に我を忘れ呆然となる目の前の少女。
「君の言う通り、全知と全能というものは矛盾し合っているからこそ、常に惹かれ合い補い合う関係にあるのだろう。それはそれで構いやしない。僕はただこれからも、僕の救いを求めている予知能力を持った
僕の渾身の決意表明に、いかにも心底感銘を受けたかのようにして瞠目する麗明嬢であったが、なぜだかすぐに表情を暗くして、おずおずと問いかけてくる。
「……確かに今回の事件に関しては、私は直接的にも間接的にも人に危害を加えずに済んだけど、だからといってそれ以前のやはりあなたの小説が現実化した事件において犯してきた、数々の罪が帳消しになるわけじゃないでしょう?」
そのように言うや、力なくうなだれる涙をたたえた茶褐色の瞳は、すでに己の罪を十分に自覚して、今更ながらに後悔に駆られていることが窺えた。
それに対して、僕がどのように答えを返そうかと考えあぐねていた、
まさにその刹那であった。
「──それについては、こちらでどうにかいたしましょう」
突然響き渡る、聞き覚えの無い涼やかなる声音。
思わず振り向けば、そこには異様な格好をした二人の人物が、いつの間にかたたずんでいた。
一人は、小柄で華奢な肢体を純白の
……あれ? こいつらって、何だか見覚えがあるぞ。
そうだ。確か夢の中で見た、
ということは、愛明の──
「……ええと、あなたたちはいったいいつの間に、ここに来られたんですか? 一応ここって、絶界の孤島ということになっているんですけど」
「うふふ。緊急事態ということで
なっ。こいつらって米軍すらも、顎で使うことができるのかよ⁉
……それに夢見鳥家ということは、やはり。
ちらっと愛明のほうを見れば、彼女は実の姉であるはずの目隠し巫女ではなく、仮面の男のほうをいかにも悲喜こもごもといった目つきで睨みつけていた。
「それで、現在麗明嬢の抱えている『諸事情』を、そっちでどうにかしてくれるというのは?」
「そちらの方はいわゆる『ハグレ巫女』であられるとは申しても、幸福な予言の巫女であることには変わりなく、彼女が犯した罪についてはすべて、我が一族にも責任が生じることになるのです。よってすでに政府等の関係各機関との協議の結果、一応のところ以前の事件においては彼女自身が直接手を下していないこともあり、超法規的措置としてこれまでの罪を一切問わないこととし、その代わりに彼女を我が一族で引き取り、これ以降は厳重なる監督下におくことになったわけなのですよ」
これまでの罪をすべて帳消しにしただと? 夢見鳥家って、いったいどんだけ権力があるんだよ⁉
しかし思わぬ望外の救済をもたらされたはずの少女のほうは、むしろ不審げな表情を隠そうともしなかった。
「……つまりはこれから私を一族の隠れ里に閉じこめて、洗脳でも行って、完全に支配下に置こうってわけですわね?」
「まあ、一言で言えばそんな感じですが、別に洗脳はもちろん囚人扱いするつもりなぞはございませんので、御安心のほどを。むしろ一族にとっての『道具』として役立ってくださるようであれば、それなりの自由も保証されておりますよ?」
「──っ」
人権を完全に無視した時代錯誤極まることを平然と言ってのける、旧家の因習に満ちた一族の当代の巫女姫様に、思わず言葉を詰まらせる他称『ハグレ巫女』の少女。
「それで、どうなされます? 色よい返事をいただけないのなら──」
「ふん、このまま警察に突き出すとでも言うつもり?」
「いいえ、この場で
「なっ⁉」
おいおい。いきなり何てことを言い出すんだ、この小学生巫女ってば。
「何も驚かれることもないでしょう? 本来は我々幸福な予言の巫女は、俗世の方々にその存在を知られることはけして許されないというのに、これほどまでに幸福な予言の巫女の力を使って罪を犯しておきながら、我々の監督下に入ることすらも拒否なされると言うのなら、もはや闇から闇に葬り去るしかないではありませんか?」
いかにもおっとりした口ぶりで辛辣極まることを言ってのける目隠し巫女であったが、とても冗談であるようには聞こえず、そのことを痛感した麗明嬢は観念したかのようにため息をつく。
「……わかりましたわよ。以降すべてにおいて、あなた方に従います。それでよろしいのですね?」
「ええ、結構です。……ええとどうせなら、そちらの方にも御同道していただけると、幸いなのですが」
そう言って目隠しをしたままで、愛明のほうへと振り向く巫女姫。
「せっかくだけど、遠慮しておくわ。それこそ闇から闇に葬り去られたんじゃ敵わないしね」
「まあ、そんな。我が一族はすでに体質改善を図っており、たとえ不幸な予言の巫女であられようと、そのような野蛮な目に遭わせることなぞ、けしてございませんよ?」
おいっ。ついさっき、処分するとか闇から闇に葬り去るとかと言っていたのは、どこのどいつだよ⁉
「一族の総意はともかくとして、現当主の
「うふふ。さすがは不幸な予言の巫女殿。現御当主様のことを、おばさん呼ばわりですか。──ああ、そうそう。あなたにとっては、『叔母さん』にも当たるのでしたね」
「……まったく、
そう言って愛明が侮蔑の視線を向けるや、わずかに身じろぎをする黒ずくめの男性。
……ということは、彼が愛明の?
そのように僕が愛明の複雑なる家庭環境に思いを巡らせていれば、そんなことなぞ少しも忖度することなくあっさりと言ってのける、彼女の姉でも従姉でもあるという巫女姫様。
「まあ、これも至らぬ親を持ってしまった定めとして、お互いにあきらめることにいたしましょう。できましたら私たちだけでもそれを反面教師にして、せいぜい仲良くやっていきたいところですわね♡」
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