第四章、その二
「……へえ、まさかダーリンが助手に選んだのが、よりによってあの噂の一族の面汚しの、不幸な予言の巫女でしたとはねえ」
僕と
「──なっ、どうしてそれを⁉」
思わぬ指摘に泡を食って声をあげたのは、当の不幸な予言の巫女の少女ではなく、彼女の担任教師で現在は探偵と助手の関係にある僕のほうであった。
「だってダーリンたら、相変わらずの目の当てられない『不幸体質』っぷりで、日常的にいろんなハプニングに見舞われておられるのですもの。しかもそれをその子が如才なくすべて的確に対処しているものだから、いやでもその正体に気づいてしまいますよ。何せいつもだったらより悲惨な目に遭うはずなのに、その子が常に巧みなフォローを行うことで被害を最小限に食い止めたり、場合によっては
「……ぐっ」
その彼女の指摘は、まったくもって正鵠を射ていた。
僕ときたらミステリィ小説そのままの事件の現場における探偵キャラの常として、いかにも訳ありな未亡人や、自分自身は有力後継者でありながらも一族内において何ら後ろ盾を持たないために立場の弱い年端のいかないお嬢様等々に、粉をかけていったりしたのだが、なぜかその
とはいうもののただ単にそれだけのことで、愛明が俗世間においてはその存在を秘匿されているはずの不幸な予言の巫女であるのを看破できたことは、非常に不可解でもあった。
……もしかして、
おそらくは同じ疑問を覚えているのであろう愛明が、訝しげな表情で問いただす。
「……そう言う、あなたは?」
「もちろんあなたと同じ
なっ、ハグレ巫女だと?
本当なら我が国における最高機密とも言える幸福な予言の巫女の予知能力は、国家そのものや一部の権力者のためか、少なくとも夢見鳥家の利益に適ったことのみに使われるのを絶対の掟としているのだが、当然のことながらハグレ巫女においてはそんな制約なぞあえて守る必要なぞはなく、予知能力を私利私欲のために活用したり、事によれば犯罪まがいのことに使ったりする者も少なくなく、幸福な予言の巫女の存在そのものを秘匿したい一族の者や権力者たちを大いに悩ませていたのだ。
何せそれこそSF小説やライトノベルや漫画のような
当然今僕の目の前にいるハグレ巫女の少女も同様で、こうして実際に数多の事件に関わりながらも、あくまでも事件を解決する側の名探偵として振るまい、一応
しかも事件の解決に当たっては、まさしく幸福な予言の巫女ならではの量子コンピュータそのままのあらゆる無限の可能性の
そのいかにもな『アウトロー』ぶりからむしろ夢見鳥一族においては、突然変異的忌み子たる不幸な予言の巫女に近しい立ち位置にあるのだが、そこは腐っても幸福な予言の巫女であるからして、麗明嬢においてもまさにこの時、思わぬ邂逅を果たした不幸な予言の巫女である愛明に対して、侮蔑の表情を隠そうともしなかった。
更には彼女自身においても夢見鳥一族の追求から逃れるためにも、それこそ量子コンピュータそのままに森羅万象から世界そのものの無限の未来の可能性をすべて
「それにしてもよくもまあ、あのような
「……それって、どういう意味よ?」
「だってそうでしょう? あなたのお母様ときたら、先代巫女姫にして本家の現御当主様の実の姉君でありながら、自分の幼なじみでもあるとはいえ、事もあろうに御当主様の御夫君と──」
「もうやめて! 私のことはともかく、それ以上お母さんのことを悪く言ったら、許さないから!」
麗明嬢の言葉を遮るようにして喫茶室中に響き渡る、愛明のこれまでになく必死な叫び声。
まるで相手を射殺さんとするかのように睨みつけている憎しみに満ちた表情は、毒舌気味ではあるけれどむしろ常に冷静沈着でどこか冷めた感じのある、いつものいかにも厭世的な少女とは、とても同一人物とは思えなかった。
しかしどうやらこちらも相当な曲者であるらしいハグレ巫女の少女のほうは、まったく動じる様子もなく、相も変わらぬ人を小馬鹿にしたような口調で言ってのける。
「おお、怖い怖い。これ以上怒らせて『不幸の予言』の力によって呪われたりしたら何ですので、この辺で勘弁して差し上げますわ」
そして僕のほうへと意味深な流し目をくれてから、更にとんでもない言葉を続けてくる。
「それでは、こうしましょう。今回の事件をいかに早く完璧に解決できるかで、私とあなたのどちらがより優れた予言の巫女か──すなわち、どちらがよりダーリンの
……………………は?
「おいっ、何でここで僕を引き合いに出すんだよ? 別に僕は本物の名探偵というわけじゃないんだから、事件の解明はもちろん、予言の巫女の優劣なんて、知ったこっちゃ──」
「いいわ。その勝負、乗ってやろうじゃないの!」
僕の言葉を途中で制するように凛と鳴り響く、幼い少女の声。
振り向けば、一見平静さを取り戻したかのように見えるゴスロリ姿の不幸な予言の巫女が、麗明嬢を真正面から見据えていた。
「うふふ。よい御覚悟ですわね。その意気で、せいぜい私を楽しませてくださいまし。──もっとも、出来損ないの不幸な予言の巫女ごときが、幸福な予言の巫女である私に太刀打ちできたらの話ですけどね」
そう言い捨てるやこれで話は終わりとばかりに、踵を返して喫茶室を後にしていく幸福な予言の巫女の少女。
一方不幸な予言の巫女の少女のほうはと言うと、その去り行く後ろ姿をひたすら無言で、いつまでも睨み続けていたのである。
──歯を食いしばり、握りしめたこぶしを震わせながら。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……それで、何で幸福な予言の巫女が、探偵なんかやっているのよ?」
突然の闖入者のために台無しとなった午後のお茶会を早々に切り上げて、別荘内の僕ら二人のためにあてがわれた部屋へと戻るやいなや、どこか非難がましい口調で問いただしてくる漆黒のゴスロリドレスの少女。
今回の相続会議に正式に探偵として招かれた僕らのために用意された豪奢な家具や調度品に満ちあふれたこの部屋には、現在僕らが来客用ソファにて向かい合って座っている、天井ぎりぎりまで設えられた大きな窓から潮風とともに真夏の午後の日差しが燦々と降り注いでいるリビングと、その奥ほどにはベッドルームが別に設けられていて、しかもキッチンバストイレ等の水回りも完備しているという、とても二人で使うには広くて豪華過ぎる、いわゆる賓客用の
ちなみに本来は一人ずつ別々の部屋が与えられていたのだが、「私が目を離しているうちに、どんな女と浮気を──もとい。どんな不幸な目に見舞われるかわかったものじゃないでしょう?」などと、いったいどっちが保護者なのかわからないような
……まあ、いくら撃退しようが毎回事件ごとに懲りずに繰り返される、
「──ええと、それはだな、話せば長くなるんだけど……」
僕の何とも歯切れの悪い言いざまに、なぜか浮気の言い訳をしている駄目亭主を前にした怖い奥さんそのままに、目を吊り上げ更なる勢いで問い詰めてくる女子小学生。
「そういえば先生って、やけにあの子と親しげな御様子だけど、まさかお母さんからうちの一族の話を聞く前から、彼女が幸福な予言の巫女であることを知っていたのではないでしょうね?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないか? いやだなあ。あはははは。そもそも幸福な予言の巫女や不幸な予言の巫女の存在自体を知ったのも、
「……本当に?」
「も、もちろんだよ!」
いまだ疑いの
「ただし、竜睡先生の話を聞いて、
「え、腑に落ちたって?」
「ずっと不思議に思っていたんだ。僕のしたためたネット小説が現実のものとなり始めてから、作品内に探偵役として登場していた僕自身も当然のごとく、あたかも生来の『事件誘引体質』を体現するようにして、現実の事件においても探偵として関わっていくようになったんだけど、ある時を境にして関与する事件のあり方が大幅に様変わりしてしまうとともに、基になった小説には該当する登場人物が存在しないのにかかわらず、必ず彼女──
「幸福な予言の巫女だったら名探偵になれて、しかも事件のあり方すらも変えることができるですって⁉」
いかにも意外なことを聞いたといったふうに目を丸くする愛明に対して、僕は懇切丁寧に一つ一つ順を追って説明を始めていく。
「別に驚くことはないだろう? 何せ未来の無限の可能性をすべて
「ちょっと、それってつまりは、事件の解明を担っている名探偵であるはずの麗明こそが、すべての黒幕たるラプラスの悪魔でもあるってことじゃないの⁉」
「ああ。ラプラスの悪魔が未来の無限の可能性をすべて
「はあ? 何よいったいその、絵に描いたような
思わぬ理不尽極まる『事実』を聞かされて、さも堪りかねたかのようにして声を上げる愛明に対して、一度大きく頷いてから僕は、
本日最大の、爆弾発言を投下する。
「まったくその通りさ。つまりこのようにいろいろと裏工作をすることによってこそ、僕のネット小説の内容そのものの事件を現実のものにしていたのは、まさしく阿頼耶麗明嬢その人だったというわけなんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます