第四章、その三

「は?……………………いやいやいや、ちょと待って! 確かお母さんの話ではあなたの小説を現実化させているのは、あくまでもあなた自身の強力無比なる『正夢体質』ならではの『小説の中の自分』との一対一でのシンクロ関係の構築の実現という、いわゆるこの世界の『作者』としての独特の力によるものとのことだったでしょうが⁉」


「うん、そうだよ。基本的にその見解で間違いないさ。でも竜睡先生は同時にこうも言っていたよね、『確かに未来には無限の可能性があり得るから、小説に書いたこと──つまりは、ある意味未来の可能性パターンの一例が現実のものとなっても別におかしくはないけど、同様に未来には無限の可能性があり得るからこそ、たとえそれが「小説の中の自分」とシンクロすることによって──すなわち自他を問わぬ集合的無意識への強制的アクセス能力によって、現実世界と小説の世界とを少なくともにはシンクロさせることのできる人物の手によるものであろうと、小説に書いたことが何から何までそっくりそのままに現実のものとなるなんてことはあり得ない』って。だからこそ竜睡先生の話ではまさにその自他を問わぬ集合的無意識との強制的アクセス能力を有しているらしい、言うなればこの現実世界の『作者』とも呼び得る立場にいる僕が、探偵役として関わっている事件における各種被害を自作の小説の知識に基づいて未然に防ごうと思っても、必ずしも小説の筋書きストーリー通りに事態が進行してくれるわけじゃないので、けして思い通りにはならなかったんだ。それがさっきから何度も言っているように、麗明嬢が探偵として関わってくるようになってからは、事件のあり方が抜本的に様変わりしてしまったんだよ。──そう。まさしく現実の事件が何から何まで全部、僕の小説の記述通りに推移していくようになってしまったんだ」


「な、何ですってえ⁉ いやでも、まさにお母さんやあなたの言うように、この現実世界における大原則である『未来には無限の可能性があり得る』ことに基づけば、そんなことはけしてあり得ないんじゃないの?」

「本来ならね。ただしさっきも言ったように、全知たる幸福な予言の巫女ならではの未来の無限の可能性の予測計算シミュレート能力を未来操作に活用さえすれば、文字通り不可能を可能とできるようになるんだよ。具体的にはラプラスの悪魔を騙っての密告メールによって加害者と被害者の両方共を誘導して、まさしく僕の自作の筋書きストーリー通りに、現実の事件そのものを小説通りに推移させることをなし得ているってわけなのさ」


「今回の事件が何から何まで小説通りに推移しているって、それじゃあ、すべての基になったあなたの小説にはこの私も登場していて、まさに今現在の状況そのままのシーンにおいて、私たちが交わしている会話の内容もすべてもれなく記述されているというの⁉ 何よそれ。まるで私自身も、小説の登場人物になってしまっているようなものじゃないの⁉」

「ああまあ、だいたいそんな感じと思って間違いないよ。実は今回の事件は元々ずっと以前に僕が夢で見た出来事を基にしたためた小説が、そっくりそのまま現実化したものなんだけど、以前も言ったように夢で見てすぐに小説化したわけではなく、君や竜睡先生と出会って君たちの一族の話を聞き、そしてその後に君の不幸な予言の巫女としての力を磨き上げるための様々な修業を経て、もう十分に幸福な予言の巫女とも渡り合えるようになったのを確認した後に竜睡先生のリクエストに応える形で、満を持して『もっとこうの、もっとこうふくものがたり』として小説化したものだからして、ちゃんと君や竜睡先生やついでに麗明嬢に至るまで本人そのものが登場しているわけなのさ。もっともあくまでも僕自身が見た夢を基にして小説にしたためたものを、麗明嬢が未来操作の力を弄して現実化させたものだから、例えば君が実際にしゃべった台詞とかの、基本的に僕や麗明嬢では事前に知り得ないことなんかは、現実の事件と小説の記述において完璧に一致しておらず、どこかの三流メタ小説みたいにここでスマホ等に当のネット小説を表示させて、『ほうらご覧、まさに今この時の会話シーンが、何から何まで一字一句まったく同一に記述されているだろう?』なんていう、これ見よがしの展開なぞはできないってわけなんだよ」


「……ええと。話を聞けば聞くほど、何だかわけがわからなくなるんだけど。結局のところあなたが夢で見た出来事をしたためた小説を現実のものとしたのは、あなた自身の力なの? それとも麗明の未来操作によるものなの? もし完全に麗明によるものであるのなら、幸福な予言の巫女ならではの未来操作の力はあくまでも量子論に則った人為的なものなのだから、小説の現実化といっても、別に超常現象でも何でもなくなるんじゃないの?」

「うん。そこのところは悩む必要はないよ。実はね、小説にしたためたことが現実化する原因なんて、どうでもいいんだ。簡単に言ってしまえば、夢が正夢になった時なんかに、『何か不思議な運命的力が働いたんじゃないのか⁉』と思うか、『単に偶然の産物に過ぎないよね』と思うか程度の違いでしかないんだよ。だから僕の自作の小説が現実化したことだって、最初から最後まで麗明嬢による人為的な仕業であったとしても構わないないんだ。ただし一応整理しておくと、基本的に小説が現実化すること自体は竜睡先生が言っていたように、僕自身に備わっている力によるものなんだけど、その上で小説の内容と実際の事件の推移とを完全に一致させているのは、麗明嬢の未来操作の賜物だという次第なんだよ」


 そのように僕が長々と続いた蘊蓄解説に一区切り付けたところで、愛明がいかにも訝しげな表情で問いただしてくる。

「それってつまりは、麗明だったら現実を小説と完全に一致させるだけでなく、やろうと思えば小説の筋書きとは別の展開にもできるってことになるわよね?」

「ああうん、それはそうだろうね」


「だったらさあ、私にいろいろと修業をさせて不幸な予言の巫女としての力を磨き上げさせて、こうしてわざわざこんなところに連れてきたってことは、当然私に何かさせようと──たぶん先日あなた自身が言っていたように、本来なら何の罪もないはずなのに『被害者』として生命の危機に陥りかねない人たちを、是非とも全員助けてあげようとでも思っているんでしょうけど、いっそのこと黒幕としてすべてをお膳立てしている張本人である、麗明自身に頼めばいいじゃない。そっちのほうがよほど確実でしょう?」


 どこか面白くなさそうにしながらも、理論上に限れば百点満点の答えをあっさりと弾き出す、不幸な予言の巫女の少女。

 ……やれやれ。確かに数多くの試練を乗り越えてきたとはいえ、あの引きこもり娘が、よくぞここまで成長したものだ。

 しかし実際問題としては、そんな単純な話ではなかった。


「残念ながら、そういうわけにはいかないんだ。さっきから何度も言っているように、麗明嬢こそが僕の小説と現実の事件とを完全に一致させているのであり、つまりはこれまで彼女が関わってきた事件において、僕の作品の筋書きそのままに被害者となってしまった人たちは皆、あくまでも間接的とはいえ、麗明嬢の未来操作によって殺されてしまったようなものなんだよ。言ってみれば彼女は明確な意思を持って、被害者たちを死に追いやってきたのであり、そしてそれは彼女が今まさに僕の小説通りに事態の推移をお膳立てしている、今回の事件においても同様なわけなんだ」


「──‼」

 あまりの驚愕の事実に、悲痛に顔を歪ませる少女。

 それも当然であろう。

 自分とそれほど歳も違わないような少女が──それも、自分と同じ予言の巫女の血を引く者が、確信犯的に人を殺し続けていると聞かされたのだから。


「だったらなぜあなたは、彼女のことをすべての黒幕として告発しないの⁉ それだけ『すべての真相』を知っていながら彼女の凶行を見て見ぬふりしていたのでは、ある意味あなた自身も共犯のようなものじゃない!」

「……僕をそこいらの三流ミステリィ小説の名探偵なんかと、一緒にしないでくれ。こちとらすでに多数の被害者を出してしまった後での、おためごかしの『真相や真犯人の究明』なんて下らないことなんか、やるつもりは毛頭ないんだからな」

「なっ」


「なぜなら僕には絶対に成し遂げなければならない、何よりも大切なことがあるのだから。──そう。自分の作品が現実化してしまったために、理不尽にも不幸に見舞われる運命を押し付けられてしまった、『被害者』たちが被害を被るのを防ぐ──と言うね」


「あ」

「そりゃあ僕だって、自分の作品が原因となってこれまで犠牲になってしまった人たちに対しては忸怩たるものがあるけれど、だからといって過去にこだわるよりは、これからいかにしてこれ以上被害を出さないようにしていくかを模索するほうが大切じゃないか。それに麗明嬢が黒幕であることも、ある意味僕が『作者』みたいなものであるから知り得たに過ぎず、確実な物的証拠──ていうか、状況証拠すらもまったく無いんだ。警察等の公的機関に通報しても無駄だろうよ。それにすべての事件において彼女自身はあくまでも、他人の行動を誘導して事態の推移を操作しているだけなのであり、自ら手を下したことは一度も無いんだしね」

「──くっ。で、でも、たとえ人間量子コンピュータとも呼び得る幸福な予言の巫女であろうとも、現実と小説とを完全に一致させるなんてどう考えても無理があるし、きっとどこかに穴があって、そこを突くことで彼女の未来操作とやらを無効化させることだって、まったく不可能とは言えないんじゃないの? 何せあなた自身も何度も言っているようにこの現実世界の未来には無限の可能性があり得るんだから、いくら予言の巫女としての未来予測能力によって緻密なる未来操作を施そうとも、大勢の人間の行動を完全に思いのままにコントロールできるわけがないし、特にこうしてすべてを知り尽くしている『作者』的立場にあるあなただったら、今からでも事件のこれからの展開を変えることも、けしてやってやれないことでも無いのでは?」


「まあね、本来ならそうなんだろうけど、ここで問題となってくるのが、実は現在のこの異常なる状況が、先日竜睡先生がおっしゃっていた『小説の中の自分とのシンクロをトリガーにしてこその小説の現実化』理論と、むしろそんな超常現象によらずあくまでも現実的手段で小説の現実化を実現している麗明嬢の手法との、によって構築されていることなんだよ。それというのもすべての黒幕でありながらも、麗明嬢は自分の未来の無限の可能性の予測計算シミュレート能力を過信せずに、ある特定の未来ゴールを実現させるためだけでも、幾重もの仕掛けを施しているからして、これについては僕自身何度か実際にやってみたから痛感しているんだけど、ほんのちょっぴりでも小説の記述とは異なる行動をとったとたん、別の仕掛けが働くことによってちゃんと小説通りに進行していくように修正されてしまうだけなんだ。つまりそのような無駄なあがきを何度繰り返そうが、結局は自分の小説の中で書いた『自分』の行動そのままに振る舞っていくばかりになってしまうんだよ。──するとどうなると思う? もはや僕の『作者』としてのあくまでも精神面のみでのシンクロ化能力なぞ及びもつかないまでに、現実の自分と『小説の中の自分』との──同時に現実世界と小説の世界との、完全なるシンクロ状態が構築されてしまうことになるんだ。そうなるともはや『鶏が先か卵が先か』そのままに、現実世界と小説の世界との間には因果関係や時間的前後関係が無くなってしまい完全に等価値の関係となり、今現在自分が自分の意思で行動しているのか、それとも小説の記述通りに振る舞っているだけなのか、というかそもそも自分は最初から小説の登場人物に過ぎず、すべては『作者』的な存在によって操られているだけなのか、自分自身でもまったくわからなくなり、ただ小説の記述通りに振る舞っていくばかりとなり、そしてそれがまた現実と小説とのシンクロ状態をますます強めていくという、文字通り悪循環となってしまい、完全に『一登場人物』として小説の世界の中に閉じこめられていくことになるって次第なんだよ。というのも、普通なら小説に書いたものが現実化すると言っても書かれた内容がすべてそっくりそのまま実現されるわけがなかったのに、これって結果的に本来なら非常に実現困難であるはずの、『作者自身を主役にしての現実の出来事の小説化』を後付け的に実現しているようなものだから、現実の世界と小説という虚構の世界とのシンクロ化などという常軌を逸した状況を生み出すことになるんだけど、中でも特に今回の事件の現場においてはある意味『作者』的立場にいる僕自身が、小説に描写されたストーリー通りに演じていくほどに、『小説の自分』とのシンクロ関係がどんどんと強化していき『物語』としての拘束が強まり、すべての事件関係者たちが『登場人物』としてますます強固に拘束されていくことになるわけで、そうなるともはや麗明嬢の未来操作から逃れることは不可能となって、果ては本来なら知り得ないはずの君や麗明嬢を始めとする僕以外の人々の心理描写までもが、完全に小説とシンクロしてしまい──すなわち、行動だけでなく心まで小説の記述通りに操られていってしまいかねないんだ。何せ現実と小説とで世界そのものが完全にシンクロしてしまっている今となっては、シンクロしているのは『作者』的立場にいる僕だけでなく、すべての事件関係者も対象となっているのだからね。言わばこのように今や『一登場人物』としてすっかり拘束されてしまっている僕には、むしろ事件の推移を変えることなんて事実上不可能と言っていいくらい困難な状況にあるんだ」


 そのような僕の衝撃的な話を聞き終えるや、いったん自分自身で十分に噛み砕いて理解に及んでから、おずおずと問いかけてくる、目の前の黒衣の少女。

「……ちょっと待って、それってまるで今や麗明は、ミステリィ小説そのものとなってしまっているこの現実世界における事件にとっての、『名探偵』でもあり『黒幕』でもあり、しかもあなたと同様に、ある意味『作者』でもあるようなものじゃないの⁉」

「ああ、まさにその通りなんだよ」

「……それで、そんなに手を込んだことまでして、現実世界と小説の世界とを完全に一致させて、いったい彼女は何がやりたいわけ?」

「いやそれが、僕自身もよくわかってはいないんだよ」

「はあ?」

「一応彼女自身に聞いてみたところでは、『それはもちろん、あなたダーリンの「ヒロイン」になりたいからですわ♡』とか何とか、意味不明なことを言い出すだけなんだよなあ……」

「『ヒロイン』って、ただでさえこの時点で、『名探偵』でもあり『黒幕』でもあり、ある意味『作者』でもあるようなものだというのに、これ以上属性を増やすつもりなの? どこまで欲張りなのよ、あのオバサンJC⁉」

「たぶん、僕なんかのヒロインになりたいということ自体に、何らかの重要なる意味が隠されていると思うんだ。一応僕も『作者』的な立場にいるわけだからね。まあ、それが何なのかは、まったく見当がつかないんだけど」


「それにしても、『名探偵』でもあり『黒幕』でもあり『作者』でもあるというのに、その上ある意味今やミステリィ小説そのものとなっているこの現実世界の『主人公ヒロイン』なんかになられたりしたら、もはやお手上げじゃない。万一そうなってしまった段階で、これからの事件の推移を変えようと試みたところで、言ってみればそれは小説の登場人物がどうにかして作者に小説の筋書きを書き換えさせようとしているようなものでしかなく、そんなの最初から勝ち目なんて無いでしょうが⁉」

 そのようなあまりにも残酷なる結論に達してしまったことで、もはやわめき立てるばかりとなる教え子の少女に対し、むしろ穏やかなる表情を浮かべながら、彼女の華奢な両肩に優しく手を置き、ここに至って更に思わぬことを言い出す担任教師。


「何言っているんだい、たとえ相手が作者だろうが神様だろうが、この世でただ一人勝つことができる存在がいるじゃないか?」

「へ? そんないかにも御都合主義的な絶対最強的存在が、いったいどこにいるって言うのよ?」

「もちろん、僕のすぐ目の前さ」

「なっ。そ、それって⁉」


「そう、君のことだよ。だからこそこんなクレイジーなミステリィ小説そのままの事件の現場なんかに、いまだ小学生に過ぎない君をわざわざ連れてきたんじゃないか?」


「ちょ、ちょっと。いきなり何をわけのわからないことを言い出すのよ⁉ 私がこの世界の作者だか神様だかに、勝つことができる唯一の存在ですって?」

 いきなり小説の登場人物としては最強──というかむしろの存在とも言える、『作者殺しゴッド・スレイヤー』として名指しされてしまい、慌てふためいてまくし立ててくる少女に向かって、僕は厳かに言い放つ。


「そう。何せ君の不幸の予言を駆使することによる完璧なる『リスク回避』能力こそが、まさしく『ミステリィ小説殺し』とも呼ぶべきものなのだからな」

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