第四章、その一

  四、全知ラプラス探偵たんていVS禍言クダン探偵たんてい



「──お待ち申しておりましたわ、うえゆう先生──いえ、♡ また今回もこの私天才美少女名探偵れいの活躍のほどを、ご覧になられに来られたのですね⁉」


 長らく続いた空の旅を終えて広大なるヘリポートへと着陸しおよそ二時間ぶりに地面に降り立った僕らを出迎えたのは、夏の盛りにふさわしく涼しげな半袖の純白のワンピースを華奢な肢体にまとった、いかにも清楚でお嬢様然とした年の頃十代前半ローティーンの見目麗しい一人の少女であった。


「……しらじらしいことを言わないでくれよ。どうせ今回も、君が依頼人に売り込んだりしていろいろと小細工を弄して、僕がここに来ざるを得ないように仕向けたくせに」

 苦々しくこぼす成年男性のいらだち混じりの言葉なぞどこ吹く風と、さらりといなす年端もいかない少女。


「さあ、何のことですやら? とにかく何にせよ、このミステリィ小説そのままの事件においては、上無先生がお越しにならなければ、文字通り話が始まらないではないですか? ──まさしく、先生の御自作のようにね」


「──っ」

 そんな意味深な台詞に思わず言葉を詰まらせる僕を勝ち誇るかのように見据えている、色白で端整な小顔の中の少々茶色がかった蠱惑の瞳。

 このまま、年下の女の子からいいようにやり込められるばかりなのかと思われた、

 まさにその時であった。


「──せんせえー、誰なんですかあ、その。小学生しか興味のない先生には、対象外なんじゃないのお、そんな年増さんなんてえ。くすくすくす」


 何だかいつになく甘ったるい声で挑発的なことを言いながら、ここで初めて僕の背後から最近お馴染みの漆黒のゴスロリドレスをまとった小柄な姿を現す、我が教え子ゆめどり

 それを見てなぜだか、目を丸くして唇をわななかせる麗明嬢。

「誰がオバサンですか⁉ ──ていうか、あなたいったいどなたですの? そんなにすぐ側にひっついて、先生とはどういった御関係にあらせますの⁉」

 鬼気迫る形相で問い詰めてくるお嬢様中学生にたじたじとなりながらも、あえてここでは上無祐記というペンネームを名乗っていることからわかるように、一応学校のほうは夏休み中とはいえ、こんなミステリィ小説そのままの事件の現場で探偵なんかをやっているのが、実は兼業絶対禁止の公立小学校教師であることがバレてしまうわけにはいかないので、僕はを何ら臆面なく答えていった。

「……ええと、この子はね、僕が何かとお世話になっている方の娘さんで、社会見学として事件の現場を見たいと言うんで、依頼人に許可をとった上で連れてきたんだ。それで僕との関係は何かと問われてあえて答えるとしたら、『探偵とその助手』みたいなものかな?」

「助手って、まさか⁉ この私こそが、いつの日か先生が晴れて真の名探偵──いいえ、真の『作者』となられた暁には、助手となるはずでしたのに! いえ、もはや今現在においても、私は自身も探偵でありながら、同時にあなたの助手でもあるようなものなのです。──何せ、あなたが名探偵として御活躍できるようにいろいろと御助力しているのは、まさしくこの私なのですからね!」

「いや、何勝手なこと言っているの? 僕が誰を助手にしようが自由だろうが? それに僕には君を助手にするつもりなんて毛頭ないって、これまでも散々言ってきたよね⁉」

「……そんな。先生はロリコンだから、現役女子中学生名探偵である私の魅力に抗えず、籠絡するのも時間の問題と思っていたのに、まさか小学生まで守備範囲だったなんて⁉ 先生の業の深さを、すっかり見誤っておりましたわ」

 いかにも痛恨の極みといった表情になる麗明嬢に対して、ここぞとばかりに追い討ちをかけてくるゴスロリ娘。


「くくくくく。そのとーり。もはやあなたのようなオバサンJCには出る幕なんて無いんだから、おとなしくすっこんでいてちょうだいな」

「くっ。だけど私は負けやしない。先生に女子中学生ならではの魅力を、絶対に思い知らせてやるんだから!」

「ふんっ。無駄なことを。いい? ロリコンというものはね、相手がロリければロリいほどいいのよ?」

「おまえら二人ともいい加減にしろ! 勝手に人のことをロリコン呼ばわりするんじゃない! 確かに僕は主に小学生に対して常に関心を寄せているが、それはあくまでも仕事のためだ!」


 何せ、現役の小学校教師だからな。

 しかしその正体を明すわけにはいかず、誤解が誤解を呼ぶばかりとなってしまい、今や麗明嬢と共に僕らを出迎えに来てくれていた依頼人を始めとする今回の主なる事件関係者である海亀うみがめ家の皆さんの、僕へと向けてくる冷たい視線が非常に痛かった。

 いや、さっきから何かにつけ『ミステリィ小説そのままの事件』なんて言っているけど、そんなことないじゃん。事件の冒頭部が探偵役の人物の『ロリコン疑惑』のシーンで始まるなんて、そんなミステリィ小説があって堪るか⁉


「……先生方、いつまでもこんなところで立ち話も何ですから、まずは館のほうへ場所を移しましょう」


 僕らの馬鹿騒ぎを見かねたようにしておずおずと声をかけてきたのは、今回の『海亀家次期当主決定会議』における最有力候補にして僕らの依頼人でもある、現時点での海亀家最高権力者の海亀うみがめ鯛造たいぞう氏であった。

 その言葉を聞いて我に返った麗明嬢と愛明がようやく言い争いをやめて、鯛造氏の案内で島の中央にある海亀家所有の別荘へと移動を開始した一行の列へと加わる。


 ……何だかいかにも、前途多難を予感させるよなあ。


 そう。まさにこのお気楽極まりない一幕こそが、今回のミステリィ小説そのままの──否、、猟奇的な連続殺人事件の幕開けであったのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 瀬戸せと内海ないかいのほぼ中央にぽつんと浮かぶ、人呼んでうみがめじま


 年中渦巻く激しい潮流に取り囲まれ、島の外周はすべて船着き場なぞ存在し得ない断崖絶壁のみといった威容を擁し、本土との交通手段はヘリコプター等の航空機に頼るしかないという、まさしくミステリィ小説そのままの怪事件が起こるにふさわしい、いわゆる『天然の閉鎖空間クローズドサークル』とも言うべき絶海ならぬの孤島。


 もちろん海亀島と言っても、砂浜なぞどこにも存在しないこの島が海亀たちの産卵地として有名な観光名所なんてことがあるはずもなく、ただ単にこの島の所有者が我が国でも一二を争う名家たる、『海亀うみがめ』家という名の一族であるだけのことであった。

 実は世間一般には秘匿されているのだが、ここには海亀家の隠し別荘が存在しているのであり、そのりゅうぐうじょうもかくやといった豪華絢爛極まる三階建ての和風建築の楼閣は、一族における極秘の重要なる会合の場として使用されていて、今回もまさしく次代の最高権力者となる本家の新たなる当主を決定するための、一族の有力者全員参加による最高意思決定会議が開催されていたのだ。


 事の起こりは、前当主であった海亀うみがめじん兵衛べえ翁が、この夏の初めに突然急死したことであった。


 政財界を始めとする各方面に多大なる影響力を誇ってきた彼の死は、海亀家傘下の巨大企業グループのみならずほんの国家システムのあらゆる面を大きく揺るがすこととなり、後継者の早急なる選定が急がれることになった。

 これを受けてこの海亀島の別荘に次期当主の有力後継者が全員集められ、いわゆる『相続会議』が催されることになったのだが、海亀の当主ともなれば手に入る富や権力は想像を絶するまでに莫大なものとなり、法令に定められた相続権の序列に従ったり、話し合いで穏便に後継者や遺産の配分を決めたりすることなぞ到底無理な話で、露骨な腹の探り合いや足の引っ張り合いに始まり場合によっては『実力行使』に及ぶことも辞さないといった雰囲気ビンビンであったが、一日でも早く後継者を決めてもらいたがっている政府各機関においてはこれを黙認することを決定し、今回の相続会議の期間中にこの海亀島で何が起ころうが警察等を始めとする公的機関は一切関知しないことを海亀家との間に秘密裏に取り決めたとのことで、今やこの島は名実共に完全なる閉鎖空間クローズドサークルと相成ってしまっていたのだ。

 しかも僕とをこの島へ運んでくれたヘリコプターを始めとして、すべての航空機の類いは相続会議が正式に開始されると共にすべて飛び去ってしまい、次期当主後継者たちは全員この絶界の孤島に閉じこめられてしまったわけだが、これは是が非でも自分こそが新当主にならんと欲している彼ら自身納得済みのことなのであって、それは何よりも相続会議が始まっていまだ一週間ほどしか経っていないというのにすでに三名もの『行方不明者』を出していながらも、極身近な親族を始め一族の誰一人として、秘密協定を結んでいる公的機関への通報はもちろんのこと、島外の私的な知り合い等に救援を要請することなど一切無かったことこそが、如実に証明しているであろう。

 何せ『行方不明』と言ってもこんな年中荒れた海に取り囲まれた狭い島の話なのであり、むしろ被害者はとっくに殺されていて、証拠隠滅に好都合とばかりに死体を海へと遺棄していたりすることも、十分あり得る話ではなかろうか。

 そもそもこの島にいるのはいわゆる探偵役を担っている僕と愛明とれい嬢以外は海亀家の関係者だけなのであり、当然これまでの事件における被害者はもちろん何と実行犯のほうも一族の者ということになるのであって、つまりは彼らは全員最初から自分自身も被害を被ってしまう可能性があることを覚悟の上で、当主の座を手に入れるためには実力行使をもって他者を排除することすらも辞さない構えでいるわけなのだ。


 言うなれば今回の相続会議は端から話し合いの場なんかではなく、『るかられるか』をモットーとした、ルール無用のバトルフィールドだったのである。


 とはいえ、現在の状況があまりにも尋常ならざるものであること自体は、間違いなかった。

 考えてみればいくら全員の暗黙の合意の上で実力行使も辞さない状況にあるとはいえ、たった一週間足らずですでに行方不明者が三名も出てしまうなんて、誰もが予想外であったはずだ。

 何せ先ほども述べたように、これは実質上『連続殺人事件』が起こってしまったようなものなのである。

 普通だったらこのような初期段階においては、しばらくは様子見ということで多数派工作をしたり、せいぜいが水面下で策を巡らせたりしているといったところであろうに、何とも不可解な話であった。


 それというのも実は、一族の者たちをこのように早期に実力行使に走らせるように、巧みに誘導している者がいたわけなのである。


 自らを古典物理学で言うところの未来予測すら意のままにできる超越的存在たる、『ラプラスのあく』と名乗るその正体不明の謎の人物は、直接姿を現すこと無しに、一族の者たちのスマートフォン等の携帯端末へ個別に、他の候補者が当主相続を勝ち取る秘策をすでに有していることや有力後継者である自分を密かに排除しようとしていることを暴いた、内部告発的なメールを送り付けてくることによって、お互いに疑心暗鬼に陥らせて、実際に実力行使に及ばせることを実現していたのだ。


 何と言ってもただでさえ最初から全員が競合関係にあり、常に腹の探り合いを行い隙あらば陥れようとし、いざとなれば実力行使も辞さないといった、異常極まる緊張状態にあるのだ。たとえそれが悪魔を名乗るようなうさん臭いメールによるものであろうと、他の候補者が自分よりも優位にあることや自分を害する恐れがあることがわかった場合には、まさしく現在の相続会議バトルフィールドのモットーたる『るかられるか』に則り、先制攻撃的に実力行使に打って出るのも無理からぬ話であろう。

 しかも相手の正体が実は、今や時代遅れの古典物理学的決定論の申し子たるラプラスの悪魔なぞ、現代物理学の基本原理たる量子論に基づく量子コンピュータそのままに、本当に未来における無限の可能性をすべて予測計算シミュレートできる存在であったりするのだから、なおさらである。


 ところで、たとえ僕が今回の一連の事件における探偵役を仰せつかっているとはいえ、あくまでも部外者に過ぎないというのに海亀家の内情についてやけに詳細に知り尽くしていることを始め、個々人のスマホ等に秘密裏にメールでしかアクセスしてきていない『ラプラスの悪魔』とやらの暗躍の全体像を、こうも何から何まで掌握しているのはなぜなのかと言うと、それはひとえに僕が『作者』だからであった。

 ……いや、別にこれはメタ的な話をしようとしているのではなく、実は何とこれまでの事件の推移が、すでにネットに公開されている、かつて夢の中で見た出来事を基にしたためた、僕の自作のミステリィ小説のストーリーそっくりそのままに進行していたのだ。


 つまり、被害者と加害者の組み合わせも、それぞれにおける犯行手段も、何とラプラスの悪魔の暗躍の全貌すらも、そのすべてが元々僕が考え出したものだったのである。


 ただし以前りゅうすい先生がおっしゃっていたように、この世界の未来には無限の可能性があり得るのだから、夢で見たことや予言書的にしたためられた小説の内容が、そっくりそのまま現実化することなどはないはずなのであり、これではまるでそれこそ絶対予言を司るとも言われていた、ラプラスの悪魔に代表される決定論そのものであり、現代物理学に支配されているこの現実世界においては、けしてあってはならぬことであろう。


 だが心配御無用。実は僕はそのからくりを、すでに見抜いていたのである。


 なぜなら僕はラプラスの悪魔とやらの正体を、最初から知っているのだから。

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