第三章、その六

 そのように一応のところ結論が付いたのを区切りとして、ようやく長々と続いた蘊蓄解説を終えてくれるりゅうすい先生。


 僕自身としては一応納得のいくところであったが、この話題に関しては完全に蚊帳の外に置かれていた不幸な予言の巫女の少女が、いかにも腑に落ちないといった表情で疑問を呈してくる。


「……ちょっと待って、あなたは現実の出来事を基に小説を書いていたのではなく、まず夢で見たものを小説にしたためて、そしてそれが現実のものとなったというわけなのよね? だったらこの『最も不幸なの、最も幸福な物語』はどうなのよ? あなた自身さっきこの中に書かれていることも含めて、以前から不幸な予言の巫女が出てくる夢を見ていたと言っていたけど、まさかこの作品の内容のすべてが、実際に私に修業を行わせる以前に夢として見たものを小説化し、そしてそれが現実化してしまったとでも言うわけなの? 一体全体あなたがこの小説を書いたのと、私が実際にこなしていった数々の修業とは、どっちが先でどっちが後なのよ⁉」

 あたかも本来ならけして知る必要も無かったおぞましきこの世の不条理さについうっかり気づいてしまったために、むしろ否定してくれと言わんばかりに必死の形相で問いただしてくる目の前の少女。

 それに対して僕はいったん彼女の母親のほうへと目配せをして、頷き返され了承を得るや、残酷なる真実について厳かに語り始める。


「……非常に残念ながら、実際に君が修業を行うよりも、僕が夢で見た出来事を基にして小説を作成したほうが先なんだ。──もっとも、君が今スマホで見ているようにこうしてネットに公開したのは、修業がすべて終わった後だけどね」


「なっ⁉…………い、いやでも、それではおかしいじゃない。第二次世界大戦中のドイツや戦国時代を舞台にしているいかにも非現実的なやつはともかく、ギャンブラーや相場師やそれこそ乃明なんかの実際にちゃんと存在している人たちが登場してくるやつなんて、そもそも私やお母さんと付き合い始めてほんの二、三ヶ月ほどしか経っていないあなたが、どうして彼らが実在していることを知っていて夢に見ることができたと言うの⁉」

 その疑問は確かにもっともなものであったが、僕は何ら言いよどむことなく答えを返す。

「それについてはまさしく、さっき竜睡先生がおっしゃっていた通りなんだよ。夢や小説が現実化するといっても、そっくりそのまま現実のものになることなぞけしてあり得ないのであり、そもそも僕が夢で見たのはあくまでも漠然としたものでしかなくて、個々の修業における事態の推移についてはだいたい同じようなものだったけど、細々とした部分──特に実在の人物についての名前や外見や具体的な言動などはまったく同じであるはずはなく、これらに関してはいったん小説化した後もネットに公開しないで手元に置いていて、実際に数々の修業をこなした後でその事実や竜睡先生に聞いた話に基づいて書き直しを行い、こうして晴れて『完全盤』をネットに公開したって次第なんだよ」

「何よそれ。後付け的に事実に基づいてある程度補足修正を付け加えているとはいえ、結局のところはあなたが小説を作成したほうが先で、実際の修業のほうが後ってことじゃないの⁉ ……信じられない。そんなのもはや『夢が正夢になる』なんてレベルじゃないでしょうが? あなたっていったい何者なのよ⁉」

 血相を変えて食ってかかってくる、自他共に認める予知能力者の少女。

「いや、何者って言われても……。僕だって竜睡先生からこうして詳しい御説明を聞くまでは、まさか今や自分が自作の小説の中の『自分』とシンクロしているような状態にあるからこそ、自分が夢で見たものを小説にしたためたものが現実化していたなんて知らなかったんだし」

「そうよ、。何も小説に書いたものがそのままズバリ現実化しているわけでもないんだし、それにそもそも夢や小説の中で描かれている出来事自体が、れっきとした実際に現実のものとなり得る『未来の無限の可能性』の一つなんだから、ある程度同じようなことが現実のものになったとしても、別におかしくはないんだし、先生のことをまるで化物か何かのように言ったりするのは失礼でしょう?」

 そのようにそつなく助け船を出してくれる竜睡先生であったが、むしろ暗に僕を化物扱いしているようにも感じられるのは、単なる被害妄想であろうか?

 ……自分たちのほうこそ、非常識極まる幸福な予言の巫女の一族のくせに。


「でもまあ、これで愛明の不幸な予言の巫女としての力は、先生の最終的な目的を達成できるまでには、しっかりと仕上がったようですわね」

「ええ、おそらく十分でしょう。特に修業の後半戦においては、実際に生死を賭けた状況を幾度となく乗り越えたんだから、この調子で行けば『本番』においても、ちゃんとやりこなしてくれるものと思われます」


 ここに来て唐突に表情を改め真剣な口調で『最終確認』を行う竜睡先生と僕の姿に、えも言われない不穏さを感じ取った愛明が、いかにも不安げに問いただしてくる。


「ちょ、ちょっと何よ? 『最終的な目的』とか『生死を賭けた状況』とか『本番』とかって。これ以上私に、何をやらせるつもりなのよ⁉」

「ああ、そういえばまだ君には、ちゃんと言っていなかったっけ。実は君には、今僕が抱え込んでいる問題の解決を手伝ってもらおうと思っているんだよ」

「は? あなたが抱え込んでいる問題って?」

「いやね、君もすでに知っているように、僕がこれまでネットで発表してきた作品って、僕自身を探偵役にしてミステリィ小説そのままの怪事件が起こっていくといった感じのやつばかりなんだけど、もしもこれらが全部現実化してしまったりしたら、どうなると思う?」

「そりゃあ当然、この現実世界において実際に、ミステリィ小説そのままの怪事件が次々に起こっていくことに……………………って、まさか⁉」

「そうなんだよ。実際これまでにほとんど僕の作品そのままの──つまりは、ミステリィ小説そのままの怪事件が何件も起こっていき、そのため本来ならそんな馬鹿げた事態に巻き込まれることなんかなかったはずの、何の罪もない人が『被害者』として殺されていき、勝手に『犯人』にされてしまった人のほうも、ただ無益に罪を犯し続けていっているんだ」

「な、何ですってえ⁉」

「……それもこれも僕が考えなしに、時代遅れなまでに典型的ステレオタイプなミステリィ小説そのままの怪事件を扱った作品なんかを創ってしまったから悪いんだ! だから僕の作品のせいで起こってしまった事件をすべてこの手で解決して、これ以上このような不条理極まる被害が蔓延していくことを、是が非でも押しとどめなければならないんだよ!」

 そのように悲痛なる表情で魂の叫びをあげる僕に圧倒されながらも、おずおず問いかけてくる教え子の少女。

「……それで、そのために私の手を借りたいというのは、いったいどういうことなの?」


「ああ、そのことなんだけどね。何せ僕の創った作品が現実化しているんだから、当然その中で探偵役を担っている僕自身も毎回実際に探偵的存在として事件に巻き込まれることになるんだけど、その一方で何と言っても『作者』的立場ポジションにもあるゆえに、ある程度は事件における事態の推移を事前に知り得る立場にいるわけだから、まさしく探偵役として被害者をまったく出さずに事件を解決することだって十分可能かと思って実際に取り組んでいったところ、もはや君も十分御承知のように、この無限の未来の可能性があり得る現実世界においては、それこそ漫画やSF小説の類いに出てくるおとぎ話的『予言書』でもあるまいし、小説に書かれた内容が何から何までそっくりそのまま現実化するなんてことはけしてあり得ず、当然僕が考えたストーリー通りに事態が推移していくわけもなく、誰一人犠牲者を出さずに事件を解決することなんてなし得ずに、結局は大勢の被害者を出した後になってようやく犯人や事件の真相を突き止めるといった、それこそ典型的ステレオタイプな『ミステリィ小説ならではの名探偵』そのままの体たらくで終わってしまうばかりだったんだ。でもこれは逆に言えば、実際の事件においては必ずしも僕の考えたストーリーの通りに被害者が出るとは限らないということなんだから、やろうと思えばいわゆる『ミステリィ小説そのままの怪事件』なんかが起こるのを未然に防いで、誰一人真のハッピーエンドを実現させることだってできるはずなんだよ。──ということで、予言の巫女である君の出番ってわけなのさ」


「へ? 何で私が、ある意味ミステリィ小説のお約束セオリーを根本的にぶっ壊しかねない、いろいろな意味で恐ろしげなことなんかに出番があるわけ?」


「だってミステリィ小説の登場人物なんてものは作者の代弁者である名探偵キャラを除けば結局のところ、勝手に『被害者』や『犯人』なぞといった不遇な役割を押し付けられてしまっているゆえに誰もが不幸な状況にあるわけだし、まさに本当の意味で不幸な者たちを幸福にすることのできる、『進化した幸福な予言の巫女』である不幸な予言の巫女たる君にとっては、この上なく格好な活躍の場じゃないか?」


「──っ」

「大丈夫、何も心配はいらないよ。このように誰もが日常的に生命を脅かされているミステリィ小説そのままの怪事件の現場を、最終的な舞台として想定していたからこそ、特に今回の修業の後半戦においては実際に生死を賭けた試練を幾度も乗り越えさせたんだから、今の君だったらたとえミステリィ小説そのままの怪事件であろうとも、誰一人犠牲者を出すことなく無事に解決することだってお茶の子さいさいだろうよ。──それとも君は、君の力を本当に必要としている、まさに現在不幸の真っただ中にいる人たちを見殺しにしても平気なわけなのかい?」

「くっ、この卑怯者! そんな言い方をされたんじゃ、とても断れないじゃないの⁉」

 顔を真っ赤に染め上げいかにも悔しそうに『承諾の返事』をする教え子の少女に向かって、僕はここでいきなり姿勢を正し厳かな表情となって、とどめの一言を言い放つ。


「結局のところ不幸な予言の巫女である君は不幸な人々を助けることでしか、自分の存在価値を確かめることはできないのさ。──だからお願いします。このネット作家にしてにわか探偵であるこの僕のことも、どうか助けてやってください」

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