第三章、その五

 ……いやでも、いくら異能の一族と何らかの関係があって少々人より強力な『正夢体質』だからって、集合的無意識を介して現実の人間を小説の『登場人物』と強制的に同一シンクロ化させるなんて、そんな大それたことが本当に実現できるのかよ?


 このように僕がいまだ十分には納得し切れていないのを見て取ったのか、これまで以上に噛み砕いた口調で追加説明を行ない始める眼鏡美人。


「確かにあなたの御懸念通りに、小説に書いたものを現実化するだの、それを促進しているのが強力無比なる『正夢体質』だの、この現実世界の『作者』としての力による事件関係者全員の己の自作のミステリィ小説という集合的無意識への強制的なアクセス能力だのと言うと、いかにも実現不可能な超能力じみたことだと思われるかも知れませんが、実はそれほど不自然な話でもなく、むしろ実現して当然とも言えるのですよ?」

「えっ。小説に書いたことが現実化するのが、当然なことですって⁉」

「『事件関係者の皆さん全員が、あなたの自作のミステリィ小説そのままに限定された集合的無意識に強制的にアクセスさせられて、ミステリィ小説そのままの夢しか見られず、その「夢の記憶」が脳内にこびりついて、目覚めた後の現実世界においても行動を誘導されて、本来は無限の可能性があるはずの未来を限定されて、まるで小説の「登場人物」みたいになってしまう』なんて、字面だけ見るととんでもない超自然的現象にも思えますが、ようく考えてみてください。そもそも最初からミステリィ小説そのままの怪事件の現場にいる人物の未来が、ミステリィ小説そのままの可能性パターンに限定されていたところで、何も不思議はないじゃないですか? むしろいきなり『ラブコメ』や『ほのぼの日常物語』や『学園異能バトル』的展開になったほうが、よほど不自然でしょうが」

 あ。

「つまり最初からあなたの自作のミステリィ小説そのままの行動をとっても別におかしくはなかったところに、あなたが集合的無意識を介して夢で見たミステリィ小説そのままの事件を具体的に小説にすることによって、事件関係者の皆さんに影響を与えて、元々選ぶべきだった未来の選択肢を選ぶように後押ししただけに過ぎないのですよ。その具体的な過程としては、『集合的無意識を介して己の自作そのままの夢を見せる』というやり方をとっているので、いかにも超自然的にも見えますが、厳密に言うと『作者』であられる先生御自身の力というよりもむしろ、先生の御自作のほうにこそ備わっている力によるものなのです。なぜなら別にあなたのような『世界の作者』の手による作品に限らず、小説というものは元々、集合的無意識そのもののようなものなのですからね」

「なっ。小説が、集合的無意識そのものですってえ⁉」


「ユングが言うには我々が集合的無意識にアクセスなし得るのは、睡眠中の夢だけでなく、覚醒中の白昼夢状態や妄想状態等の時も含まれるとのことでしたが、私たち作家が普通に小説の構想を練っている際なんかも、まさしくこれらの妄想状態の一種に含まれるでしょう。特にたまにある『ひらめき』が降りてくるケースなど、古今東西はおろか未来の情報すら存在している集合的無意識にアクセスしているからこその賜物と言えましょう。つまりあなたのような『世界の作者』としての力をお持ちの方だけでなく、一般的な小説家の誰もが小説作成時には集合的無意識にアクセスしており、そこに無限に存在している情報や知識を取捨選択シミュレーションすることによって一つの物語を創り上げているのであって、小説家の手による作品自体が集合的無意識そのものを体現していると言っても過言ではないのです。何せ何度も申し上げているように、そもそも小説の中で描かれている世界も多世界解釈量子論に則れば無限に存在し得る『未来の可能性の世界』の一つなのであり、れっきとした集合的無意識の構成要素なのですしね。確かに小説というものは基本的に一冊の物語として完成しているからして、どうしても一つの世界として固定されてしまっていて、その『未来の可能性』が閉じられているように思われがちですが、当該作品の売れ行き次第によっては続編が何冊も作成されたり、事によっては『最初の一冊オリジナル』そのものの大幅な改訂版が刊行されたりする場合もあり、集合的無意識ならではの無限の可能性をちゃんと秘めているのです。そしてこのことは長期連載が前提のネット小説においては更に顕著となるのであって、現時点での最新の掲載分以降の展開には無限の可能性があり得て、けしてたった一つの未来ではなく、多数の未来の可能性を内包しているからして、まさしく無限の『未来の可能性』の集合体である集合的無意識を体現していると申せましょう。しかも本屋や図書館等で閉じて置かれている一般的な形を伴う『書籍』としての小説では、一部の読書好きの方にしか手に取ってもらえませんが、それに対してインターネット上に公開されている小説ならば、可能性の上とはいえ世界中の誰もがいつでもどこでも何度でもアクセスすることができるのです。──まさしく誰もが夢を通すことで、全人類共通のデータベースである集合的無意識とアクセスする可能性を、等しく持ち得るようにね。そして夢と言えば何と言っても『今自分が最も気掛かりに思っていること』を見るケースが多いと思いますけど、もし仮に現在ミステリィ小説そのままの事件の場にいる人物が、まるで自分たちの現状を書き写したかのような小説がネット上に公開されていると知った場合は、とても無視することなぞできず、きっとアクセスすることになるでしょう。そうしたら当の小説内の自分自身とよく似た状況にある『登場人物』が、これまた現実にも目障りに思っている人物そっくりの別の『登場人物』に殺意を抱き凶行に走ってしまうという衝撃的な内容が描写されていたりしたら、痛烈に印象に残ることになるに違いありません。そして『気掛かりなことこそ夢に見ることが多い』のたとえ通りに、その人物があなたの自作の『登場人物』そのままになり切った夢を見る可能性も大いにあり得るわけなのですが、今度は夢の中とはいえ、自分自身が目障りな相手に対して明確な殺意を抱きその手で凶行に走ることになり、当然それは鮮烈なる記憶となって脳内に刻み込まれて、目が覚めた後の現実世界においても実際の事件の推移いかんでは、『夢の中の自分』──すなわちあなたの自作の『登場人物』そのままに凶行に走ってしまうといった可能性も、大いにあり得るといった次第なのです。──そう。元々ネット小説自体が集合的無意識そのもののようなものだからこそ、夢を通して人に影響を与えて、目が覚めたの現実世界における行動を──つまりは『未来』を誘導し得ることも、それほどおかしな話ではないのですよ」


「──っ」


 そ、そうか。この世界の『作者』としての力だとか、強力無比なる『正夢体質』だとか言われても、いまいち納得できなかったけれど、無限の可能性を秘めたインターネット上のネット小説こそが集合的無意識そのものだったとしたら、夢を通して人々に『将来そうなることが十分あり得る未来の自分の記憶』を与えることで、その言動を誘導していくこともけして不可能ではないだろう。


 言ってみればこれって、夢や小説の内容に影響を受けることによって、現実世界の行動が左右されることになるといった、極ありきたりなことを言っているに過ぎないのだから。


「つまり『小説の現実化』と言っても、具体的にはこのような十分に現実的かつ論理的でありふれた事柄の積み重ねでしかないのですよ。そもそも最初のきっかけとしてあなたが夢で見た漠然としたミステリィ小説そのままの事件が現実化したと言っても、その具体的な内容のほうは夢と現実とではかなり乖離しており、あくまでも偶然の産物としか言えなかったところに、あなた自身の強力なる『正夢体質』と、それに基づく集合的無意識そのままの御自作の小説の他者への強制的な引き寄せアクセス能力での、事件関係者全員に対するいわゆる『記憶操作』によって、あなたが現実に即応して自作の小説を修正していくほどに、あなたや事件関係者の皆さんが見る夢が現実と近似していき、『正夢』の精度が向上するとともに、自他共に小説の『登場人物』として拘束されていき、当然の帰結として現実と夢と小説とがどんどんと同一化していって、事実上『小説に書いたものが現実化した』と言い得るようになるだけの話で、何もあなたが『この世界そのものの作者』などという超常的な存在だからこそ、いきなり何の根拠もなく強引に自作の小説を現実化できたわけではなく、あくまでも細々とした現実的過程の積み重ねでしかなく、けしてそれほど不自然なことでもないのです」


 なるほど、あくまでも超常の力で一方的に『小説に書いたことが現実化』したわけではなく、最初は『夢で見たものを漠然と小説化した』ものだったのを、現実の事件の推移に合わせて細々と手直しを重ねていくうちに、当然のごとく夢の内容と現実の出来事とが摺り合わされていっただけのことなのか。

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