第三章、その二
「まず何と言っても幸福な予言の巫女の代表格である『巫女姫』たる君のお姉さんについてだが、彼女が幼い頃より虚弱体質であるのは、むしろ一族の中においても抜きん出て強力な予知能力の持ち主だからなんだ。あたかも『人間量子コンピュータ』でもあるかのように絶大なる計算能力によって未来予知を実現している幸福な予言の巫女は、実際に幸福の予言を実行する際にはとにかく脳を酷使してしまうことになるんだよ。何せこの世の森羅万象の無限の未来の可能性を
「は? 私が、進化した幸福な予言の巫女って……」
「そう。オールラウンドなまさしく理想的な『全知』を自認している幸福な予言の巫女に対して、その瞬間その瞬間での『リスク回避』のみに予知能力を特化していることこそが、不幸な予言の巫女の最大の特徴であり
「……私の不幸な未来の予知能力に基づいたいかにも場当たり的なリスク回避こそが、より進化した幸福な予言の巫女とも言うべき在り方ですって⁉」
僕の長々と続いた蘊蓄解説を聞き終えるや、いかにも堪らずといったふうに声をあげる、不幸な予言の巫女の少女。
「そうだよ? だってこれについては将棋以外の修業においても、同様だったじゃないか。第二次世界大戦中のドイツにおける夜間空中戦では、その瞬間その瞬間の被撃墜のリスクの可能性のみを予測することによって難を免れることができたのだし、ポーカー勝負においても、その時点の持ち札にほんのわずかでも負けに繋がる可能性があったら勝負を降りるように徹底させることによって最終的に勝利を得ることができたのだしね。そう。いかにも受動的な『専守防衛』のみに徹しているようでありながらも、敗北する可能性をすべて潰していけば、結果的に勝利をもぎ取ることをなし得るってわけなんだよ。──とはいえ、これすらも不幸な予言の巫女ならではの
「なっ。これほどまでに完璧なリスク回避能力すらも、単なる一側面でしかないと言うの⁉」
「何せこれまで何度も述べてきたようにこの現実世界には無限の可能性があり得るんだから、おとぎ話や三流SF小説でもあるまいし未来予測などというものが常に100%ズバリ的中するなんてことはあり得ないんだが、実はこれは特に幸福な予言の巫女にとっては、まさしく致命的欠点とも言い得るものなんだ。と言うのも『幸福の予言』なるものは、
「……つまりそれって、不幸の予言を転ばぬ先の杖として使っていけば、ヤバい状況にあればあるほどすべての災厄を事前に避け得て、結果的に勝利すらつかめるっていうこと?」
「ああ。『石橋を叩いて渡る』と言い換えてもいいけどね。──とにかくこれでわかっただろう? 結局
「──‼」
僕の嘘偽りのない心からの台詞を聞き、目を丸くし言葉を詰まらせる不幸な予言の巫女の少女。
「そう。これを君にしっかりと認識してもらうことこそが、今回の様々な修業における、何よりも重要な
「……不幸な予言の巫女である私が、幸福な予言の巫女にだってけして負けやしない、立派に価値のある存在ですって?」
「とはいうものの、あのように数々の修業を通じてリスク回避能力を磨き上げることで、こうして君を真の不幸な予言の巫女として目覚めさせたことは、僕自身の目的にも合致していたわけなんだけどね」
「え? あなた自身の目的って……」
いかにも唐突なる僕の意味深な言葉に、今度は訝しげな表情となる女子小学生。
「あれ、おかしいとは思わなかったのかい? どうして僕が君が見たいわゆる『非現実的な修業の夢』の内容を、それこそまるで見てきたかのようにしてほとんどそのままズバリ、小説にしたためることができていることを」
「──っ。そ、そういえば。確かに私は自分が夢で見た内容を、あなたに小説の参考にしてもらうために事前に伝えてはいたけれど、状況描写はもとより私の心理描写に至るまで、とても伝聞のみを基に創ったとは思えないほど、夢の内容が忠実に再現されていたじゃないの⁉」
「うん、実を言うとね、僕も君と同じような夢を見たことがあるんだよ」
「はあ⁉」
僕の言葉がよほど予想外だったのか、完全に呆気にとられる目の前の少女。
「もちろんそれはあくまでも『僕視点』の夢なのであって、君が『不吉な予言の魔女』と呼ばれている女子高生であった夢では僕はその相方となる下級生の男子生徒だったし、第二次世界大戦中のドイツの夢では夜戦型ジェット機の
「いやいやいや。何で赤の他人のあなたが、私と同じ夢なんかを見るのよ? まさかあなたも幸福な予言の巫女の一族の血を引いていて、予知夢みたいなものを視る力があるとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「そういった驚愕の真相があるかどうかは与り知らないけれど、別に僕が見た君以外の不幸な予言の巫女の夢は、小説にしたためた三件だけではないんだ。それこそ僕はこれまで無数の時代の無数の様々な不幸な予言の巫女の夢を見てきたのであり、今回その中から君に聞いた話を参考にして、ズバリそのまんまではないけれどよく似た夢を三つばかりピックアップして、それらを基にして小説を書いたって次第なんだよ」
「無数の不幸な予言の巫女の夢を見てきたって、そもそもあなたが不幸な予言の巫女の存在を知ったのは、お母さんに私たちの一族の話を聞いてからじゃなかったの?」
そんな至極当然なる
「……ずっと待っていたんだよ、不幸な未来を予知できる者が、自分の前に現れることをね。その恋い焦がれるような想いこそが、夢に反映されたんだろうよ」
「私のような存在が現れるのを、ずっと待っていたって…………ああ。そういえばあなたって、稀に見る不幸体質だったっけ」
そのように納得しかける愛明であったが、ここで異議を唱えたのは、これまで完全に沈黙を守りその存在をほとんど忘れかけられていた、彼女の母親
「何を言っているのよ、愛明。『主人公』である
「へ? この人が『主人公』って、何よそれ?」
「何せ常にミステリィ小説そのままな怪事件に巻き込まれるのがもはや日常となっている、いわゆる『事件誘引体質』を誇っているのですからね。まさしく『主人公』以外の何者でもないじゃない。そして文字通り『名探偵』とも呼び得る者に代表されるミステリィ小説における主要キャラクターたちが、こぞって事件誘引体質であることからわかるように、あらゆる物語においてはその主人公が不幸体質でないと、何よりも話が始まらないというわけなのよ」
「……またお母さんたら、いい歳して中二病そのまんまなメタっぽいことばかり言うんだから。そのうち『お母さんは中二病』なんてタイトルでも付けて、ネット小説化するつもりじゃないでしょうね?──って、ちょっと待って。『事件誘引体質でミステリィ小説まがいの怪事件に巻き込まれてばかりいるネット作家』って、まさか⁉」
「ほう、さすがは生粋の引きこもりゆえに、今や立派なネットジャンキーともなっている我が娘。どうやらネット上での上無先生についての噂話は御存じのようね」
「じゃああれって、本当のことだったの? ネット作家の上無
驚愕しきりの女子小学生であったが、それに対して彼女の母親は苦笑を浮かべながら、更に思わぬことを言い出した。
「違う違う、むしろ話は逆なの。それって実はね、先生が
「は?……………………って、何よそれ⁉ 小説に書いたことが現実化するなんて、そんなことが実際にあり得っこないでしょうが⁉」
泡を食ってまくし立てる少女の当然なる反駁を受けながらも、依然落ち着き払ったままでまたもやとんでもないことを言い放つ、SF的ミステリィ小説家。
「いいえ、確かに先生が夢で見たことを小説にしたためることによってこそ、それが現実化しているの。──なぜなら上無先生御自身に、小説に書いたものを現実のものにできる力が備わっておられるのですからね」
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