第三章、その二

「まず何と言っても幸福な予言の巫女の代表格である『巫女姫』たる君のお姉さんについてだが、彼女が幼い頃より虚弱体質であるのは、むしろ一族の中においても抜きん出て強力な予知能力の持ち主だからなんだ。あたかも『人間量子コンピュータ』でもあるかのように絶大なる計算能力によって未来予知を実現している幸福な予言の巫女は、実際に幸福の予言を実行する際にはとにかく脳を酷使してしまうことになるんだよ。何せこの世の森羅万象の無限の未来の可能性を予測計算シミュレートしているわけなんだし、心身における負担は尋常ならざるものがあるだろう。彼女が普段目隠しをしているのも、別に足が悪いわけでもないのに車椅子を使っているのも、未来予測をする際に備えてできるだけ体力を温存しておくためのものだろうよ。まだ幼い彼女にとって未来を予知することは、それだけぎりぎりまで気力体力共に削っているわけなのさ。それなのにあんな長丁場での激戦なんて、とても最後まで持ちこたえられるはずがなかったんだ。確かに最初の手合わせの際には君のほうから勝手に自滅してくれたので事無きを得たけれど、二度目の対局の時の君ときたらまったくのノーミスを貫きどこまでもしぶとく食らいついてくるものだから、とうとう彼女のほうが体力の限界を迎えてしまったという次第なんだよ。──ではなぜ君のほうは勝負の途中で倒れてしまうどころか最後までピンピンしていたかと言うと、実は不幸な予言の巫女である君は一族における出来損ないどころか、むしろ従来の幸福な予言の巫女としての弱点を克服しより効率化を果たした、『進化した幸福な予言の巫女』とでも言うべき存在だからなんだよ」


「は? 私が、進化した幸福な予言の巫女って……」


「そう。オールラウンドなまさしく理想的な『全知』を自認している幸福な予言の巫女に対して、その瞬間その瞬間での『リスク回避』のみに予知能力を特化していることこそが、不幸な予言の巫女の最大の特徴であり優位点アドバンテージなんだよ。それはまさに君が将棋の勝負の場において『受け』に徹していることなんかがいい例で、だからこそオールラウンドで理想的な人間量子コンピュータであるはずの幸福な予言の巫女たる君のお姉さんに対しても、ほとんど心身に負担をかけることなく勝利をもぎ取ることができたわけなんだ。それというのも幸福な予言の巫女なんて言ったところで、実のところは名人級のトップクラスに限られるとはいえ将棋や碁の達人とほとんど変わらないんだ。しかも理論上は予知能力者である幸福な予言の巫女のほうが優位にあるはずなのに、実際に勝負するとしたらおそらくは将棋や碁の達人のほうが勝ってしまうとも思われるんだよ。確かにこの世の万物の無限の未来の可能性を余さず予測計算シミュレートできる幸福な予言の巫女は、例えば将棋における必勝パターンである『定跡』なんかだと、現時点の盤面に基づいて考えられ得るすべてのパターンを算出することができるだろう。しかし実は『すべてできる』状態であることこそが曲者なのであって、選択肢が複数あれば当然どれを選ぶか迷うことになり、特に将棋の勝負の場においては常に最適解を選ばなければ、思わぬミスを犯して自滅したり相手の絶妙な一手で状況をいっぺんに覆されたりしてしまうことがあり得るんだ。言うなれば『必勝策の中の必勝策』を見極めなくてはならないわけで、そのようなもはや『将棋の神様』の境地に達するためには、過去の無数の名勝負の棋譜をほとんどすべて頭にたたき込みすでに己の血肉としていて、更には実際の勝負において幾度となく修羅場をくぐり抜けることによって、絶対的な『勝負勘』を身に着けることを成し遂げているという、それこそ名人級のベテラン棋士でもない限りは、到底不可能だろうよ。つまり己の健康を害してしまうまでに脳を酷使して、人間量子コンピュータとしてあらゆる可能性を予測計算シミュレートしたところで、結局はその道のベテランに勝つことなんかできないのだから、幸福な予言の巫女のオールラウンドな未来予知のやり方は非常に非効率的なものでしかないんだ。しかもそんなベテラン棋士の中においても誰よりも必勝パターンたる定跡をマスターしていて、将棋界においては間違いなく最高の実力を誇る名人であろうと、すべての勝負に勝つことができるわけではないんだよ。なぜなら勝負というものは、文字通りに無限の可能性を秘めた『水物』なのだから。例えば対戦相手がこれまでの将棋の常識を覆す予想外の手を指してきたりしたら、あくまでも必勝パターンである定跡を知りつくしているに過ぎない名人では対応し切れず、あっけなく敗北してしまうという可能性もけしてないとは言えないんだ。そしてそのような致命的な弱点の数々をほとんどすべて克服し更なる効率化を実現したのが、まさしく進化した幸福な予言の巫女である不幸な予言の巫女なんだよ。何せ君の不幸の予言は幸福の予言のように己の脳を酷使して無限に存在し得る未来の可能性のすべてを予測計算シミュレートする必要なぞなく、あくまでもその場の状況に基づいて何かしらの災難が降りかかる可能性があり得る場合のみ、その不幸な未来の光景ビジョンが脳裏に自動的に浮かぶようになっているんだしな。例えば将棋の勝負の場においては、頭の中で次に指す手を思い浮かべるだけで、もしそれが結果的に敗北に繋がる可能性が少しでもあれば、自分が負けるビジョンが脳裏に浮かび上がることになるので、けして負ける光景ビジョンが浮かばなくなるまでその脳内選択を繰り返していけば、最終的には絶対に敗北に繋がる可能性のない手にたどり着けて、常にまったく負ける恐れのない手を指し続けることができるようになり、幸福な予言の巫女のように無限の未来の可能性のすべてを予測計算シミュレートすることも、更には将棋の名人ならではの『大局観』すらも、露ほども必要とせず、あたかもその場しのぎのようでありながらも、対局相手の怒濤の攻めさえも文字通りまったくのノーミスで受け続けることができるという、まさしく将棋指しにとっては最も理想的な『受け将棋』をなし得ることになるんだ。もちろんこのような『専守防衛』的なやり方では確かにミスを犯すことがなくけして安易な敗北を喫することはないとはいえ、その一方で当然のこととして能動的に勝利をもぎ取ることもできそうにないと思われるところだが、本来人間誰しも──たとえ将棋の名人であろうと、永遠にミスを犯さないでいることなぞできず、むしろ完璧な『リスク回避』を可能としノーミスを貫くことのできる不幸な予言の巫女のほうが、常識外れの神業的な力を有しているとも言い得るのであり、そして何よりも将棋における大原則としては、『最後にミスをしたほうが負ける』のだからして、完全にノーミス状態を堅持できる不幸な予言の巫女は、ただ単に相手のほうがミスを犯すのを待ち続けるだけでいいのさ。いやそれどころか、大局観すら踏まえずにいかにもその場しのぎ的に繰り出される君のリスク回避の一手こそが、相手にとっては意表の一手となることも大いにあり得て、せっかく幸福な予言の巫女の無限の未来の可能性の予測計算シミュレート能力や名人を始めとするベテランのプロ棋士の大局観によって盤面の最後の最後までを読み切っていた、必勝パターンを御破算にしてしまうことだってなし得て、その結果大乱戦に突入することになって相手のミスを促して自滅に導くことさえも十分可能なんだ。つまり君の不幸な予言の巫女ならではの、ほとんど心身に負担をかけることのないその場その場でのリスク回避能力によってこそ、幸福な予言の巫女による最初から最後までの無限の未来の可能性をすべて予測計算シミュレートするといったやり方なぞ、今や何の意味のない非効率極まるものでしかないということを暴き出したようなものなのであり、そういう意味からもまさしく不幸な予言の巫女こそ、『進化した幸福な予言の巫女』とも呼び得るわけなんだよ」


「……私の不幸な未来の予知能力に基づいたいかにも場当たり的なリスク回避こそが、より進化した幸福な予言の巫女とも言うべき在り方ですって⁉」


 僕の長々と続いた蘊蓄解説を聞き終えるや、いかにも堪らずといったふうに声をあげる、不幸な予言の巫女の少女。


「そうだよ? だってこれについては将棋以外の修業においても、同様だったじゃないか。第二次世界大戦中のドイツにおける夜間空中戦では、その瞬間その瞬間の被撃墜のリスクの可能性のみを予測することによって難を免れることができたのだし、ポーカー勝負においても、その時点の持ち札にほんのわずかでも負けに繋がる可能性があったら勝負を降りるように徹底させることによって最終的に勝利を得ることができたのだしね。そう。いかにも受動的な『専守防衛』のみに徹しているようでありながらも、敗北する可能性をすべて潰していけば、結果的に勝利をもぎ取ることをなし得るってわけなんだよ。──とはいえ、これすらも不幸な予言の巫女ならではの優位点アドバンテージの一側面でしかないんだけどね」

「なっ。これほどまでに完璧なリスク回避能力すらも、単なる一側面でしかないと言うの⁉」

「何せこれまで何度も述べてきたようにこの現実世界には無限の可能性があり得るんだから、おとぎ話や三流SF小説でもあるまいし未来予測などというものが常に100%ズバリ的中するなんてことはあり得ないんだが、実はこれは特に幸福な予言の巫女にとっては、まさしく致命的欠点とも言い得るものなんだ。と言うのも『幸福の予言』なるものは、のであって、下手すれば詐欺師呼ばわりされるだけだからな。結局巫女姫とか呼ばれていても、そこら辺の占い師と何ら変わりはないのさ。それに対してまったく異なる価値観に立脚しているのが、まさに『不幸の予言』なんだよ。何と言っても幸福の予言とは違って、別に的中するかしないかなんて重要ではないんだしね。もちろんそれには不幸の予言なぞ的中しないほうがいいという意味合いもあるんだけど、それよりも何よりも、物事をなす上でどういった不幸な未来の可能性があり得るのか──つまりは、を、事前にすべて察知し対応策を練って完璧なる排除や回避を実現できることこそが肝要なんだよ。これは特に君が修業中に実際に体験したように、戦国時代や第二次世界大戦のように常に闘いの場に身を置いて死の危険と隣り合わせにある場合や、ポーカー勝負におけるギャンブラーや株式市場における相場師みたいに常に勝負の場に身を置いている場合にこそ有効で、たとえその的中可能性が低かろうとも、不幸の予言を駆使することによってあらゆるリスクを洗い出しそのすべてに適切なる対応策を講じておくことで事無きを得るという、文字通り『転ばぬ先の杖』として大いに役立たせることができるってわけなのさ」

「……つまりそれって、不幸の予言を転ばぬ先の杖として使っていけば、ヤバい状況にあればあるほどすべての災厄を事前に避け得て、結果的に勝利すらつかめるっていうこと?」

「ああ。『石橋を叩いて渡る』と言い換えてもいいけどね。──とにかくこれでわかっただろう? 結局予言なんて言っても使い方次第なのであり、状況によってはむしろ人々に幸福や勝利すらももたらすことができるのであって、けして忌まわしきものなんかじゃないってことを。だから不幸な予言の巫女である君だって、ちゃんと他人を幸せにすることができる、他の誰よりも──それこそ幸福な予言の巫女なんかよりも増して、立派に価値のある存在なんだよ」

「──‼」

 僕の嘘偽りのない心からの台詞を聞き、目を丸くし言葉を詰まらせる不幸な予言の巫女の少女。

「そう。これを君にしっかりと認識してもらうことこそが、今回の様々な修業における、何よりも重要な目標テーマだったんだよ」


「……不幸な予言の巫女である私が、幸福な予言の巫女にだってけして負けやしない、立派に価値のある存在ですって?」


「とはいうものの、あのように数々の修業を通じてリスク回避能力を磨き上げることで、こうして君を真の不幸な予言の巫女として目覚めさせたことは、僕自身の目的にも合致していたわけなんだけどね」

「え? あなた自身の目的って……」

 いかにも唐突なる僕の意味深な言葉に、今度は訝しげな表情となる女子小学生。


「あれ、おかしいとは思わなかったのかい? どうして僕が君が見たいわゆる『非現実的な修業の夢』の内容を、それこそまるで見てきたかのようにしてほとんどそのままズバリ、小説にしたためることができていることを」


「──っ。そ、そういえば。確かに私は自分が夢で見た内容を、あなたに小説の参考にしてもらうために事前に伝えてはいたけれど、状況描写はもとより私の心理描写に至るまで、とても伝聞のみを基に創ったとは思えないほど、夢の内容が忠実に再現されていたじゃないの⁉」

「うん、実を言うとね、僕も君と同じような夢を見たことがあるんだよ」

「はあ⁉」

 僕の言葉がよほど予想外だったのか、完全に呆気にとられる目の前の少女。

「もちろんそれはあくまでも『僕視点』の夢なのであって、君が『不吉な予言の魔女』と呼ばれている女子高生であった夢では僕はその相方となる下級生の男子生徒だったし、第二次世界大戦中のドイツの夢では夜戦型ジェット機の操縦手パイロットの『ヴェルター』だったし、戦国時代の夢では予言の巫女の主君である青年武将だったしといったふうに、夢の内容自体も当然彼らの立ち位置から見たものとなっていて、君の視点に基づいてしたためられた小説とは微妙に異なっているんだけどね」

「いやいやいや。何で赤の他人のあなたが、私と同じ夢なんかを見るのよ? まさかあなたも幸福な予言の巫女の一族の血を引いていて、予知夢みたいなものを視る力があるとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「そういった驚愕の真相があるかどうかは与り知らないけれど、別に僕が見た君以外の不幸な予言の巫女の夢は、小説にしたためた三件だけではないんだ。それこそ僕はこれまで無数の時代の無数の様々な不幸な予言の巫女の夢を見てきたのであり、今回その中から君に聞いた話を参考にして、ズバリそのまんまではないけれどよく似た夢を三つばかりピックアップして、それらを基にして小説を書いたって次第なんだよ」

「無数の不幸な予言の巫女の夢を見てきたって、そもそもあなたが不幸な予言の巫女の存在を知ったのは、お母さんに私たちの一族の話を聞いてからじゃなかったの?」

 そんな至極当然なるの疑問の言葉に対して、僕はここに来てこれまでにない真摯な表情を浮かべながら答えを返す。


「……ずっと待っていたんだよ、不幸な未来を予知できる者が、自分の前に現れることをね。その恋い焦がれるような想いこそが、夢に反映されたんだろうよ」


「私のような存在が現れるのを、ずっと待っていたって…………ああ。そういえばあなたって、稀に見る不幸体質だったっけ」

 そのように納得しかける愛明であったが、ここで異議を唱えたのは、これまで完全に沈黙を守りその存在をほとんど忘れかけられていた、彼女の母親ゆめどりことりゅうすいカオル先生であった。

「何を言っているのよ、愛明。『主人公』であるうえ先生が不幸体質なのは当然のことに過ぎず、ここでは除外して考えるべきでしょうが?」

「へ? この人が『主人公』って、何よそれ?」


「何せ常にミステリィ小説そのままな怪事件に巻き込まれるのがもはや日常となっている、いわゆる『事件誘引体質』を誇っているのですからね。まさしく『主人公』以外の何者でもないじゃない。そして文字通り『名探偵』とも呼び得る者に代表されるミステリィ小説における主要キャラクターたちが、こぞって事件誘引体質であることからわかるように、あらゆる物語においてはその主人公が不幸体質でないと、何よりも話が始まらないというわけなのよ」


「……またお母さんたら、いい歳して中二病そのまんまなメタっぽいことばかり言うんだから。そのうち『お母さんは中二病』なんてタイトルでも付けて、ネット小説化するつもりじゃないでしょうね?──って、ちょっと待って。『事件誘引体質でミステリィ小説まがいの怪事件に巻き込まれてばかりいるネット作家』って、まさか⁉」

「ほう、さすがは生粋の引きこもりゆえに、今や立派なネットジャンキーともなっている我が娘。どうやらネット上での上無先生についての噂話は御存じのようね」

「じゃああれって、本当のことだったの? ネット作家の上無ゆうは実際にミステリィ小説そのままの怪事件に巻き込まれながらも、己自身で探偵役を担って見事に解決し、その一部始終をネット小説化していると──つまりは、彼の作品はすべて、というのは⁉」

 驚愕しきりの女子小学生であったが、それに対して彼女の母親は苦笑を浮かべながら、更に思わぬことを言い出した。


「違う違う、むしろ話は逆なの。それって実はね、先生がのよ」


「は?……………………って、何よそれ⁉ 小説に書いたことが現実化するなんて、そんなことが実際にあり得っこないでしょうが⁉」


 泡を食ってまくし立てる少女の当然なる反駁を受けながらも、依然落ち着き払ったままでまたもやとんでもないことを言い放つ、SF的ミステリィ小説家。


「いいえ、確かに先生が夢で見たことを小説にしたためることによってこそ、それが現実化しているの。──なぜなら上無先生御自身に、小説に書いたものを現実のものにできる力が備わっておられるのですからね」

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