第三章、その一
三、
「──うざっ。二人称、うざっ!」
手元のコバルトブルーのスマートフォンの画面に映し出されている僕の自作の小説『
もはやすっかりお馴染みとなった初夏の昼下がりの陽射しが燦々と降り注いでいる、夢見鳥家の広々とした一階のリビング。
向かい合った横長のソファセットの片方には僕──小学校教師
数ヶ月に及ぶ愛明の『不幸の予言』の力を磨き上げるための様々な修業も、最後にて行われた将棋のリベンジマッチにおいて、見事彼女の実の姉にして幸福な予言の巫女の一族における当代の『巫女姫』である
「内容のほうはおおむね実際の修業通りだったけど、何でわざわざ二人称だなんて変わった書き方をするのよ? 普通は視点キャラである私の一人称にするか、そうでなかったらいわゆる
「確かにより読者の皆様に感情移入させやすくするためには、
「……あー、確かに。何かこれって、地の文によって
「そうそう。それこそが二人称ならではの最大のメリットの一つなのであって、それもこれも二人称であれば主人公──すなわち作品の視点キャラの心理描写を、地の文によっていかにももっともらしく決めつけることができるゆえんなんだよ」
「そんなに便利なんだったら、もっとみんな二人称を使えばいいのに、日本の出版界ではあまり二人称の作品が見受けられないのはなぜなの?」
「そもそも二人称をちゃんと自分のものとして使いこなせるプロの作家自体がいないんだよ。たまに見かけたと思ったら、外国の著名な作品のパクリそのまんまだったりするしね。──というか、もしかしたら話は逆だったりするのかも知れないな。ほとんどのプロの作家においてはある意味二人称作品というものを、『翻訳小説の一ジャンル』であるかのように捉えていて、さっき僕が述べたような二人称ならではの本質や特徴やメリットをきちんと理解している者なぞ、誰一人いなかったりしてね」
「そういえばそうよね。これまで我が国で発表された二人称小説って、確かにどれもこれもいかにも翻訳調のものばかりだったわ。そうか、あの二人称独特の違和感て、翻訳調だったからなのか」
そうして二人称論議に一区切りがつくや、今度はいよいよ作品の具体的な内容へと話を移していく
「……ふうむ。さっきはほとんど実際の修業通りだと言ったけど、この『将棋』パートだけはちょっとあり得ないわよね。何よ、
スマホに表示させている小説の該当部分を見ながら、さもあきれ果てたかのようにひとりごちる愛明。
……御もっともな、御意見だことで。
そもそも半年間も自分の家に引きこもっていた小学生の女の子が、たとえ『部室登校』とはいえ、いきなり学校に来たりすることができるわけがないのだ。
一応主に不登校児童の受け皿にすることを名目にして、校内に僕が顧問となって将棋クラブを新設はしたものの、実際の『部活動』についてはまさにこの夢見鳥家の愛明の部屋の中で行っていたのであり、まず将棋に関してはまったくの素人だった彼女に基本的な駒の動かし方や基礎的な戦法のパターンである『定跡』を覚え込ませておいて、本格的な対局についても当然東京ドームの地下カジノなんかに行ったりはせず、引き続き彼女の部屋の中でインターネットを使って、いわゆる『ネット将棋』によって行わせていたのである。
もちろんそこで行われていたのは非合法な賭け将棋なぞではないし、億単位の金が動いたりはしなかったものの、タイトルホルダーを含む匿名で参加していたプロ棋士たちや、作中同様に『目隠し巫女』をハンドルネームとしていた彼女の腹違いの姉である夢見鳥乃明との対戦等々の、大筋の事態の流れについては基本的にほぼ小説の内容通りであった。
ちなみにポーカー勝負や株式のトレーディングやオフロードレースや山間部踏破レースやヨットレースや企業コンサルタントやアメリカ国防省での軍事戦略に対する助言等の、あまりにもバラエティに飛び過ぎていかにも荒唐無稽ではあるものの、無理を承知でやろうと思えばけして実現不可能ではない各種修業に関しては、ほぼ小説に描かれていたことが実際に行われており、それに対していきなり予知能力者の女子高生や第二次世界大戦中のジェット戦闘機乗りや戦国時代の軍師なんかになったりするという完全に非現実的な修業に関しては、愛明自身が以前実際に見た夢に基づいて作成されているといった次第であった。
「いやそれにしても、その東京ドームの裏カジノで行われた最後の将棋の勝負の際の、お姉ちゃん──もとい、『目隠し巫女』こと夢見鳥乃明についてなんだけどさ。確かに実際のネット将棋においても彼女がいきなり体調不良を理由にギブアップすることで勝負がついたけど、この小説における苦しみようは何なのよ? 私だって彼女同様に予言の巫女としての予知能力を使っていたけれど、別にそれほど心身共に疲労を感じることはなかったわよ?」
ずっと見つめ続けていたスマホから久方ぶりに顔を上げるや、さも納得がいかないといった面持ちで問いかけてくる女子小学生。
そんな教え子に対して僕はいかにも我が意を得たりといった表情で、嬉々として語り始める。
「おお、いい質問だ。まさしくそれこそが不幸な予言の巫女の幸福な予言の巫女に対する、何よりの
「
「何言っているんだ、すでにいっぱい知っているはずだろうが? 何せそれを君自身に気づかせることこそが、今回の様々な修業における主な目的だったのだからな」
「え? それって……」
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