第二章、その四 【閑話】モテモテめあちゃん♡
それからも君は、担任教師である
ある時は相場師を相棒にして、株式市場を舞台に仕手戦を繰り広げて、巨額の利益を手中に収めた。
もちろん株の銘柄選びに始まり、売り買いのタイミングに至るまで、不幸の予言は大いに役に立ってくれた。
何せ銘柄選びの際においては、不幸になるビジョンが脳裏にまったく浮かぶことのない株を買えばいいのだし、それに対してすでに手持ちの株については、不幸になるビジョンが浮かぶようになったものがあればさっさと売り出せばいいのだし、まったく不幸になるビジョンが浮かばないのであれば、どんどんと買い足していけばいいのだから。
またある時の君は、初老のカーレーサーの男性を相棒にして、いわゆるオフロードレースに出場したこともあった。
文字通り山あり谷ありといった天然の要害だけでなく、数々の人為的トラップまでも仕掛けられている、某県の山奥に密かに設えられた特設のレース場を完走するのは、本来なら相当の困難を要するところであったろうが、不幸な予言の巫女である君にとっては、むしろうってつけの舞台に過ぎず、見事トップでのゴールインを果たした。
その他にも君は、山岳地での徒歩によるサバイバルレースや太平洋横断ヨットレース等、特に天候に左右される『修業』に挑んでは、不幸な予言の巫女ならではの天候予知──特に
ちなみに相場師に始まり米国政府高官に至るまでの全員が、実は何と君の母親である
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──ま、第一段階としては、この辺で十分だろう」
修業が一段落し、久方ぶりに小学校の将棋クラブに顔を出してみれば、担任教師の
「……何よ、第一段階、って?」
「君に不幸な予言を使わせることによってこそ、人の役に立たせて、不幸な予言にも──ひいては君自身にも、ちゃんと価値があるということを知ってもらうことだよ。実はこれこそが、今回の修業全体における最大の目的だったんだ」
「──っ」
担任の言葉に、君は目を丸くする。
何せそのことは数々の修業を経ることで、今や君自身重々承知していたからだ。
むしろ予想外に役に立ち過ぎたため、短い間とはいえ相棒を務めてくれた男たちの誰もが、本気で別れを惜しんでくれたほどであったのだ。
アメリカ国防省においては国防長官どころか、大統領御本人にまで残留を懇願されるといった有り様で、君の母親の信奉者である政府高官の取りなしが無かったら、拉致監禁されかねないところであった。
それというのも、その米国政府の高官氏を含めて、今回の修業で君の相棒を務めてくれた男たちは皆、君の母親
「……じゃあ、もう目標は達成したってことで、修業は終わりなの?」
君は恐る恐る担任に確認するが、彼はさも申し訳なさそうに、首を左右に振った。
「いや、もう一つの目的である、『完璧なるリスク対策をなし得るまでに、不幸の予言の力を磨き上げる』ことのほうが、いまだ不完全なんだ。何せ比喩でも何でもなく、実際に生死がかかっている『最終目標』を乗り越えるには、今まで以上に困難な修業を行う必要があるんだよ。つまりそれこそがこれから挑んでもらう、『第二段階』ってわけなのさ」
最終目標と聞いて君は、当然のように先日惨敗を喫した、幸福な予言の巫女である腹違いの姉
確かに将棋や碁の真剣勝負においては、まさに命がけで挑む必要があるであろう。
しかし担任のほうは、どうやらそういうことを言っているわけではなさそうであった。
「生死がかかっている最終目標って、いったい何のことよ? まさか今度は本物のギャングを相棒にして、マフィアと抗争でもやらせるつもりじゃないでしょうね?」
「いやいや、確かにこれまでも似たようなことをやらせてきたけれど、いくら何でも預かり物の娘さんを、現実に命の危険にさらしたり犯罪行為に手を染めさせたりするわけにはいかないだろう」
「だったら、どうする気よ?」
「つまり、
「はあ?」
いきなり意味不明なことを言い放つや、君に向かってにんまりとほくそ笑む担任の青年。
──その瞬間、世界のすべてが暗転した。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
気がつけば君は、見覚えのないブレザーの制服を着た
どうやら今は春たけなわの新入生の入学シーズンらしいが、君自身の学年は二年次以上のようであった。
それというのも、こうして校舎内のあちこちを寄る辺無く歩き回るほどに、周囲の生徒たちが君のことを噂しているのが、否応無しに耳に入ってきたからだ。
「──あっ、あの先輩が、噂の『不吉な予言の魔女』よ!」
「しっ、声が大きい」
「彼女の予言て、必ず当たるんですって」
「そのせいで、サッカー部のエースストライカーの
「可哀想に。入部してからずっと、一生懸命練習してきたというのに」
「それに去年の修学旅行での集団食中毒事件も、前もって予言していたんだってさ」
「大勢の生徒が病院に担ぎ込まれてしまい、引率の先生の責任問題に発展したんだよな」
「せっかくの『魔女』様のお告げを無視した祟りじゃないかって、噂もあったりして」
「くわばらくわばら」
聞くに耐えない誹謗中傷ばかりであったが、お陰で君はこうして
そして君はこの後すぐに、運命的な出会いをすることになる。
その新入生の少年は、君の不幸な未来の予知能力を知るや、他の生徒たちのように忌み嫌って遠ざけようとしたりはせずに、むしろまるで愛の告白をするかのようにして、突然迫って来たのだ。
「──先輩! あなたこそ散々探し求めてきた、僕の救世主です!」
本来なら、いきなり見ず知らずの下級生からそんなことを言われたら、ただただ困惑するだけであろうが、文字通り
何せ、人の不幸な未来の姿が
ただしどこぞの小学校教師のように、少年自身が不幸体質とかであるわけではなかった。
実は彼は大富豪にして秘伝の暗殺武術を司る一族の後継者の有力候補の一人で、他の後継者陣営から常に狙われていて、事故を装って殺されかけたり、直接暗殺者に襲われたりといったことを、日常的に繰り返していたのだ。
そんな彼なればこそ、もし仮に人の不幸を予知することができる君を味方にできれば、この上もないアドバンテージとなることであろう。
「お願いです、先輩! 僕と一緒に後継者争いを闘ってください!」
「ちょっと、人を勝手に自分ちの私闘に巻き込んだあげくに、事もあろうに『警報器』代わりに使うつもりなの⁉」
最初は不満たらたらの君であったが、これまでずっと他人から忌み嫌われていた身としては、このような形とはいえ人から頼りにされることに予想外の悦びを見いだし、次第に自ら率先して少年に協力するようになる。
しかもお互いに暗殺武術を駆使しての常に生死がかかった闘いの場などという、これほど人の不幸を予知する力を役立てるにふさわしい場所なぞはなく、君は存分に力を振るうことによって、少年とともに次々と強敵たちを屠っていった。
そしてついに『最終決戦』の場において、何と少年の明確なる死の未来を予知してしまった君は、あえて自ら盾となることで彼の窮地を救うものの、その結果致命傷を負ってしまう。
君の献身のお陰もあってどうにか最後の敵を倒すことのできた少年は、決着がついた後ですぐさま、瀕死の状態で倒れ伏している君の許へと駆け寄ってくる。
「──先輩、どうして僕なんかを庇って⁉ 嫌だ、先輩、死なないでください!」
「……よかった、あなたが助かって」
少年の無事を確認するや、君はもはや心置きなく、静かに目を閉じ息を引き取る。
「先輩──────‼」
その場に悲痛に響き渡る、少年の絶叫。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「駄目だ駄目だ、確かに物語的には盛り上がったけど、肝心の君自身が死んでしまっては、何の意味もないじゃないか。──ということで、やり直し!」
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