第二章、その二 JSきしのおしごと!(ちゅうばんせん)

「──っ。あ、あれは⁉」


 君は、彼女の姿を一目見るなり、息を詰まらせた。




 いやむしろ、、黒ずくめの従者のほうをか。




 そんな謎の人物を従えているのは、意外にもいまだ幼い少女であり、年の頃は君と同じく、小学五、六年生といったところであろうか。

 額の上で横一文字に切りそろえられたつややかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、なまめかしい白磁の肌は、歳の割には大人びた雰囲気をかもし出しているが、より目を惹くのは、その小柄で華奢な肢体を包み込んでいる衣服のほうであった。

 それは何と純白のひとに緋色の袴といった、いわゆる巫女装束であり、極め付けにその日本人形のごとき端整な小顔は、漆黒の目隠しで覆われていたのだ。

 おまけに彼女に影のように寄り添っている従者ときたら、おそらくは成年男性のものと思われる、がっちりとした体躯にまとっているのが漆黒の作務衣で、短い黒髪を除く顔面全体を覆っているのが猩猩しょうじょうの能面という、何とも怪しさ満点の出で立ちなのであった。


「──『かく巫女みこ』だ」

「ついに、彼女の御登場か」

「これは、かつてない大勝負になるぞ!」


 彼女の姿を目にするや騒ぎだす、周囲の勝負師プレイヤーたち。

 実は彼女は、プロのタイトルホルダーすら参加している我が国きっての賭け将棋のメッカである、この『オフ会』においても、トップクラスの勝負師プレイヤーとして君臨しており、住居が東京からかなり離れていることもあり参加頻度こそ少ないものの、一度の対局で億単位の賭け金が動くことさえ珍しくはないとも言われていた。

 そのように、今やこの場の注目を一身に集めている少女が、脇目を振ることなく車椅子に乗ったまま、君の許へ一直線にやって来る。


「──初めまして、でよろしいでしょうか? 『不敗の女王』さん」

「……へえ、あなたが噂の『目隠し巫女』さんなの? 何よ、名前通りに変な格好をしちゃってさ」

「うふふふふ、すみませんねえ、何せこれは我が一族における、当代の巫女姫の正装でして。──もしかしたら、実はあなたのほうこそが、この格好をなされていたかも知れませんのにね」

「──くっ」


 君は初対面であるはずの彼女と、何だか意味深な会話を交わしつつも、ちらちらと黒衣の従者のほうへと視線を走らせる。

 けれども彼のほうは口を開くどころか、君に対して何の反応も示すことはなかった。


「……それで、勝負をするの? しないの?」

「もちろん、最近何かと御評判の、『不敗の女王』さんとの対局を目的にお伺いしたのですから、是非とも胸をお借りしたいと存じますわ」


 そう言うや彼女はおもむろに、目隠しをはらりと取り払う。

 そこに現れた黒水晶のごとく煌めく瞳を見て、周囲の者たちが更に大きくどよめきだした。


「な、何だ、あの二人って」

「目元がそっくりではないか⁉」

「親戚か何かなのか?」


 それは担任の青年においても同様で、慌てて駆け寄ってきて耳元にささやきかける。

「おい、あの子ってまさか、君の知り合いなのか?」

「──お願い、この勝負だけは何も言わず、私のやりたいようにやらせてちょうだい」

「それは別に、構わないけどよ……」

 そうして担任の了承を得るや、君はすでに車椅子を降り将棋盤の前に正座している、巫女少女のほうへと、悠然と歩み寄っていく。




 しかし、いよいよ実際に対局が始まってみれば、誰もが熱い名勝負を期待している中で、君は予想外にも大いに生彩を欠く有り様となった。




 一見いつものように受けに徹しているようでありながら、その一方で序盤からすでにどこかしら浮ついているようにも見えた。

 君の完璧なる受け将棋は、何よりもとことんまで無欲であるからこそ、むしろ結果的に勝利を得ることができるというのに、今回に関しては、いかにも「絶対に負けられない」といった渇望のようなものが透けて見えて、受け将棋においてけしてあってはならない、『勝ち急ぎ』の焦燥感すらも見受けられるほどであった。

 それは中盤戦以降更に顕著となり、特に相手の『目隠し巫女』のほうがまったくのノーミスを貫いていることも相まって、君は見るからに苛立ちを募らせていく。

 何せ不幸の予言の力を駆使しての受け将棋は、相手がミスをしてくれなければ、いつまでたっても勝機をつかめないのだ。


 そしてついに君は焦るあまり、いまだ勝負の行方が流動的な段階だというのに、自ら『攻め』へと戦法を転換してしまう。


 こうなると、もはや不幸の予言の力を頼りにすることはできなかった。

 基本的にほとんど勝敗が確定した段階ではない限りは、攻め手側には必ず敗北する可能性がつきまとうのであり、いくらいつものように不幸の予言を使っても、まったく敗北に至ることのない手を見いだすことはできなくなってしまうのだ。

 つまりはここに至っては、普通に将棋のテクニックのみで戦っていくしかなくなるのであるが、それではいまだ初心者に過ぎない君が、名うての勝負師プレイヤーである『目隠し巫女』に敵うわけがなかった。

 案の定君が攻めに転じるや、すぐさま『目隠し巫女』に王手への『詰め路』──いわゆる必勝パターンを指されてしまい、君は為す術もなく投了に追い込まれてしまう。


 しかしそれと同時にまさに力尽きたようにして倒れ込んだのは、何と勝者であるはずの『目隠し巫女』のほうであった。


 そんな彼女をすかさず抱き上げ車椅子へと乗せて、感想戦はもとより、君に一言も声をかけることすら無く、会場を後にしていく、黒ずくめの従者。

 君はなぜだかどこか切なげな表情を浮かべながら、彼女──というよりは、『彼』の後ろ姿を見つめ続ける。

 それから少し間を置いて、君が十分落ち着いたのを見て取って、ゆっくりと歩み寄ってくる担任の青年。


「おい、いったい何だったんだ、今の勝負は? なぜいつものように、受けに徹しなかったんだ?」

「……ごめんなさい、私どうしても、あの子に負けたくはなかったの」

「そうか、やはり彼女は、君の身内──つまりは、予知能力者である幸福な予言の巫女だったのか。道理でいつもの君同様に、最後までノーミスを堅持できていたわけだ」


「ふふふ、結局出来損ないの不幸な予言の巫女である私が、幸福な予言の巫女であり、しかも当代の巫女姫である彼女──私のである、ゆめどりに敵うわけがなかったのよ」


「は、腹違いの姉って」

 その時担任の青年は、君の家が母子家庭であったことを思い出すが、あまりに君が悲痛な表情をしているので、それ以上踏み込んで事情を問うことができなくなり、その代わりのようにして、思わぬことを尋ねてくる。


「彼女があんなふうに対局後に倒れ込んでしまったのは、予知能力を酷使し過ぎたせいなのか? それにしては君のほうは、それほど疲れているようには見えないんだけど」

「……ええ、お母さんの話では、彼女は幼い頃から大層身体が弱かったらしく、ああして車椅子に乗っているのも、対局の時以外は目隠しをしているのも、別に足や目が悪いわけではなく、予知能力を使う時に備えて、できるだけ体力を温存しておくためなの」

「ふうん、やはりそういうことか」

「そういうことって?」

「もちろん、君にも十分勝機があるってことさ」

「え、私なんかが真の予言の巫女姫である彼女に、勝つことができるって言うの?」


「ああ、今日だって君がいたずらに勝ち急いだりせずに、いつものように受けに徹して我慢比べを続けていれば、勝てた可能性は非常に高かっただろうよ。ただし勝利をより確実なものにするには、君の不幸の予言の力を更に様々な修業を積み重ねることによって、これまで以上に磨き上げる必要があるけどね」


「不幸の予言の力を、磨き上げるですって?」




「そうだ。不幸な予言の巫女である君にとっての最大の武器である、『リスク回避』能力を完璧なものにするためにもね」

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