或る居酒屋で飲む三人組の何でも無い日常の一幕

@kanamamiyayoi

第1話定番は何故定番足りえるか?・・・んな小難しいことはどうでもいい


日本のどこにでもある街の繁華街、その片隅にその店はあった。

店の外観は特出して語ることがない……しいて言うなら、21世紀ももう20年が経とうとしている中、昭和の雰囲気を醸し出す少しレトロな提灯と暖簾が店の軒先にぶら下がっているという位のものだ。


どこにでもある街の、どこにでもある繁華街の、どこにでもある居酒屋、『居酒屋 谷流』。そんな店の一角に彼女らはいた。


居酒屋特有の騒々しい喧噪の中、「かんぱ~い!!!」という掛け声とともにキンキンに冷えた黄金色のビールを湛えた中ジョッキがガシャンという子気味いい音を立てる。


「……ぷはぁ!やっぱり暑い日にはビールよねぇ。」


妙齢の淑女らしからぬ、豪快な飲みっぷりでジョッキのほとんどを空にしたあと、まるで中年男性のような発言をするのはきちっとしたスーツに身を包んだ女性。しかし二つ結びのおさげにした少し明るい栗色のセミロングをぴょんぴょんと揺らす仕草が、見た目よりも精神的な幼さを感じさせる。


「いやぁ、まさにこの一杯のために今日一日頑張ったといっても過言ではないわね!」


 その言葉に同意するのはこのような店にいるのが似つかわしくない、まるで中学生のような容姿の女だ。先に発言したスーツ姿の女とは違い、黄色いTシャツに七分丈のジーンズといったラフな格好がなお一層に少女っぽさを演出していた。


「わたしビールってあんまり好きじゃないんだけど、この一杯だけはなぜか美味しいんだよねぇ。」


 そんな言葉を発したのは二人の対面に座るショートボブ。まるでほっぺたが落ちるとでも言うように、両手で頬を包んでいるそれは同性には蛇蝎のごとく嫌われる、いわゆる“ぶりっ子”と言われるポーズである。しかし、絶妙に古臭く年季が入ったその仕草が板についてしまっているせいか、はたまた十数年の長きにわたりそんな仕草を見慣れてしまったせいなのか、定かでないが同席している二人は別段気にしている様子もなかった。


 さて、ここで一度この三人を紹介しておくとしよう。


 スーツ姿の女性が『マミ』。その服装から見てわかる通り、その道ではそこそこ有名な中堅企業でOLとして働いている。OLといっても事務職でなく総合職の営業として男性社員同様、日々社会の荒波にもまれている。そんな彼女のおかれている状況を鑑みれば先ほどの中年サラリーマンのような発言も致し方ないことなのかもしれない。

 続いて、中学生のような外見の女性は『加奈』。彼女は楽器店の販売員として働いている。音楽大学に通っていた経験から時々自分でも楽器を弾くこともあるらしいが、本人曰く「趣味の範囲」とのことだ。

 最後にショートボブのぶりっ子ポーズをしているのが『弥生』である。ポーズだけでなく服装も淡い色のカーディガンにふわりとしたロングスカートとマミや加奈に比べていかにもガーリーで女の子らしいものを選んでいる。そんな彼女だが現在はフリーのイラストレーターとして生計を立てている。美術大学で学生をしているころ何となしに送った、とある企業のゆるキャラコンテストで最終選考の3作品にまで残ったことがきっかけで、それから数年経過した現在でもイラストレーター一本で食べていける程度には売れているらしい。

 そんな職業も経歴も違う三人が何故こうして飲み屋でだべっているのかというと、何のことは無い。三人が保育園から中学まで同じ校舎に通っていた幼馴染であるという理由からであった。いわゆる腐れ縁という奴だ。

「さぁて、それでビールの次は……マスター、日本酒ちょうだい。冷でね!」と弥生がカウンターの端の席に腰かけている男に声をかける。

『マスター』と呼ばれた男がカウンターの椅子から立ち上がると弥生の視線は見上げるように移動した。


「いやぁ、相変わらずデカいわねぇ。マスター。」

「……ふん、そういうお前は相変わらず小せえまんまだな。加奈。」


“大きい”のではない。“デカい”のだ。


普通の成人男性よりも優に頭一つは高い背丈に、筋肉質でがっしりとした体躯。さらに少し薄くなった頭をスキンヘッドにそり上げた日本人離れしたその姿は、確かに“大きい”というよりも“デカい”という表現の方がしっくりとくる。

そんなマスターと呼ばれる男に対し、中学生のような外見の加奈が軽口をたたいているその光景は慣れない者から見ると一種異様な光景だった。




「おっと、日本酒だったか。銘柄は?何にする?」

加奈とのやり取りの後、日本酒を注文した弥生に対しマスターが問いかけたその時だった。

「ちょっと待ちなさい弥生!」

慌ててそれを制止する声が響く。


「あんた日本酒にいくのならせめて焼酎をボトル一本明けてからにしなさいよ。弥生に好き勝手飲ませたら財布にいくら入ってても足りないんだから。」


そう言って加奈は日本酒の注文をキャンセルするとともに、すでについ先日の飲み会での出来事を記憶のかなたに追いやってしまっている弥生をにらみつける。


「えぇ~!?加奈ちゃんひどくない?チャンポンなんかしたら、わたし明日大変なことになっちゃうよ!」

「うん、それだけはないから大丈夫。もうあなた“ザル”通り越して“ワク”ですもんね?」


加奈に抗議する弥生に対し、マミも笑顔で辛らつな言葉を言い放った。


「そんなことないもん!わたしだってちゃんと二日酔いとかになるもん!」

「はいはい、それじゃあ焼酎ボトルで入れるわね。それで割り物は?ウーロン茶でいいかしら?」


さらに抗議の言葉を吐き出す弥生を無視するかのように加奈は言葉をさえぎって注文を決めていく。


「わたし、緑茶。」

「いやいや、ここは紅茶でしょ。」

「それじゃあ、それぞれピッチャーで頼むわよ?」


普通なら何か1種類にまとめる、焼酎を割るためのドリンクを迷わず3種類頼む三人組に、マスターの「お前ら協調性って言葉知ってるか?」という言葉は残念ながら届いていなかった。


「それじゃあマスター、焼酎ボトルに緑茶と紅茶とウーロン茶をピッチャーでよろしく。それとアイス(氷)はタップリでお願いね、大将。」

「……あいよ。」


加奈が改めてカウンターの奥まで聞こえる声で注文をすると、そこにある厨房からぽつりと一言、マスターとは違った男の声が聞こえた。その声の主こそこの居酒屋の料理人、通称『大将』である。

小柄で肉付きのいいぽっちゃりとした身体。口数が少なく表情も乏しい雰囲気は、ぶっきらぼうながらも愛想のいいマスターのそれとはまるで正反対だといえる。だが、そんなそっけない返事とは裏腹にその手元はてきぱきと手際よく作業子こなしている。黙々と注文されたものを準備する姿はまさに「職人」といった佇まいだ。


 厨房に入ったオーダーを粛々とこなしていく大将に対し、その注文に不満げな声を発したのはマスターだった。


 「お前らさぁ……いつもいつも場所を占領するのはいいんだが、少しは店の売り上げに貢献しようとする姿勢とかはないもんかねぇ?」


 マスターは辛らつな言葉とともに、焼酎のボトルと割物の入ったピッチャーをテーブルに置いた。そして、冗談半分本気半分で冷ややかな視線を三人組に送り付ける。

 そう、何を隠そうこの三人組最初に席に着いたときに出されるお通し以外はほとんどつまみを追加しないという事も少なく無くないのである。確かに、一般的に飲食店ではドリンクメニューの方がフードメニューよりも利益率が高いと言われている。しかし、いかに利益率の高いドリンクを注文しようとフードメニューを注文せずに客単価が伸びないような状況は店の財布を任されているマスターとしては好ましい状況ではないことは確かなのだろう。


 「う~ん、そうね。マスターがそう言うのなら仕方ない……」と加奈が言うと、

 「まぁ、いつもお世話になってるんだからたまには協力してあげますか」とマミが合わせ

 「そしたら今日のおつまみは……」と弥生が続く。


対する三人組は苦言を呈するマスターの言葉などどこ吹く風。逆にそんな文句をを好き勝手言いながら、それぞれパラパラとメニュー表を眺める。そんな状況が続くこと数分。


「それじゃあ、私は玉子焼き!」

「鳥なんこつのから揚げ!」

「あと、たこわさお願いします!」


 三者三様、自分の好きなつまみを選ぶ三人だった。ここでも選んだメニューに統一感はなく気ままな三人組の性質がよく表れている。


 「あと……」


 さらに注文をしようとする弥生の声をさえぎり、マスターが言った。


「それと、焼き鳥の盛り合わせ10本・塩でいいんだな?」


まるで弥生の考えていたことをエスパーよろしく、読み取ったようなマスターの言動であるが、なんという事はない。この残念女子三人組がフードメニューを注文するときは毎回同じ注文しかしないという経験からの言葉だったのである。


「おぉ~、さすが。マスター私たちのことわかってるねぇ~。」


間の抜けた声で称賛するマミをしり目に


「さすがも何も、毎回同じ注文しかしないからな。お前ら。」


と、マスターがため息交じりに頬をかく。

そんなやり取りの中、不意にカウンターの中から声がかかる。


「たこわさと玉子焼き、お待ち。」


コトリと音を立てカウンターに置かれた一つの皿と一つの器。確かにその皿の上にはホカホカと湯気が立った鮮やかな黄色のだし巻き卵が置かれており、器の中にはたこわさが盛られている。


「えっ?早っ!?ちょっと待って、まだマスター注文通してなかったよね!?」


驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる弥生だったが、そんなものまるで意に介さないように大将の調理は進んでいく。厨房をよく見ればすでにフライヤーの中の鳥なんこつはパチパチと乾いた音を立てており揚げ上りが近いことを示している。また、焼き台の上にある10本の焼き鳥はジュウジュウと音を立て、時折炭の上に落ちる脂は芳ばしい匂いとなって漂ってきていた。


「まぁ、注文がひと段落してたからできたことだけどな。どうせいつもとまた同じ注文だと思ってメニューを見始めた時からすでに調理は始まっていたのだよ。」


「おぉ!さすが大将!!」

「仕事が速い!!」

「やっぱり、大将あってのこのお店だよねぇ!」


得意げな顔をするマスターだったが、そんな彼を無視し称賛の声はすべて大将に向けられる。


「お前ら、今日の飲み代3倍にしてやる……」


マスターの理不尽な提案と、褒めちぎられたことで少し顔を赤くしていることに気づいた三人組の騒ぎ声を街に染み込ませながら今日も居酒屋“谷流”の夜は更ける。

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