第四章
道の少し先にある村でお昼にすることにして、二人は黙々と馬を走らせた。
丘を越えると、程なく小さな村が見えてくる。戸数が五十もあるだろうか。
「やっとお昼だ~」
ディオは馬足を早くした。
「くれぐれも騒ぎを起こさないで下さいね。この辺りの人々は、多少気が荒いのですから・・・」
シフォーの声などどこ吹く風で、ディオは、村の中央広場沿いにある、食堂の看板を掲げた店の前に馬を止めた。中からは、パンの焼けたいい匂いがしてくる。
そして、店の前の椅子には門番のようにいかつい男がどっかりと腰掛けていた。
「おじさん、お願い!」
馬から身軽に飛び降りると、ディオは気後れもせずに手綱を差し出した。
「おう、貸しな」
店の主人はディオから手綱を受け取ると、馬を店の前に素早く繋いでくれた。
「坊主、どっから来たんだ?」
「えっと、街中からだよ」
ディオは追いかけて来たシフォーに手を振る。
「あれ・・・この馬の鞍、シフォーと同じだ」
彼は自分の馬の隣に繋がれた馬の鞍を指差す。鞍には王家の紋章が金色に刻み込まれていた。
「これは、国軍の兵士の証ですよ」
シフォーも丁重に手綱を主人に手渡した。
「あんたもそうなのか?・・・さっきの貴族のボンボンとはだいぶ違うようだが」
「ええ・・・。兵士にも色々ありますから」
あやふやに答えながら、シフォーは動揺を隠せなかった。
新兵隊の誰かが、先にこの食堂に来ているらしい。一抹の不安を打ち消しながら、彼は一歩足を踏み入れた。
焼きたてのパンと暖かいシチューの香りに、街中とは違う多少荒々しい話し声。微かに甘ったるい酒の匂いも感じられる。
田舎には良くある、和やかな雰囲気の店だった。
その、二十人も入れば満席になる店の、一番大きなテーブルを一人で占領していた男が、シフォーを見るなり声をかけてきた。
「これは、シフォー殿、久しぶりだな」
大きな声に、部屋中の人の視線がシフォーとその連れに集中する。
「シフォー・ドゥ・エリスト殿。後ろに居られるのは弟君かな?・・・父親の違う」
その男は、唇の端で皮肉を含めた笑いを浮かべた。
色黒の大男で、服の着方も態度もだらしなく、近くに座っているご婦人方から失笑をかっているのに気付いてもいない。
「・・・失礼だろう。ネヴィル卿」
シフォーは毅然とした態度で彼をたしなめながら、一方でこの遠出を後悔していた。
隊の中でも、一番自分を目の敵にしている彼と同席することになろうとは。
ネヴィル卿は、貴族といっても豪商だった成り上がり者の父親が、没落した貴族から位を買っただけの名前ばかりの貴族であり、古くから王家と縁があった家柄のシフォーを強く妬んでは、色んなところで彼の立場を悪くするようなことばかり仕掛けてくる。
自分のことだけなら何を言われても耐えられるが、弟の事に関してはいくら彼でも黙って引き下がるわけにはいかなかった。
二人は一歩も譲らず睨み合う。
「ごめんなさいね、合席でいいかしら?」
その時、二人の視線を遮るように出てきた女主人が、申し訳なさそうにシフォーに謝ると、シフォーは軽く頷き女主人の後について歩き出した。
彼らを見かねて助け船を出してくれたのだ。
何時までもこんなところで無駄足を踏む訳にもいかなかったので、幾分ほっとしたのも束の間。
「言っとくけどな」
背後で声がして、シフォーはぎょっとして振り向く。
テーブルに手をついたディオが、ネヴィルの顔を睨みつけていた。
シフォーですら見たこともない鋭い眼差しに、さすがの大男もたじたじである。
「俺とシフォーは父親違いの兄弟じゃないぞ」
「ディ・・・」
「俺達は赤の他人だ!」
部屋中が静まり返った。
一番驚いていたのは、当のシフォーだった。
ディオが出生の秘密を知っていたのだ。あれだけ注意深く隠していたつもりだったのに。
「でも、大事なシフォーを困らせる奴は、俺が許さないから覚えとけ!」
ディオは背中から剣を抜くと、ネヴィルの顔の前に突きつけた。
剣は刀身に細かい細工が施された年代物のようだったが、その刃が光もないのにぎらりと輝くと、ネヴィルは青い顔をしてこくりと頷いた。
それを見届けると、ディオは剣を収めて何食わぬ顔をしてシフォーの隣に座った。
「ありがと、坊や。あのボンボンがうちの女の子に手を出して困ってたんだよ。これはお礼ね」
女主人はディオに山盛りのパンを持って来てくれた。
「ありがとう、おばさん」
ディオは早速一つかじるとその美味しさに目を丸くして夢中でほお張っている。
「ディオ」
「なに?」
シフォーは、躊躇いながら口を開く。
「その・・・いつから気付いていたんです?」
「だって、俺達全然似てないし。・・・昔、召使から聞いたんだ。俺は母様の友人の子供で、この剣は俺の父親のなんだって・・・ほんと?」
「・・・そうですよ・・・」
嬉しそうに頷いて、再びパンをほお張るディオを前にして、シフォーは彼が思った以上にしっかり成長していることを思い知らされた。
守ってやらなければと、傷ついたりしないようにと、手を貸してしまっていたのは自分。
そして、彼の存在に支えられてきたのもまた、自分の方だったのである。
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