第六話
月が頂点にさしかかってきた頃、俺達はまだ森の中を歩いていた。
二時間程で次の街に着くと言っていたはずだ。
だが、俺の感覚的にはもうすでに二時間程歩いている。
なのになぜ着いていないのか。答えは簡単。
疲れ過ぎて時間感覚がおかしくなり、まだ一時間も経っていないのを二時間だと思ったからだ。
ダメだ、もう疲れた。限界だ。
「リゼよ、そろそろ休憩しないか。そっちも歩いて疲れただろ?」
「いえ、お気遣いなく。私は旅にも慣れているのでまだ歩けますわよ」
「いや、遠慮しないでいいからさ。疲れたならそう言ってくれよ。俺には助けられ恩がある。こんな些細な事でもいいんだ、ちょっとずつ返さしてくれ」
「まあ、そんな事を考えててくれたのですか。ありがとうございます。でも、まだ私はいけるので別の機会で返してくれればいいですので。とりあえず今は先を急ぎましょう」
俺は前を歩いていたリゼの正面へ移動し、肩を掴んで真剣な顔をしながら、
「すいません、もう疲れました。休ませてください」
「最初からそう言えばよかったじゃないですか。なんで、私のことを気遣ってる風に装ったのですか?」
それは、あれだ。俺の中にある微量の男としてのプライドがそうさせたんだ。
まあ、ホントの男なら我慢して歩き続けるのだろうが。
だが、残念ながらそこまでのプライドを持ち合わせていない。
隙あれば、サボる、休む、辞める、の柳田です。
始めたバイトがめんどうだったから、一週間で辞めた柳田です。
そんなわけで休ませてください。
「あのですね、夜の森は危険なのですよ。ここの森ではないですが、魔獣なんかが襲ってくる場所もあるのですよ」
「この森にはいない。ならオッケーだ、休もう」
俺は一本の大きな木の根元に腰をかけ、カバンをおろした。
この森の多くは似たような木が立ち並んでいる。
この木は杉のように高くまっすぐ、生えているが、おそらく杉ではないのだろう。
道は広く馬車二台までなら簡単に通れる程だ。
もちろんだがコンクリートなどで舗装されていることはなく、土がむき出しであるだけだ。
多くの馬車が通っているのか、車輪の跡がたくさん残っている。
「柳田さん。あなた、体力が少な過ぎではないですか。それと男気も」
「俺の国では同じような道を長時間歩ける人は少ないよ。それと、男気は無くても生けていけるから問題ない」
ただ、男気がなければモテなくなるからそれなりの覚悟はいるよ!
別に俺はモテなくてもいいから、この態度をとっている。
ほら、リゼも呆れてこっちを見ている。
そんなものを気にしたら負けだ。
俺はカバンから水を取り出して飲み始めた。
あー、うまい。
ただの水のくせしてなんでこんなにうまいのだ。
疲れていた体を癒してくれてる。
リゼも俺が動かないと観念したのか、隣に座りコートの中から皮の袋を取り出し口につけた。
こっちの世界での水筒だろう。
「ところでその容器はなんですの? かなり頑丈そうに見えますが……」
ん、容器? あぁ、ペットボトルのことか。
俺が非常用にと持ってきていたのだが……そうか、そりゃないか。
しかし、どう説明したものか。
ペットボトルの作り方なんて知らないしな。
科学物質と言っても伝わるかどうかだしな。うん、これでいこう。
「俺の国で広く使われている使い捨ての容器だ」
よし、ナイス。だいぶ良い感じの説明だろ。
「これが、使い捨て……これ程、丈夫そうな容器が使い捨て……」
あれ、どうした。なんかスゴい引かれてるのだけど。
「柳田さん、これを飲み終わったらどうするつもりですか?」
「えっ、なに。もちろん捨てるけd……」
「なら、私に下さい! これを捨てるなんて理性を疑います!」
いや、そこまで言われなくてもいいでしょうに。
第一、ずっと使ってたら雑菌が沸いて腹壊すぞ。
「これはあくまでも使い捨てなんだよ。ずっとほったらかしにすると菌が沸いて大変なんだから」
「かまいません! 煮沸すれば大丈夫でしょう」
まあ、それなら大丈夫なのか? ってか、雑菌の消毒には煮沸という概念がこっちにもあるんだ。
「ところで柳田さん。まだ私の方の質問していないので、今してもいいですか?」
「別に良いが、聞くことなんてそんなにあるか?」
はっきり言って俺はただの高校生だった。
強いて言うなら、他に比べて世の中に対しての了見があったぐらいだ。
後は、まあ、なんかあるだろ。人と違うところ。
「それでは、聞きます」
「おう」
「柳田さんは何者なんですか?」
ん? 何者?
「俺はただの人間なのだが……」
「いえ、そういう意味ではありません。柳田さんが元々いた場所ではどういう存在でしたのかが聞きたいのです」
急になんでこんなことを聞くかね。脈絡なさすぎだろ。
元々いた場所での存在……ね。
「なんでもなかった」
「はい?」
リゼが不思議そうに聞いてくる。
「なんでもなかったんだよ。居ても、居なくても特に変わることもない。それがあったからこっちに来たというのもあるしな」
ホント、俺のたち位置なんてどこにもなかった。
いや、違うな。
いくつかたち位置は用意されていたが、俺はそれを全て蹴ったのだ。
どうにも鬱陶しかった。邪魔くさかった。
そのたち位置全てが偽物だった。
友達という名の上っ面な関係はいらなかったし、リア充(笑)という人工の宝石で身を飾りたくなかった。
それこそどうでも良かった。ただ生きれたら、人並みの生活を送れたら幸せ、とまではいかなくとも十分だと思ってた。
どうしてこう思ったか。それを考え始めた瞬間、頭が痛くなり、胃の中で生き物が蠢くような不快感が襲ってきた。
チッ、嫌なもん思い出した。
「柳田さん、どうかされましたか?」
「えっ? あぁ悪い。えっと、どこまで話たっけ」
「いえ、別に良いですよ、話したくなければ。私も話してないことはたくさんありますしね」
あー、なんか気使わせたかもな。別に俺なんかに気を使わなくてもいいのに。
だがまぁ言わなくても良くなって、気が楽になったのは確かだがな。
「んで。他になんか質問はあるか?」
「はい、でしたら……」
リゼは急に押し黙っり、真剣な表情へと変わった。
なんだ、一瞬俺はそう思っているとなにやら音が遠くで聞こえる。
断続的で、高い音が、何度も。馬か?
音がかぶって聞こえるから、一つではない。かなりの人数いるような。
「なあ、リゼよ。こんな時間に馬で移動することがあるのか?」
「別に通るのは通ります。ですが大勢で移動することは昼でもなかなかありません」
そうか。なんか嫌な予感がする。
「リゼ。これはちょっと隠れた方が良くないか」
「そうですね。もしかしたら何か厄介な人達かも知れませんしね」
俺達は木と木の間を進み、少しずつ離れた木の裏のから顔を覗かせて道を見た。
ここの森は、低木がなく。草もくるぶし抵度にしか生えていないので、奥の方にも楽々いける。
やがて音が近づいてくると、馬以外の音も一緒に聞こえてくる。
ガチャガチャと、金属どうしがぶつかりあうような。
そして、その正体が目の前を通る。
鎧を着こんで、背中に槍を、腰に刀をさした人が六人。
そして、俺はその鎧を見たことがあった。
俺を広場で取り囲み、牢屋にいれたやつらと同じであった。
一人だけ馬の色が茶色ではなく白で、鎧の見た目もより頑丈そうなやつがいた。
その集団は俺達に気づくことなく、そのまま通り過ぎて行ってくれた。
俺らがここにいるのがバレた、ってことで良いみたいだな。
どういうことだ。バレるはずがないと言っていたのに…………あれ?
「なあ、リゼ。あの陽動作戦って、確か俺を脱獄させるために使ったのだよな」
「えっ、はい。そうですが」
「んで、さっきの街を出るときにも同じ方法を使った。で、いいのだな」
「はい、それでい良いのですが」
うん、そうか。そりゃ、バレるな。
こんな不自然な事故、そう何度もあるもんじゃないし。
ってか、気づけよ俺。
俺を脱獄させるために使ったて、あの時に言ってたのになぜ止めなかった。
「しかし、この街の兵士を侮ってましたわ。まさか、こんなにも早く嗅ぎ付けてくるとは」
…………気づいていないのかよ。
この子、現代日本にいたら、ソッコーで捕まるよ。
良かったね、異世界で。
とにかくだ、見つかってしまたんだから何か策を練らんと。
今、引き返しても間違いなく厳戒体制の門が待ち構えてるだろう。
そして前に行くとしても、さっきの集団がいると。
まずいな……、解決策が分かんねーよ。
どうにか、あの集団にバレないで行けないものか。
俺が思案を巡らしていると、リゼがコートを、ちょんちょんっと詰まんできた。
「んだよ、ちょっと待ってろ。今なにかいい案がないか考えて……」
「柳田さん、柳田さん。私その魔導書の力見てみたいのですが」
こいつ、ホント状況分かってんのか? 少しイラってくるよ、場違いな行動とられると。
うん、無視しよう。
向こうも完全武装してたからな、背中に槍とか持ってたし。
ここの道は元々あった木を、人の手で斬り倒して開き、街と街とを繋ぐために造られたらしいからな。
さっきの街を出たすぐにリゼがそう言ってた。
となると、ここは一本道で間違いないな。
わざわざ、必要のないそれ道を造る必要はない。
「ねぇねぇ、柳田さん。私、魔導書の力が見てみたいです」
…………んでだ。一体向こうもどこまで行くのだろうか。
途中で二手に分かれでもするのか?
向こうも道の半分くらい走ったら、さすがに追い越したと気づくはずだ。
そこで少人を先に行かせ、あとは戻って木々の間をしらみ潰し、ってな感じになるかも知れない。
先に行かれた街をスムーズに入ることができねーよ。
もう、馬車転がしを使うのは無理だしな。
「柳田さん、聞いてますか? やーなーぎーだーさーーーー……」
「あーもう、静かにしろ! あとさんを伸ばすな! こっちは色々考えてんだよ」
こっちは捕まらないように、少ない知識をフル稼働させて考えてるんだよ。
一緒に考えるか、もしくは静かにしてくれ。
こっちがそう思ってると、向こうも不満な顔でこっちを見てきた。
「なんですか、そんな怒らなくてもいいじゃありませんか。私はただ威力がどれ程あるかが気になっただけですのに」
「アホ抜かせ。今はそれどころじゃないんだよ。第一、まだこいつの技は全部試せてない。だから、見せるとしてもちゃんと試したからだ」
「なら試せばいいじゃないですの、今」
バカも休み休みに言え。第一、試すって。
こんな状況で派手に騒いだら間違いなく気づかれる。
だから、もっと今は何かこの状況を打破できる…………
「なあ、リゼよ。試せって、一体何で試せって言ってる」
「そんなの決まってるじゃないですの。柳田さんも分かってるでしょ。なら、わざわざ言いたくはありません」
それを、言うと俺とは反対側にそっぽ向いた。
…………ハハハ、マジか。
かなり、グロいこと言ってるぞ。
いや、でも案外これこの状況の中では良い選択肢なんじゃないか。
いつかはやらなきゃだめだったし。
必ずどこかで戦うときに、ちゃんと効果があるか見なきゃいけないしな。
最初の予定じゃ、魔物かなんかで試したかったが…………
どうも、想像通りに進んでくれないな。
まさか、お国を守る正義の人達に使うとことになるとは。
よし、決まりだ。
あとは、どうやって馬の速度に追い付くかだ。
「よし、リゼ」
「はい」
少しまだ、機嫌が悪いのかあまり元気とは言えない返事が返ってきた。
まあ、いいけど。
「今から、魔法とは何かを見せてやる」
すると、ふてくされていた顔はみるみると明るくなり、
「はい!」
っと、今度は元気の良い返事が返ってきた。
相変わらず単純な性格をしている。
同年代とは思えない。近所にいる年下の相手をしてるみたいだ。
相手をしたという経験はないのだけども。
よし、じゃあ今度はどう魔法を組み合わせるかだな。
はっきり言って、ほとんど中身を読んでないし、知ってるやつでなんとか組み合わせるか。
あとはどう追い付くかだな。
とりあえず歩かないことには始まらない。
「よし、ぼちぼち歩き始めるか」
俺達は木影の間を縫いながら、道には出ずに森の中を進み始めた。
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