死の呪い

 書斎に入ると、そこには壁一面に本が収納してあった。図書館のように、ジャンル別、50音順に並べてある。几帳面なんだな……。


 俺たちが探している呪いは「死の呪い」だ。実際死ぬわけではないが、それを解くにはかなりの技術が伴う。

 そんなものを扱える術者が限られているからこそ死の呪いであり、これは禁忌とされている。


 どれも呪術関連ではある為、片っ端から探していく。

 俺も書物をめくるのは得意な方だが、スカイのスピードには敵わない。



「スカイー、なんかあったかー?」


「うーん……禁忌の棚はこれで全部だよ」


「そうか……。封印に関してもここが最後だな」


「うーん…にしても父さん、こんなに集めて……どうして呪術なんて習得しようと思ったんだろう?」


「さぁな。必要に駆られたのか、趣味か。聞けるといいな」


「そうだねえ」



 結局、書斎を調べても本は見当たらなかった。ここにあるものの知識は、読んでみてもほとんどが知っているものだった。


 これだけの知識を、5歳に叩き込むのも中々スパルタだとは思うけど……これを習得するにあたって、嫌だった記憶は一切ない。記憶が抜けていても、あの日の事件に関する事を思い出そうとすると、記憶の代わりにモヤモヤとした感情が湧く。

 でも、そういう感情が一切湧かないということは、そう思っていなかったんだろう。



「他のところも探してみよう。隣の部屋とか、誰も行ってないよな」


「そうだね。僕らで見てみようか」



 俺たちは書斎をあとにして、隣の部屋に向かう。

 さっきこの部屋に入る前見た時より距離が近いような……?いや、気のせいか。


 俺たちは、隣の部屋の扉をゆっくりと開けた。中は真っ暗で、とても狭かった。

 電気を探しても、どこにもスイッチが見当たらない。



「なぁ……めちゃくちゃ暗くないか?なんだこの部屋?」


「暗いしかび臭いし……あっ!スキア気をつけて、そこ、なんか穴あるよ!」


「穴?わっ、ほんとだ……なんだここ、階段か?」


「そうみたいだね…どうする?みんな呼んでこよっか?」


「そうだな。一旦呼ぶか」



 他の部屋に散り散りになっている仲間たちを、1度呼びに行こうと部屋の扉に手をかける。だが、ドアノブは回っても扉が開かない。


 ガチャガチャしてみても、空回りするドアノブと、ビクともしない扉でしかない。



「おいおい…閉じ込められたな……」


「えっ?……ほんとだ、全然動かない。カギかな?」


「いや、鍵穴もねぇし……」



 どう見ても、鍵穴はついていない。何かの呪文や魔法陣の類でもない。

 微かにいやな香りがした。香り、と言うよりは気配だが……。


 その気配は、どうやら階段の下からのようだった。

 こんな気配、今までしなかったのに…。



「行ってみるか?」


「そうだね…そこしか道ないし…」


「…後で、戻れたらお祖母様に聞いてみよう」


「そうだね」


「それにしても、何か灯りは無いかな」


「そうだな…俺たち魔法とかが使えるわけじゃないしな…携帯は?充電あるか?」


「うん、全然ある」



 俺たちは携帯のライトを頼りに、階段を降りていく。中は湿った空気と、カビと、血の匂いがした。

 ただ事では無い。



「うぅ…すっごい臭い…」


「意味わからないな、天使の国だぞ…なんでこんな所が…」


「……ねぇ、そこ、扉?なんか書いてある…」



 目の前には、古びた木の扉があった。

 特に大仰でもない、ただの朽ちかけた扉だ。


 その上部に、プレートのようにして木の板がある。なにか書いてあるようで、ライトで照らす。


「えっと…ち…地?」


「朽ちていて分からんな…。地…言?」


「……地獄とか、言わないよね」


「……。嫌なこと言うなよ…。もう、地獄は無いって…」


「でもだって…広大な土地があったんだよ?その地獄を、制度が撤廃されたからって消すことなんか不可能でしょ…?」


「………たしかに…」



 恐る恐る、その扉を開く。

 かなり建付けは悪く、もう何百年も使われていないようだった。


 そこを少し開け、覗き込んでみる。すると



「おいスカイ…これ…ごめん…地獄、かも…しんない…」


「えっ!?…えっ?…ほ、ほんとだ…」



 目の前には、真っ赤に燃える地面と、暑苦しい空気と、血の匂い、そして、奥には大きな宮殿のようなものが見えた。

 広大な地獄の土地のどの部分かは分からないが、話に聞いていた地獄絵図と、同じ条件だった。


 地獄の制度が数百年前に撤廃された後、罪を働いたものは死後、天界での永久労働を強いられている。

 それ以前、地獄で刑罰を行っていた鬼や閻魔については、その後どうしているのか聞いたことは無い。


「なぁ、戻れると思うか?」


「いいや、もう階段が消えたよ」


「…進めって事だな」


「しょうがない、進もっか」



 スカイと俺は、そのまま朽ち掛けた扉を開いて足を踏み入れる。


 ジメジメとした嫌な空気と、熱気。赤い空に、枯れた木

 それにそぐわない華美な建物。

 奥には川が見えた。川のそばの木には、もう朽ちた布が何枚も引っ掛かっている。



「あれ…三途の川か?」


「えぇ?でも、三途の川は天界にあるじゃん」


「でも、木の枝に布引っ掛かってんのってアレ、奪衣婆の跡じゃ…」


「たしかに…、てことは、あの建物って橋渡しの家?」


「…もしかして、渡里わたりの家?あのクソ壱奈いちなの家??」


「大いに有りうる。スキア、壱奈くん嫌いだもんね」


「うん嫌い」


「僕は見てて面白いから好きだけど」


「スカイも嫌いになりそう…」



 まぁ、知らない奴がいるよりはいい…。思い切って、その建物の呼び鈴を鳴らした。


 だが、誰も出てくることは無い。


 表札には「渡里」と書いてあるが、近くに置いてある渡し船も使えなさそうな程に朽ちている。



「いない、のか…」


「やっぱり、天界に引っ越してるのかな」


「確かに、思い出したけど、壱奈の学生証を入学当初見た時の住所は天界北区の三途川地域だった。そりゃそうか…」


「よく覚えてるね…」


「最初から合わねぇと思って近づかないように覚えてた」


「そういう勘だけ鋭いんだから…」



 川の向こうには、街のようなものが見えた。橋を渡って、向こう側に向かう。

 暗くて陰気な場所だが、街の方には少し賑わいが聞こえる。

 誰か居るようだ。



「スカイ、誰かいるな」


「そうみたいだね…獄卒達とかかな?」


「殺されるとかはないだろう。行ってみよう」


「物騒なこと言わないでよ…」



 賑わっている方向に向かい、段々と人影が見えてきた。

 それはやはり、見た目からして獄卒の鬼たちだろう。

 その中心には、一際大きな獄卒らしい鬼がいる。


 みんな楽しそうに談笑している様子だった。


 俺たちが近づいていくと、一瞬怪訝そうな顔をされた…が、すぐパァァァっと顔が晴れた。


「えっ、あ、…えっと…こ、こんにちは…初めまして…」


「おーーいおい!!あんたらもしかして天使のあんちゃんか!?あれだあれ!あの子たち!!閻魔さまーー!!!アレ来たぞ!!九龍と八龍じゃねぇか!」


「あっあっちが、く、九龍は父です!」


「あ!?!?父!?!?てぇと息子かおめぇら!!あ!?あのクソガキが父親かぁ!!」


「あ、あはは…くそがき…」


「てぇと、おめぇらなんでここにいんだ?九龍は居ねぇのか?どう見てもまだ乳くせぇガキじゃねえか」


「父は今、封印されておりまして…。封印を解くために色々探しております。申し遅れました、俺は花園スキアと言います。こっちは双子の弟のスカイです」


「ほぉーーん。そりゃ大変だな。けどよぉ、天使がなんの用だってんだい?もう地獄は動いちゃねえぜ?」



 獄卒たちの疑問も最もだが、俺たちだって知らない。

 こっちが聞きたい。



「それが…父の実家の書斎で、封印に関する禁術について調べておりまして。そこから出て隣の部屋に行こうと思ったら…なんか…知らない部屋と階段があって戻れなくなって…」


「はぁ?なんじゃあそりゃ。ほんじゃあ、迷い込んじまったのかおめえら。まぁ普通に帰れるけどよう」


「ええ。帰れるなら良かったです…。すみません、その前にお伺いしたいのですが、死の封印について何かご存知ですか?」


「…ああー、あのクソみてぇな封印か。閻魔様~!!死の封印について知りてぇんだとよ!なんか無いですかね!」


「そんな大声出さんとも聴こえとる…お前の声はデカいのだ…。して九龍の息子たちよ。今九龍はその封印にて封じられているということで良いか?」


「はい、仰る通りです。死んではおりません、ですが、その封印を解く術をずっと探しているのです」


「そうか…。ふーぅむ、よし、着いてくるが良いぞ!自慢の書庫を見せてやろう。九龍はそこで呪術の知識を蓄えておったからな!」



 俺たちは顔を見合せた。父が地獄で獄卒たちに可愛がられているのも訳が分からないが、父はここで呪術を習得していたらしい。


 目の前をズンズンと歩く閻魔様は、どこか嬉しそうだった。

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ShowTime! 春夏冬 @shiz

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