創造神たる所以

 王城に入ると、外と変わらず怖いくらいに静かだった。

 メイドも執事も居ない。いつも出迎えてくれる執事長も、誰かが出てくる気配すらない。


 俺たちは、手分けして王城の中を走りながら探した。

 俺が中庭の方に走っていくと、ピンクの髪の女性が歩いていた。手にはトランプ。間違いない、ハートだ。



「おい!止まれ!」


『……おまえ、スキアか』


「そうだ。良いかとまれ、死にたくなければな」


『…ふん』



 ハートはそれを聞かずに、また歩き始めてしまう。

 俺は追いかけながら質問をし続けた。



「おい、あんたハートだよな?城の他の人はどうした」


『お前に関係ある?あいつらは今、玉座の間に縛り付けて動けなくしてる。賢いね、あいつら大人しく捕まってるよ』


「どうして殺しはしなかった」


『殺害対象じゃないし、殺す予定のブライトを殺せばいつだって殺せるから』


「お前に輝は殺せない。お前が殺されるぞ」


『うるさいコバエだね。邪魔だよ』



 ハートは振り向き、トランプを投げつけてきた。だが、そのトランプはあまりにも簡単に避けられた。コイツはやっぱり、やりたくないんだ。


 俺は、阻害の石を掴んだ。

 コイツには隙がありすぎる。当てるのなんて簡単だろうと振りかぶった瞬間。


 轟音と共に、ハートの体は両端の壁から伸びてきた柱に捉えられている。かなりの力で挟まれていて身動きが取れない様だ。


 その向こう側には、無表情ではあるが確実に怒りを湛えた目を光らせている輝がいた。

 輝の金色の眼が、ハートを捉えて離さない。



「君だ、見つけた…やっと会えたね。ハート」


『は、はな、せ…!』


「誰が離すと思う。このまま捻り潰す」


「まて輝!待て!」



 必死に、輝に向かって叫ぶ。

 ハート越しに俺を見つけた輝は、不機嫌そうな声を出した。



「なに?なんでもうここにいるのスキア。シリウス、もうどうにかしてきたの?邪魔しないで、今殺すから」


「殺すな!殺さなくていい!」


「なんで?こいつは、こいつは父様を」


「分かってるだろ!好きでやったわけじゃない!」



 輝は俺の叫びに、歯を食いしばって止まった。この城は、全てが輝の武器になりうる。


 こうなったハートは、いつだって、どこからだって殺せる。

 だが挟むだけで留まっているという事は、輝もまだ躊躇しているということだ。


 静まり返っていた城内、これだけ声を出していればすぐに分かる。

 輝の方向から、涼清、光、札が顔を出す。



「輝まて!そいつァ操られてるんだって、スキアが解いてくれっから!」


「……涼清もなの?それに……その後ろにいるやつ、敵だよね?何を仲良しこよししてるの?」


「うっぐあっ!」



 ハートが目の前にいて、よくは見えなかった。だが、札が輝に攻撃されたんだという事は容易にわかる。



「札!な、なあ輝……すこし落ち着けよぉ……!」


「光さ。そうやって甘くしてるからダメなんだ

よ。こんなヤツらに甘くする必要有るの?」


「……じゃあ、なんで殺さへんねん。殺ったらええやろ」




 捕らえられた札が、声を震わせながらそう言い放った。



「ウチもハートも、もう殺られる覚悟は持っとんねん。ハートにかかってる呪いは弱い。心の強いやつやないから、それで操れんねん。せやけどそれだけの覚悟持ってやったことや。なら、こうしてる間にも殺したらええやろ」


「ふ、ふだ……!」



 光の不安そうな声が聞こえた。それもそのはずだ、そんなことを言っていたら本当に殺されかねない。



「……うるさいな、悪魔に何がわかるの?いまから、いまから殺すんだ……!」


「わかるで。ウチらかて親兄弟取られとるんや。それも分かっとるんやろ、あんた」


「……ッ」


「やってきたことはアカンことや。許されようなんて思っとらん。……せやけど、今は聞いてくれへんか」



 札の言葉に、少しの沈黙が流れた。

 そして、2人を捕らえていた柱はそれを解いた。


 2人は地面に落ち、俺はすかさずハートに石をつける。

 ハートは少し解けかけていたのか、すんなりと石を付けさせてくれた。



「…ごめんなさい。操られてたとはいえ、アタシなんてことを…」


「謝罪が聞きたい訳じゃない。僕は一生許さないよ」


「分かっているわ、どうなろうと、貴方には関わらないようにする。…玉座の前にみんな縛っているわ。だけれど強くは縛っていない、すぐにみんな抜けられるはずよ」



 ハートは終始俯いていた。立ち上がろうとしないのは、足が震えて立てないのだろう。

 輝はハートが言う通り玉座に1人向かった。


 それを見送りながら、俺はハートに手を差し伸べる。



「別に、俺もお前たちを許すつもりは無い。でも仕方なかったことも重々承知している。サタンの前に行くまででもいい、俺たちに手を貸してくれないか」


「…!…優しいのね。あなた、スキアの方でしょう?」


「ああ、そうだが?」


「優しいのは弟の方だと聞いていたわ、兄の方は優しくないって」


「それはどうかな、俺はわからん。だがスカイが優しいのは本当だよ」


「そう、会えるのが楽しみだわ」



 ハートは俺の手を取って立ち上がった。まだ震えてはいるようだが、一息深呼吸をして落ち着いていた。


 そして、全員で玉座の方へと向かう。すると、もう既に全員解放されていた。



「…戻ってきたのは、僕がハートを殺さないよう止めるためでしょ?じゃあ、真の方には他がいるんだね?」


「そうだ。どうせ当初の目的はこっちにある。俺たちはこっちで待っていよう」


「…そうだね」



 輝は大人しくそう頷くと、メイドと執事たちにしばらくの休暇を言い渡した。



「僕らはしばらくの間忙しい、城にもいないと思う。それに今回のこと、怖かったでしょ。だからしばらく休んでいて」


「王子…かしこまりました、ありがたく休ませて頂きます。しかし、王子もどうか、ご無理だけはなさらぬ様に…」


「分かっているよ。さぁ、僕は自室にいるから。みんなは各々、休む準備をしておくれ」



 そう言うと、輝はそのまま俺たちの方へと向き直り歩いてきた。

 ハートは輝を目の前に、萎縮してしまっていた。



「輝、待っている間、ハートも一緒に居て構わないか?」


「構わない。こちらからは話しかけないからそっちからも話しかけないなら。別にすきにして」



 ぶっきらぼうにそう言うが、多分コイツは、こう言いながら自分の中でせめぎ合ってるのだろう。

 仲間として快く迎え入れることは出来なくとも、もう意地を張ってしまっている以上は表面上仲良くすることも出来ないんだと。


 輝の自室に寄せてもらい、中で片方のチームを待つ。心配は無いと思うが、念の為あの石を見せてもらう。



「まだシザーも生きとる。…ウチらはあんさんらの事を、操られている時にしか見とらんかったからよう分からへんけど…真はんは穏やかなん?」


「元気だが、気性は穏やかだよ」


「おう、イタズラ好きってなァあるが、今回のことに関しては穏やかだろうな」


「でもあれじゃね?もしシザーが召使い達傷つけてたりしてたら分からなくねー?」



 光の発言も確かにそうだ。穏やかではあるが、身内を傷つけられて黙っているような男でもない。

 何も無ければいいが…。



「…大丈夫でしょ。真は馬鹿じゃない。感情的になって殺すようなことはしないと思うよ」


「…それもそうだな」



 拭いきれない不安は有るが、真の賢さを信じて待つしかない。

 スカイに送った確認のLIFEはまだ返信が無い。ただ、この場では祈る事しか出来なかった。

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