情と怒り
今俺の目の前には、空中で俺たちを阻む1人の男が居た。
長い黒髪を紙紐で結い、前髪は左目を隠している。
巫女のような服を着て、こちらを光の無い目で見つめてくる。
俺と、春歌と、港と、光の家族を奪ったあの少年……だった男。
「誰なんだ、てめェ」
『……今から死ぬやつに、名乗る必要はあらへん』
「お前に?俺たちが?殺されるってかァ?」
俺は男の顔を見て挑発する。どんな手を使うかは何となくわかる。
が、男はピクリとも表情を変えない。
その代わり、今のこの瞬間に手を出してくればいいものを、その場から動きもしない。
「威勢はいいくせに、来ねェじゃねェか」
「なぁ、あんたもしかして……ウチらんこと、ほんまは襲いたないんちゃう?……ほら、手ぇ、震えとるよ?」
『う……るさい、うるさい……!そないなわけ無いやろ、殺しに来たんや、そう、おまんらを消しに来たんや……!』
「なら、消してみろよ。できんのかよ。俺も、涼清も、港も春歌も、4対1で負けるほど弱かねぇぞ」
「これだけ言われてるのに、襲ってこないんだねぇ。……殺すんでしょ?はやく、このだべってる間に殺せばいいじゃない。ね?」
『……ッッ』
男は顔を歪める。
分かっている。こいつが手を出してこないのは精一杯自我を保とうとしている内面が居るから。外は、口は襲うと言っていても、中身はそれを拒絶している。
「親が殺されっから、やりたくねェけどやらなくちゃいけねェ。でも、やっちまったら自分がどうにかなってしまいそうだからどうしても出来ねェ。……なァ、そーだろ?」
『そ、んな、ことっ……』
「なァ、おめェの家族はどこにいる」
『お、教えるわけあらへんやろ……ッ!』
「……気絶したら、どーにかなるか?」
光は気絶を提案して、俺たちはそれに無言という返事で賛同する。
光から音が流れ始める。男の目を見つめると、男は次第に動けなくなっていく。赤く虚ろな目を、苦しそうに見開く。
俺達にはもう聞こえない音……というより、きっと音波だろう。
男の耳から脳に直接、高周波の音波を叩き込む。
その場はシンと静まり返ったままだったが、男はプツリと意識を失い、京都の街へ真っ直ぐに落ちていく。
俺は光を乗せたまま、スピードを上げて降下し男を受け止める。
気絶している男を乗せたまま、誰の家でもない、名もない山へと向かって飛んだ。
山の頂上に降り立ち、一番太い木に男を寄りかからせ、光の音の縄と港の作り出した葉の刃を男を囲むように据えて、起きるのを待った。
呪いを解くことも、阻害することも俺達には出来ないが、備えあれば憂いなし。縛り付けておけるだけマシだろう。
しばらく目を覚まさず、夏とはいえ夜は少し冷える。羽織を春歌に取ってきてもらい、目を覚ますまでずっと目の前に座り続けた。
しばらくして、ハッと目を覚ます。
「……あ。脳みそ焼き切ったかと思って焦ってた、大丈夫だったな」
「やっと起きたなこの野郎」
「……な、……なんや、あんさんら……なんやこれ……」
「見えない縄とお前の首をいつでも取れる刃。で、正気なのか今は?」
「……そ、や……。……ぁっ……!じ、時間!もぉ夜なん……?」
「そーやでぇ。あんたがよーぉさん寝とる間に日も落ちたわ。ンなもんどぉでもええねん。名前は?」
「……き、
「札……。霧の里の領主家か?」
「そ、そうや……。知ってはるんなら、ええやないの」
「知らなかったよぅ、君なんて話にも聞いたことないもん。今までのお話を総合して考えたら、とりあえずそうなっただけだよお」
「……。ほいで、なにを吐いたらええん?はよぅせんと、呪いに戻ってしまいますよ?」
「ならぱぱっと済ませっかァ。お前家族はどこにいんだ」
札は、その質問を聞くとハッとした顔をする。
「……サタン城の、屋上にある魔法陣に縛り付けられとる。……入ることすら出来へん、近づかれんのや」
「……結界かなんかが、邪魔してはるん?」
「そや、結界……。悪魔のウチらは、触れへん……」
「悪魔だと、触れないんだなー?」
「……そぉや。やから助けることも出来へんのや」
札は項垂れる。声もしょぼくれて、とても元気がない。……まぁ、この状況で元気ある方が異常だが。
「悪魔でも、天使でもあらへん奴なら触れる……はずやねんけど、……そないな知り合いおらへん」
「……じゃ、条件だ」
「……?」
俺は、札にひとつ提案を持ち掛ける。
「お前らの親を助けてやるから、俺らの家族の居場所を教えろ」
「……わ、分からへんのや……」
「あァ?」
「ほ、ほんまや!嘘ついとらへん!ほんまに分からへんのや!……うちやって城ん中探してん……。やけど、屋上にも、地下にも、隠し部屋にもおらへんかった……」
「……探して、どうしようとしたんだ」
「……探して、解放して、……サタンを、殺して欲しかったんや……止めて欲しかったんや!サタンの企みを、止めて欲しかったんや……。ウチら子供じゃ、あんな奴に適わへん……悪魔やから、サタンに逆らえへん……!」
「''悪魔だから''……な」
「悪魔だと、どぉして逆らえないの?」
「……それが、サタンの力やからや。……少しでも悪魔の血が入っとるやつを必ず絶対服従させる。……やから、逆らおうとしたら中身から殺される。逆らおうとしても体は勝手に従ってまう。……やから、どうにもならへんのや……」
札は悲しそうにそう言った。自分が敵わない悔しさと、虚しさでいっぱいなんだろう。
少しだけ、同情した。
コイツも、家族を取られてやってた事なんだと。
だからといって、怒りがおさまる理由にはならない。
「……なァ札よォ……。俺ァさ、おめーに同情はする。身内が取られてるつらさは痛いほどわかる。……けどよォ、許す気にもなれねェ。だから、……次からは俺たちの下僕になってくれや、なァ?」
「は……?」
「サタンぶっ殺してやるから、それまで俺達に協力しろって言ってんだ。おめェはサタンを殺すときには操られて敵になるかもしんねぇ、けどサタンに逆らえねェ様なやつ敵じゃねぇんだよ」
「きょう、りょく……せ、せやけど呪いはとけとらへん!今やって、戻らへんように気張るんが精一杯なんや……!」
その言葉のすぐあと、後ろから、聞き慣れない声が聞こえた。
「……札、大丈夫だよ」
「シリウス……?」
札は目を見開いて俺たちの後ろを見る。
そこに居たのは、シリウス・ガン・ロードとスキア、スカイだ。
「……私も、彼らに協力する……。スキアが、呪いを阻害してくれている。……だから、協力しよう、彼らに」
「……そ、阻害?そないなこと出来るん?なぁ?」
「阻害くらいなら、この石で何時間だって止められる。だから、悪いが付けさせてもらうぞ」
スキアはそう言って、札に近づき首元に触れる。
すると、札はビクリとする。
手を離すと、小さな石が氷で貼り付けられている。
「さ、光、コイツの縄を解いてくれ。港は刃を消してくれ。立て札、時間は無い、さっさと残りのヤツらの元に行くぞ」
スキアは札に一言も言わせず、無理やり引き上げ立ち上がらせる。そして、スキアが先頭になって神の国に戻る事になった。
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