木々の静寂

 降り立った場所は、信楽家の玄関。よかった、階段前じゃなくて……。

 この前とは違って、人の声がする。


一夜いちやァ!早く起きろって言ってんだろこの愚兄がァ!!』

『んァ……もしかしてもう朝ぁ……?』

『昼だわカス!!!!!!13時!!』

『……やだぁ起きたくなァい』

『っせぇ99歳起きやがれ!!!』

二兎にとこわぁい……』


 そんな怒鳴り声と攻防戦を繰り広げているのは、名前からして長男の一夜さん、次男の二兎さんだろう。

 春歌には、上に15人の兄がいたはずだ。


『春歌はぁ?』

『5歳児は寝かしとけ』

『ん〜、そーだねぇ』


 愛されてるなぁ。


『おはよう、一夜。眠れたか?』

『あ、お父さん。眠れましたよ、とってもよく』

『ああそうだろうなぁ。じゃなかったらなんでこんな時間まで寝てられるのか分からんな』

『あははー』


 何の変哲もない、平和な時間が流れている。

 時刻は13時少し過ぎ。光が最後だったと考えると、春歌は14時少し前かも知れない。


四留しとめ〜?お母さんお庭のお手入れしたいの〜、お手伝いしてちょうだーい?』

『あぁ、うん、お母さん、今行くよ』


 おどおどしているのは、4男の人かな。裏庭へ向かっていく。この時点で、家の中には固まっていない様だ。


 キッチンでおやつを食べていたり、寝ている春歌の寝顔を写真に収めにやにやしていたり、庭の手入れをしていたり、家の中の掃除をしていたり様々だ。

 これだけの家族がいたにもかかわらず、今や春歌1人……相当寂しいはずだ。


 刻々と14時が迫る。


「ん……?ねぇスキア、なんかアレ……蛍かな?光ってる虫が沢山……」

「スカイも分かるだろ、この時期に蛍なんてでねぇよ」

「だよねぇ……?」


 その虫たちは、家の中、庭に分散している。そして、家族たちの首元にぴとりととまる。

 次の瞬間、なんの前触れもなく、家族の体は淡く緑に光りだし、そのまま音もなく消えてしまった。

 唸り声も、悲鳴も何もかも。


「は……!?」

「あ!あの男の子が!」

「!けど、すぐ消えたな……」


 巫女装束の男の子は、家族を消すと、すぐに姿を消した。

 数分見守っていると、春歌が起きたようだ。


『……?おにぃちゃあーん?おとーさまぁー?おかぁさまぁー?……?みんなぁー?』


 その声は虚空に響いて消える。木々のざわめきだけが、周りに響く。


『……どっか、おでかけしちゃったのかなぁ……?』


 誰ももう帰ってこないことは知らずに、家の中で、ちょこんと1人座る。しかし、いつまで経っても家族たちは帰ってこない。


 時間を飛ばし、3日後あたりを見る。


『……なんで、みんな来ないのぉ……?ぐすっ……んねぇ……どこいったのぉ……ねぇぇ……っ』


 遂に泣き出してしまった。ぐすぐすとしゃくりあげて、大泣きする。

 今でこそあんなに強がっているが、これを見ると、とても胸が苦しくなってくる。

 それは俺だけではなくて、他のメンバーも同じようだ。


 悲しい気持ちでも、ここは過去。何も出来ない。


 そのまま、輝の自室に戻った。


「あ!おかえりぃみんなぁ!」

「……春」

「んぅ?」


 そんな笑顔が、今は苦しい。

 春歌を全員が抱きしめる。


「な、なにぃ?みん、みんなどしたの?」

「はるか、寂しくない?大丈夫?」

「輝……??寂しくないよぅ!へーきだよ?」

「ほんとか……?なぁ、俺ん家ならいくらでも来ていいからな?」

「へ?え?ひかる?」

「寂しかったらいつでも来いよ?」

「涼???」


 みんなが、春歌を心配しているようだ。もちろん俺も。


「……寂しくない、のは、うそ。……で、でもね!でもね!皆いてくれるから悲しくないんだ!そ、それに……」

「それに……?」

「……いずれ僕達家族は……1人になるんだから」

「え?」

「ど、どういう」

「あぁ……そうだなァ。けどよ、な?春歌。それまででもさ?」

「……うん、ありがと!だーいすきぃ!」


 その笑顔は、少し切なそうだった。

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