舞い散る椿

 光の場合は車での事故。

 そのため、朝の時点まで遡ることにした。

 光の家には見慣れているが、少し見慣れない部分がある。

 大量に植えられている椿だ。

 株の数も多いが、その咲き誇る花の数。散って落ちた花のおかげで、一面が椿の絨毯だ。


「うぉ……すっげ……」

「光の家って、こんなに綺麗だったんだね……?」

「輝にも綺麗って感情あるんだ……」

「は?しばかれたいのスキア?」

「多分この距離なら俺の方が強い」

「いつか脳天ぶち抜く」

「やれるもんならやってみな〜」

「ウァアアア」


 そんな会話をしながら、家族を少し見守ってみる。幼い光と光ちゃんが、庭の椿を拾い上げながら鬼ごっこをしていた。

 そこに、父親のりょうさんがやってきた。


『2人とも、ちぃと休んだらどーやろ?』

『『はぁーーーい!!!』』

『んねぇお父さん』

『ん?なんやろひかる

『どうして、うちのつばきは、いつでも さいてるの?』

『あぁ、あの椿はな、お父さんの妖力を預けとるんよ。やからずぅーっと咲いとるんよ』

『ぜんぶ?ここのやつ、ぜんぶ?』

『そぉ、ぜぇんぶお父さんの妖力で生きとるんよ』

『すっっっげぇ〜〜〜!!!』


 今と大差ない口調で、目を輝かせ父親の膝でジャンプする。

 膝壊れないんだろうか。


『そぉや光、お兄ちゃんのもお姉ちゃんのもちゃう花が植えられとるんよ。ひかるひかりのも買いに行こか!』

『え!!』

『いいのぱぱ!?』

『ええよ〜、今から行く?』

『『うん!!!!』』


 元気よく返事をする2人。今も、ひかるひかりは息ぴったりだ。

 まだ、あの男の子は居ない。気配がないだけかもしれないが、裏に回っていた涼清が居なかったと首を振っている。


 それから、家族は洋服に着替え車へ乗り込んだ。


『父さん、なんの花にすんの?』

『ヒカルって何が似合うかな〜?んね愛季』

『そぉだな〜、俺あれがいいと思う、マリーゴールド』

『なんでよ?』

『お前知らねーの?花言葉が「命の輝き」だからだよ』

『は?愛季の癖にマトモじゃない……』

『は?』

『お兄ちゃん!まりーごーるどってなぁに?どんなはななの?ひかりきになる!』

『ひかり〜〜〜〜♡オレンジのお花でねぇ〜〜〜まぁるいんだよ〜〜〜〜〜〜〜♡』


 そんな微笑ましい会話の中、6人は知り合いの花屋であろう所へと向かう。明らかに、その花屋は人間向けではなかった。


『よぉ、諒久しいじゃねぇか。椿はどうでぃ』

『増えすぎて家の塀要らないくらいだよ』

『ヘッ、てめぇの妖力は多すぎんだよ』

『褒めてくれてどーおも』

『んでぇ?今日はどいつの花だってんだい、そこのちび共か?』

『そう。なにがいいかなぁ』

『そりゃあ本人に見てもらわねぇとな』


 ひかるひかりちゃんは、店の中を見て回る。ひかるはそこで、ある木の前で立ち止まった。


 牡丹だ。


『んと……おじちゃん!これなんて花なの?』

『おうぼうず、それがいいのかぃ』

『うん!』

『そりゃ牡丹ってやつだ。花言葉は「風格ある振る舞い」「王者の風格」だ。けどそりゃあ見本の株でなぁ、入荷しねぇと渡せねぇんだわ』

『そっかぁ……』


 光は少し残念そうにする。しかし、数秒後顔を上げて


『いい!また今度くる!そしたらちょーだいおじちゃん!』

『お!我慢出来るんけぼうず!良い子じゃねぇかぁなぁ!』

『だろ?俺の息子だからな〜』

『嬢ちゃんは何がいいんでィ?』

『あたし、これぇ!』

『ほぉ!そりゃあ金木犀の苗木だな!』

『とってもいいにおいがするもん!これー!』


 ああ、あの庭のキンモクセイは光ちゃんのやつだったのか。少し元気がないのは、光ちゃんがそばにいないからだろうか。


『花言葉は初恋、陶酔、謙虚、真実、変わらない魅力だなぁ!女の子にゃぴったりさ!』

『わあああい!おとーさん!これぇ!』

『はいはい、落ち着いて〜。ひかりは金木犀で、ひかるが牡丹ね?』

『『うん!』』


 ……光の牡丹は、たしか庭には無かったはずだ。……受け取れてないんだな、まだ。


『それじゃあ銀絽ぎんろ、お会計と予約お願いします』

『おうよ!』


 牡丹の予約と、金木犀の会計を済ませた家族は帰路へつく。海の見える道を走りながら帰るようだ。


 俺たちは、家族の車を追う。


「おい、男の子は」

「いた、崖の上だよ!」

「テェことは、俺んちと港の家はやられた後ってことか」

「そうなるね」


 またもその男の子は、虚ろな顔で車の着く地点へと呪力で岩を落とす。

 その岩には、確かに封印の紋がついている。


「……なるほど」

「あ、光と光ちゃんだ、ぅ……血まみれだな」

「あんな歳でこんな光景……ボクだったら耐えられないよぅ……」

「春……。ん、2人が逃げてくぞ」

「けど、ここからかなり距離あるよね?どうやって帰るのさ」

「……走ってったんだろうか……」

「いや、まて、ガードレールの壊れてるとこから落ちるぞあれ!」


 ガードレールが朽ちて穴の空いた部分から、崖の下に真っ逆さまに落ちる双子。普通の人間であればまず助からない高さだろう。


 すると、あの男の子がその崖の下に落ちていった。


「ん、何する気だアイツ……近くまで行こう」


 俺たちは、落ちた光たちの近くへと寄る。

 虚ろな顔をしていたはずの男の子は、今、真っ青な表情で震えている。


『あ……ど、どないしよぉ……なんで、なんで……?オレ、何したん今……?なに……?あれ?持ってた御札がない……?あ、ちがう、それどころじゃ、どうしよ、どうしよっ……!』


 明らかに様子がおかしかった。

 自分でしでかした事柄なのに、この焦りよう。


『は、運ばなくちゃ……!』


 気絶した光と光ちゃんを念力で浮かせ、自分も浮き上がり、そのまま一緒に光の家の方まで飛ぶ。

 後をつけているが、焦っているのかかなりの速度だ。この歳でこの速度が出せるのはかなり能力の高い証拠だな……。


『ここ、の子……だよね?あれ……?誰もいない……?な、なんで?おとなりさんも……ひっ、あ?どして、血溜まり?なんでおうちこわれてる……?』


 相当な混乱の仕方だ。訳の分からない現状に怖気づき、光、光ちゃん、涼清、港を1箇所に固まらせ壁に寄りかからせた後、その男の子は逃げていった。

 帰る際に、ワープゲートを開いていた。あれは魔界専用のものだったところから見て、彼は悪魔なのだろう。


「悪魔か……多分、あの喋り方、霧の里だな。そこのどの子なのかまでは分からねぇけど、きっと今頃は俺たちと同い年くらいのはず……。でもあんな容姿の男子とか居なかったよな?学校に」

「うん、見たことないね。悪魔は数えるくらいしか居ないけど、その中にもあんなレベルの高い悪魔はいなかったはずだよ」


 もんもんとそれを考え、一旦輝の自室に戻る。

 暇そうに待っていた光は、俺たちを見ると立ち上がる。


「おかえり。なんかあった?」

「お前らが事故って、お前と光ちゃんが走って逃げたら崖に落ちてったんだ」

「え?」

「けど、その巫女装束の男の子が真っ青な顔になって助けてた」

「は?????」


 そりゃあそうなるだろう。でも、事実は事実だ。

 考察も含めて全て話す。


「そか。さんきゅ。霧の里か……。行く価値はありそうだけど」

「いや、俺たちじゃ辿り着けねぇ」

「なんでだ?」

「霧の里まで掛かってる濃霧のせいで、里に辿り着けねぇんだ。地元の奴に案内してもらわねぇと、入口にすら行けねぇ里なんだよ」

「難儀な……」


 霧の里までたどり着けなくとも、あの春歌の父親たちが貯めていた蔵書に、何かしらはありそうだ。


「光、光の牡丹はないの〜?」

「あぁー。それが、銀絽さんに連絡が何年もつかなくてな。どうなってんだか俺もわかんねーんだ」

「その『銀絽さん』て、何者なんだ?」

ぜんって妖怪のオッサンだよ。まぁ、その種族自体長生きしねぇからもう生きてんのかもわかんねぇけど。薬屋がてら花屋もやってたらしいんだよな、行ってみなきゃわかんねぇ」

「ふぅーん……」


 色々と、調べることが増えてきたな……。


「次は?春歌でいい?」

「うん!」

「じゃあ、行ってくるね」

「うん!お願いしまぁす♪」


 可愛い弾ける笑顔で送り出された俺たちは、信楽家の山へ飛んだ。

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