舞い散る桜

 次の光景は、さっきの涼清とは違い、桜が舞散っていた。魔桜だろう。


「……あ、小さい港だ。あれは……お兄さん?」

「ん、あァ、そだな。あれァ港の兄貴のこうさんだ。俺も世話ンなってた」

「え、ボクと読み方同じじゃん複雑ゥ!んで……ちなみに、今の時点でその子は居る?スキア」

「いや、まだ居ないみたいだな。ただの桜だ」

「そっか」


 また同じように、7人で別れる。


 真と俺は、あの家族の周辺を探索した。


『こーおにぃ、あんな、あんな、おこと ひけるよーになったんよぉ!』

『ん、そうなの?どぉれ、聴かせて?』

『うん!』


 そう言われて、港は嬉しそうに琴を奏で始める。

 その音色には聞き覚えがあった。


「……これ、一昨日港が弾いてた」

「え、そうなんだ……。港、琴上手だもんね。オレ港の文化祭の時の演奏感動しちゃったんだぁ〜」

「わかる、俺も感動した」

「……あ、オレこれ曲名知ってるかも……サビの部分わかる」

「? なんてやつ?」

「猫と桜……だったかな。光のお父さんの曲だよ」

「へぇー?どんな歌詞?」

「それは……あ、港のお父さんが歌ってる」


 廊下の向こうから歩いてきた、背の高い、波打った髪を真ん中で分けた色っぽい男性。家だからだろうか、着物の胸元も緩く、色気が増している。


『夜空の下で微笑む君は 何よりも綺麗に見えて。明日の不安な事なんて消えて いったんだ。

 君を見つめることが、許されない僕の 悲しい片思いだ どうか、僕には気付かないで。 そう願い桜に消えた』

『!おとぉ〜!』

『えらい上手なったなぁ港。とぉちゃん、その歌大好きや〜』

『へへへ〜!んなぁおとぉちゃん、この歌、おとぉちゃんとおかぁちゃんの歌ってほんま?』

『えぇ〜?恥ずかしいこと言わせんといてやぁ。そ〜やけど』

『え?そうなのお父さん?』

『そ〜やで〜。ほら、ウチらの一族は、夜に人を見つめたりしたら、そん人のこと不幸にしてしまうやろ?人にしか効かへんって分かっとったけど、とぉちゃんそんときは臆病でなぁ。母ちゃんに幸せになってもらいたいからって、目も見てやれんかった。後でそれで「目ェみてくれんのやったら嫌いなるで」って言われてなぁ』

『あは、母さんらしいね』


 あぁ、ここも平和だ……。


『っと……とぉちゃんまだ仕事残っとるんやった……。片付けてくるわァー』

『がんばってなぁおとぉちゃん!ふれー!ふれー!』

『おー、ソッコーで終わらせたるわ、待っててなぁ』


 そう言って、廊下の奥にまた消えていった。

 港の家の厨房から、女の人の声がする。母親だろう。


『港〜!湊〜!五条ごじょう〜!美味しいの作ったんやけど〜!』

『ほんまに〜!?たべる〜!!』

『お、行こっか港』

『うん!』


 そうして、2人も厨房に消えていく。

 時計の針は……14時。


 ふと木を見ると、あの子供がいる。

 子供は、父親の方角に1枚と、涼清の家の方角に3枚御札を投げた。

 相変わらず、顔は虚ろだ。


「真、みたか?」

「みた、いま、御札投げてたよね?」

「ああ」

「おゥ、アイツか?子供ってのは」

「涼清……。そう。見覚えは?」

「……ねェな。初めてみるヤツだ」


 そう話していた瞬間。

 父親の部屋から、轟音と共に土煙が上がる。

 その音とともに、聞き苦しいまでの雄叫び。


「!?な、なんだ、あれ」

「……桜家の当主しか発症しねェ病気だ、持病……見てェなモンだな。死狂症しきょうしょうって言って、当主が死の間際に突然狂って見境なく攻撃しだして、力尽きるまで暴れるってヤツだ。代々、ウチか光ンちの当主が殺して終わる」

「うそだろ、そんな……」

「こ、殺されるの……?」

「……おかしいんだよ、言ったろ?死の間際って……。今まで元気だったじゃねェかあのおっさん。……アイツが投げた途端だぞ。あの投げた札のせいだろ」


 言っているうちに、父親の五条さんは家の破壊を始めた。

 異変に気付いた傘下の妖怪、そして残る3人の家族は、部屋から逃げ外に出る。


『五条!?ど、どうして今……!?』

『と、父さん!!父さんしっかりして!』

『お、おとぉちゃん?おとぉちゃんやめて!ねぇ!』

『ぁ、港だめ!!逃げて!!』

『港!!!!』


 幼い港が、父親へ近寄ろうとする。その港を止めるように、兄の湊さんが行く手を阻む。


 が。


『ぁ……!?』

『え……?』


 また、同じ札がお兄さんの胸に深く突き刺さった。木を見ると、まだ子供はそこに居た。

 同じように、母親の胸にも深く突き刺さる。傘下の妖怪たちは、既に気絶していた。


 そして、港に、暴れ回って破壊された家の屋根の瓦と、一緒に壊れた柱が飛んできてぶつかる。小さな港は衝撃で吹き飛び、塀へ身体を強打してそのまま気絶した。


 桜の上には、もう子供はいなかった。


 そして、暴れ回っていた父親も、胸に御札の刺さった2人も、緑の光に包まれその場から姿を消した。


「……こりゃあ……」

「完全に犯人はあの子だな」

「でも見たか?あの子、ずっと顔が虚ろだった。笑いもしない、ずっと真顔だったぞ」

「それも変な話だなァおい……」

「……輝、どうだ、なんかあったか?」

「父親の部屋に御札が入った後、御札は胸じゃなくて頭に貼り付いて落ちたんだ。封印の紋じゃなかった。呪の紋だったよ」

「呪……それによって死狂症が……?」

「だろうね。とにかく帰るよ」


 7人を集め、また輝の部屋へ戻る。


「あぁ、お疲れさんみんな」

「港、同じだった、犯人はあの子供だ」

「やっぱりなぁ。ウチが気絶した後に消えたん?」

「ああ。そうだな」

「……誰なんやろなぁ、アレ」


 今アイツの正体がわかる訳では無い。でも、コレは大きな進歩だ。


「次は?誰の所?」

「んじゃあ、京都繋がりで光かな」

「おっけー。光、いい?」

「おー、頼んだー」


 光は承諾し、輪から抜ける。


「あ、ねーねー港」

「ん?何ですのん?真」

「赤葉猫の伝承って、なんだっけ?」

「ぁー。伝承として伝わっとる謳い文句は……」


『カラン、カラン、下駄を鳴らして男が一人。コロン、コロン、夜の長屋に響く音。橋の途中で、木がざわり。風も何も吹いていない。それでも柳がざわりざわりと、垂れた枝を揺らしている。夜の闇からぬるり、くらり、赤い猫が、5本のしっぽをゆらゆらと。男を見つめる猫の目が、月の光を蓄えて。猫はまた、のらりくらり、夜闇に消える。男はまた、下駄鳴らしてゆらりゆらり。死ぬ気は無いのに、ゆらりゆらり、橋の柵を乗り越えて、ふわり。猫は嗤う、月を見上げて、一人嗤う』


「……見たら、不幸になるさかい。ウチの目ぇは見ないでおいて」


 そう言って目を瞑り、時計の魔法陣に包まれる。


 目の前がまた、景色を変えた。

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