黄泉の国

 俺達は、イザナミ様に言われるがまま黄泉の国に入った。

 中は門の前よりも臭いがきつく、さらにジメジメしていた。


「……うぉ、マジで転がってる気をつけろ」

「あわわ……」


 俺たちは踏み場の無い道をひょいひょい進んだ。

 亡者たちは、床に這いつくばりながら呻き声を上げている。


 黄泉の国では、振り返ってはいけないと聞いた。きっと人間には分からないのだろうが、確かにここでは振り返ってはいけない。

 後ろに、大勢の怨念を感じた。


「確かに、これは一方通行だな」

「だなァ。振り返ったところで焼けば問題ねェけど、それじゃイザナミ様に殺されそうだ」


 しかし、後ろから怨念と一緒に、イザナミ様の気配を感じた。


『殺しなどはしないさ、旧友の息子共だ。……動けなくなっては貰うがな』

「ハハッ、それは困りますね。そうならないよう気をつけます」

『ああ、そうしてくれ』


 ゆっくりと足の踏み場を探りながら進んでいくと、奥に大きい門が見えた。


「イザナミ様、あの門は……?」

『お前らの父親は、ここに入っていった。この先は黄泉の国の上層街だ』

「ほぇ、黄泉の国に、上層街があるんですかぁ?」

『ああ。ここに転がっているもの達は皆、人生半ばで自死した、もしくは事故、病死などした者たちだ。が、上層街の者たちは天寿を全うした者だ。私は今や管理人であるが故、自分が事故死なのにも関わらず上層街に入ることは出来るが、ここの者たちは基本入れぬ』


 その上層街に繋がる門に、父達は入って行った。とすると、その先に用があったのは間違い無い。

 人か、この先にある物かは分からないが、とにかく行けば何かしら見つかるだろう。


『私も彼らの目的は知らん。だが必ず同じ場所に向かって行っていた』

「なるほど。ちなみにどちらに?」


 俺がそう聞くと、イザナミ様は渋い声を出した。


『あの2本目の曲がり角を曲がったところしか見ておらん。お前たちで探すといい。住民にでも聞くが良いさ』


 言われるがまま、俺たちは上層街への扉をくぐった。

 イザナミ様の言っていた2本目の曲がり角を曲がると、表通りよりも人がおらず、少し暗い道だった。


「なんか……暗ェな」

「そうだな……。けど、この先に何かあるんだろう。とにかく進むしかない」


 4人でその路地を歩く。進んで行くたびに雰囲気も重くなってきた。

 段々と暗さも増し、少し灯りを付けた。


「お、行き止まりだぞ、ここ」

「だな。けど……ここ壁じゃねェ?」

「んー……あ、ねぇ春」

「なぁにーすかいー?」


 スカイは何かに気付いたようで、春歌を呼ぶ。春歌に何か耳打ちすると、春歌は壁に走っていった。


「お、おい春歌ァ?」

「みててりょー!」


 涼清に自慢げな顔でそう言うと、春歌は壁に手を当てた。


 すると、春歌はそのまま半妖怪の姿になる。

 春歌の周りから、風が吹き始めた。


「おいスカイ……あれ何してんの?」

「ふふん、まぁ見てなよ」


 スカイも焦れったいな……。


「あっは、やっと気付いてくれた!僕だよぬりかべさん!はるかだよ!」


 春歌が手を当てた壁は、自然な壁に見えていたと思ったが、脚と手が生えグルンっと春歌を向き、大きな1つの目で見下ろしてきた。


『は、はぁるかぼっちゃん!ドォしてここに居るんですかィ!ここは黄泉ですぜ!?』

「きちゃった!」

『いや来ちゃった!じゃねェですよ!お父上は!?』

「封印されちゃった!」

『そんな明るく言わねェでくだせェ!』


 春歌はにこにこしながら塗り壁に来た経緯を説明した。

 すると、塗り壁はその場に座り込み、項垂れた。


『そうですかィ……お父上が……。そりゃァ寂しいでしょうにぼっちゃん……うおおおおお』

「寂しいけどお友達もいるからへーきだよ!泣かないでよぅぬりかべさん……」

『うっうっ逞しい……!……その後ろの方々がそうですかィ……?』

「うん!」


 塗り壁に見つめられると、目の大きさに少しビビる。


「ぁ、はい。春歌のクラスメイトのスキアです。最上級階天使やってます」

「同じく、双子の弟のスカイです」

「涼夜の息子の涼清です。春歌の幼なじみです」


 軽く自己紹介をし、会釈をする。塗り壁は悲しそうな目から一転、にこりと笑う。


『そいつァいいや!涼清殿のお父上やぼっちゃんのお父上が何をしていたかはご説明いたしやす、中に入ってくだせェ!』


 塗り壁は立ち上がり、その先へ続く空間への道を開けた。


 そのまま奥に進んでいくと、本棚が大量にある空間だった。


『すげェ量でしょう。お父上たちはここに、何年もかけてこの本たち……記録を貯めてったんです』

「記録……てェと、なんの記録なんだ?」

『悪魔の記録でさァ。今や和解を成した悪魔と天使。けど、悪魔は悪魔でェ。なにをしでかすか、分かったもんじゃねェやい』


 涼清と塗り壁が話しているうちに、俺とスカイ、春歌はずんずんと進み記録を読み漁る。

 分厚い医学書を好き好んで読むスカイには、容易い作業のようだ。


「……あ。スキア、みて。これ」

「あ?」

「ここの文。『悪魔の国の和解条約は、新サタンは良しと思っていないようだ』って。……おじさんの事だよね、新サタンって」

「だな……しばらく会ってないけど、……あんまり好きじゃねぇわ、あの人」


 俺たち双子の母親は悪魔だ。それも、旧サタンの娘。母さんには兄がいて、今のサタンは代替わりして、母さんの兄がやっている。

 ……昔からそうだ、あのおじさん、俺たちに当たりが強くて、好きじゃない。

 母さんが父さんと結婚するときも、おじさんだけは最後まで反対していたらしい。


「……トップはおじさんだ、……なにかしてもおかしくは無いよな」


 父さんや兄妹が封印されたことについて、おじさんが関わってるかはまだ分からない。でも、候補に入れておいて間違いはないだろう。


「なァスキア。俺ァ悪魔の国に行ったことねェんだがよ、この……霧の里ってェのは」

「ああ、霧の里な。あそこは悪魔の国の中でも観光名所だ。年がら年中里の木は紅葉ばかり。里に行くまで、霧が濃くて素人じゃたどり着けないんだ」

「管理者は……霧亜って家か?」

「あぁ。霧亜きりあ 零士れいじだった気がする」

「一人息子がいるん、だな……ふぅん」


 涼清はまた考え込んだ。その資料を閉じて、本棚に戻す。


『何か見つかりましたかィ?お父上たちは、新しい発見の度にここに来やした。そしてそれを書き溜めて行ったもんがこれです。悪魔の事なら、ここより情報量の有る書庫なんざねェと思いますぜ』

「ありがとうぬりかべさん。俺ら、また何か気になることがあったらここに来てみるよ。春の父親達が残してった情報はまだまだ読み込みきれないしな」

『分かりました!そうしたら、また来てくだすった時は自分、すぐにお通し致しやす!』


 俺たちはぬりかべさんにそう言って、黄泉の国を出ることにした。ここにずっと居てもまだ何も分からない。この黄泉の国に膨大な悪魔の資料があっただけで大収穫だろう。


 下層街に戻り、イザナミ様に話しかける。


「イザナミ様、ありがとうございました。何があるか確かめることも出来たので、俺たちは戻ります。また、来ることがあるかもしれませんが」

『よい。お前たちはここを荒らさない。いつでも歓迎しよう』

「ありがとうございます」

『旧友の息子共に褒美だ。一々狭間から帰るのも面倒であろう。好きな場所へ飛ばしてやろうぞ。どこが良い?地獄か?天国か?家か?』

「それなら……」


 家、と言いかけたところで、次は残りの2人に用がある事をおもい出した。


「神の国、セントラルエリアの国王城前でお願いします」

『ほう。国王に用か?』

「ええ。今は国王代理……です」

『……なんだ、メザミールもやられたのか?』

「……はい。残念ながら」

『そうか、奴が……。仕方あるまい、だが、あ奴がやられた事実は、敵が大きいことも表している。……せいぜい死なぬようにな』

「死んでたまりますか。何がなんでも生き抜きますよ」

『はっ、威勢のいいガキだ。さぁ行け、お前らに時間は無いのだろう』

「ありがとうございます!また、お会いしましょう」


 そう言って、イザナミ様の作ってくださったゲートを潜り、俺たちは神の国へ向かった。

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