思い出

 固く閉ざされていた扉を開けて中を覗くと、そこには何の変哲もないような、少し埃っぽい6畳ほどの和室が広がっていた。


 黒檀で作られた箪笥たんすと、ちゃぶ台、積まれた紫色の座布団、少しくすんでいる畳、そして一つだけ黒檀ではなく檜で作られた大きな扉付きの本棚があった。

 中はホコリとカビの匂いがした。


「うわ.......何年放置されてたんだ、ここ」


 涼清が顔を顰める。


「ボク生まれてから1度も入ったことないんだ.......でも、お父様は入ってた気がする.......」

「てェことは、お前の父さんはここの入り方しってたんだな。他の家族は?」

「お兄さま達は誰も入り方知らなかった」

「ひー.......じゃあざっと100年は放置か.......」


 俺たち4人は、中に入って色々と部屋の中を観察した。すると、スカイがなにかに気づいた。


「んんんーっ?なにこれ、んーーーっ」

「ん、何でそんなに本引っ張ってんだよ、取れるだろ?」

「いやこれ、取れないよ.......ほら引っ張ってみ?」


 スカイに言われたまま、その取れないという本を引っ張ってみる。

 しかしその本はビクともしない。


「なんっっだこれ.......全然取れねー.......」


 その取れない本の背表紙には、「黄泉参り」と書かれている。なんとも不気味なタイトルだ。


 すると春歌が「あっ」と声を出す。


「「黄泉参り」、読んだことあるよ!おかしいな、お父様が読んでくれたんだ」

「どんな内容なの?」

「主人公が、死んでしまった彼女が忘れられなくて毎日仏壇に手を合わせては泣いてたんだ。で、それを見兼ねた黄泉にいた彼女が神様に「なんとかもう一度合わせて欲しい」って頼むんだ」

「よくある展開だな?」


 そしてその男と彼女は無事に1度会うらしいが、それが家の中にあった本棚の後ろから小さな洞穴を進み黄泉に入ってくる.......という物らしい。

 多分考えなくてもわかることがひとつある。


「スカイ、その本引っ張らないで押してみてくれ」

「ん、うん、わかった」


 スカイが俺の言う通りに本を押す。するとカチッと音がなり、案の定本棚が横にズレた。


「うわ.......かっけェ.......」

「男の夢じゃん.......」

「ウチにこんなのがあったんだ.......」


 ほかの3人はポカンと口を開けて驚いている。

 その穴は、雑に掘られた岩壁とは裏腹に、斜めに降りていく階段はきちんと作られていた。

 冷たい空気が流れ込んできた方がまだよかったというものだ、穴からは生暖かい空気が流れて来る。


「なまあたたけぇ.......行くか.......。多分、察するに下は黄泉」

「黄泉ィ?ここからァ?」

「こんなとこから.......」

「黄泉って入口は一つじゃねぇんだ、いくつもあって、意外な所が入口だったりする」


 まぁ、黄泉だった所で、俺たちは人間じゃないわけだし問題は無い.......はず。

 俺はお構い無しに先頭を切って階段を下りる。

 後ろから3人もついてきた。下に行くにつれて生暖かさと暗さが増していき、少し臭いもして来た。糞便の臭いでも腐った臭いでも無いが、どちらにせよあまり好きな匂いではない。


「くっせぇ.......」

「しっかし、長ェな.......」

「これ、山の下まで続いてるならまだまだだよ〜.......?」

「黄泉が人間の世界と同じ次元だとは思えないけど.......どうなんだろうっうわっ!急に止まんないでよビックリしたなぁ」

「わりぃわりぃ、扉があるみたいだ」


 暗くて何も見えないが、石でできているであろう扉がある。


「涼清、明かり頼むわ」

「遅くねェ?ほらよ」

「さんきゅ」


 涼清の指先に灯る微かな炎で、少し扉が見えてきた。


 石でできた扉は、大した大きさじゃないと思っていたが、よく見れば縦にかなりでかい。

 上が微かに見えるが、上には金の看板が付いている。


「春〜.......あの、上のアレ読めるか?」

「うえのー?うん!んっとねー、黄泉、第19の門だって!」

「ほーん.......じゃ、この先に本門があんのかな」

「そうだねぇ、門番さんが居ないのはおかしいもんねぇ〜」

「つか、入口って黄泉比良坂よもつひらさかじゃねェの?出雲の」

「最終的にその黄泉比良坂に着くらしい。原理はよく知らねぇ」

「ほぉん」


 その重そうな石扉を、4人で押して開ける。

 その奥には、今までとは逆で上に登る階段が続いていた。石の階段が上まで続き、上からは光が漏れている。


「ありゃあ、あそこの先が黄泉比良坂ってことか.......」

「なァっげ〜〜」

「うぇぇ.......ここの階段、家の門の階段より幅があるから疲れるよう.......」

「仕方ないよ.......来ちゃったし、登ろう.......」


 4人でぶーぶー文句を言いながら、また目の先の階段を昇っていく。

 下りと違ってまた体力が持っていかれる。


 また十数分掛けて階段を登りきり、景色を見るまもなく一旦息を整える。

 顔をあげると、そこには小さな鳥居とそこに続く石畳が見えた。

 鳥居には「黄泉比良坂」と書いてある。


「つ、ついた.......」

「ガチで黄泉比良坂だ.......」


 ゼェゼェとした息を整え、その鳥居を潜る。

 鳥居を潜った瞬間に、空気が変わった。嫌に重く、暗く、生暖かい。夏だと言うのに暑くもなく、かと言って涼しくもない。気持ちの悪い生暖かさとジメジメとした湿気が肌にまとわりつく。


「嫌な空気だな.......てか、この先の道、こんなだったか?外から見えたやつ」

「いや.......こりゃァ異界だな。普通の人間が入ってもこうはならねェ」

「そうだね.......あ、ねぇ、奥になんかあるよ」

「ん〜?なんだろうアレ〜?」


 石畳を進んだ先には、小さな岩戸が有る。天照が隠れた岩戸とはまた違うだろうが、その岩戸の奥から何か暗いオーラが出ている。


 岩戸の前に着き、しばらく様子を見る。


「多分.......ここが入口、だよな?」

「う、うん。そうだと思う.......」

「父様は、何しにここに来てたんだろ?」


 そう話していると、岩戸が少しずつズレる。だいぶ禍々しい雰囲気が漂う。


「お、おいおい.......大丈夫かァこれ.......」

「こ、ここは気丈に振る舞うぞ.......!」

「う、うん」

「うぅう.......」


『だれだ』


 突然聞こえた低く唸るような声に、俺たち4人はビクリと身をふるわせる。

 岩戸の向こうから、しわがれた手が出てきた。


「ぁ、え、えと」

『だれだ、この異界に入れるのは人外だけだ』

「あっ人外です」

『.......奥の緑の小僧。お前、蓮弥はすやの息子か』

「え?あ!はい!そうです!」


 春歌は元気に返事をして、ピシッと体勢を整える。


『蓮弥は、どうした。紗来さらもおらぬでは無いか。何の用だ』

「えぇと.......父も母も、悪魔に封印されてしまいました。ボクは父や母に何が起こったのか分かりません。でも、隠し呪文で閉ざされていた扉の中の本棚が、ここに繋がっていました。あ、あの、ボクは末の息子の春歌と言います。貴女は.......」


 春歌のその問に、岩戸の向こうの声はゆっくりと答えた。


『.......わたしは、イザナミ。お前らも知っているだろう。今は、ここの門番だ。.......名乗った、お前らも、私に素性を教えろ。春歌はもういい』


 嗄れた声にそう言われ、俺たちは姿勢を正し各々に答える。


「俺は最上級階天使.......えと、セラフィムと同じくらいの地位の天使をやっています、花園・アメリー・スキアです。春歌と同じく、両親と他自分よりも上の兄妹を封印されています」

「僕はスキアの双子の弟のスカイです。職についても経緯についてもスキアと同じです」

『天使か.......。その階級に就いているのに、若いな。いくつだ』

「14です」

『それで仕事が成り立つのか.......。さぞ優秀なんだろうな』

「恐縮です。お褒め頂きありがとうございます」


 俺が受け答えを終えると、涼清が自己紹介をする。


「炎水 涼清と申します。妖怪五柱ようかいいつはしらの1柱、陽狐ひぎつねの炎水家、次男です。今は他と同様、両親と兄を封印されており、当主代理をさせて頂いています」

『.......ほぅ、炎水.......。涼夜りょうやの息子か。1度だけ、蓮弥とここに来た。しっている』

「父と……?」


 涼清は質問を重ねた。


「イザナミ様、春歌や私の父親以外に来ていた人物などは?」

『それをお前に教えてなんになる?……が、まぁいい教えてやろう。涼夜、りょう、蓮弥、五条ごじょうだ。その4人はよく来ていた』

「4人とも……一体、何をしに?」

『そんなに気になるのなら入れ。人外であるならば通そう。ただし、中を荒らしたりはするな。踏めば朽ちる亡者もその辺に転がっている』

「わ、分かりました。ありがとうございます」


 俺たちは言われるがままに、黄泉へと足を踏み入れた。

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