信楽の山

 俺達は時間も惜しく、涼清の家から春歌の家まで直行することになった。

 もう少しで日が傾きそうだ。完全に暗くなる前に着かなければ、道中が面倒な事になる。


「涼清、山には春歌だけなんだよな?」

「あ?おう。けどアソコは霊力が強ぇから、悪霊なんざ入ってこれねェよ」

「そっか。そうだよな」


 春歌は家族の末っ子で、もう残っている家族は居ない。そのため、山には春歌のみだ。

 正直、春歌の家にも行ったことは無い。あの家も、港や光、涼清と同じく五柱いつはしらだが、傘下の妖怪たちは山には居らず、完全に春歌のみしか居ないらしい。

 またその山の妖力や魔力の供給源は森の中には無く、春歌やその一族の誰かが居なければ枯れてしまうらしく、長期遠征のライブの時でも必ず1日1回は帰っている。

 人間にはできることでは無いが、なんせ速さには自信のある人外がグループに4人もいる訳だから、送るのは俺たちがやっている。


「おーっし着いたァ!」


 涼清は山の入口に立つ立派な門を見上げて言う。俺達もここまでは来たことが有るが、この先は入ったことがない。

 目の前に続くのはひたすらに続く石階段。頂上が見えない.......。


「なぁ涼清、俺らこの先には入った事ねーんだけど、どのくらいかかんの?」

「は!?え、お前ら入った事ねーの?マジか.......」

「え、なに、何か問題.......?」


 2人して首を傾げていると、涼清は大きく溜息をつく。


「ここの山は元々神山でな、そりゃあ長生きだった神様が居たんだ。でもその神様も死んじまってな。そのあと信楽家が貰い受けたんだ。んで、元々神山なせいか、初めて来たやつがショートカットしようとするとマジで迷宮に送り込まれるンだよ.......無礼なやつってな」

「「うわぁ.......」」

「覚悟しとけ、かなり長ェぞ。スキア、辛くなったら言えよ、おぶるから」

「ぇ、お、おう」


 涼清の本気の顔に気圧される。それほど長い階段なのか.......。


「俺も今日はちゃんと登るわ。.......ふぅ.......。失礼します、山の精霊よ」


 涼清は山に挨拶をすると、慎重に登り始める。山の湿度は夏ということもあって高く、石階段は苔が生えていて滑りやすい。こりゃあ厳しい戦いになるぞ.......。



 階段を登り始めること数十分。まだ着かない.......。


「涼清.......あとどのくらいなんだよこれ.......」

「あの赤い棒見えっかァ?アレが、山の、半分ってとこだ.......っはぁーー.......」

「やっと半分なの.......?はぁ.......長いよ.......うぅ.......」

「春歌のあの脚力は.......ッアイツ、飛べねぇから、毎回ここ登ってんだ、はぁ.......そのせいでついたんだよな多分.......うぇしんど.......」


 3人で嗚咽を漏らしながら登っていく。ていうか春歌、ここ帰ってくる度登ってんのか.......?他のショートカット使ってんじゃないのか.......??後で聞いてみよう


 またしばらく登っていくと、やっと家が見えた。家の前に立つ鳥居をみて、神山だったんだなぁと思う。コレは魔力の供給源にはならないだろうが、安定化させる為にも残っているらしい。


「はぁ゛ーーーるかぁ゛ーーー.......」


 涼清が死にそうな声で名前を呼ぶ。山はとても静かで、周りの木々の音しか無い。そのために、涼清の情けない声が響く。


 その声で、家の奥から足音が聞こえてきた。


「はぁ〜い.......?ぁ!りょう!」

「俺も.......いる.......」

「僕も.......」


 俺とスカイで手を上げて存在をアピールする。なんで気付いてくれないんだ春歌。


「すかい!すきあも!いらっしゃい!どぉしたの〜?」


 疲弊している俺達とは違い、ゆるゆると朗らかに話す。

 水色の目が「何しに来たんだろう?遊んでくれるのかな?」と楽しみだと言わんばかりにウキウキしている。

 黄緑色のぱっつんに整えられた髪の毛が、周りの木々の色とも相まって、春歌の「山の主」感がすごい。


「あ!階段登ってきたんだ!疲れたでしょ〜あがってあがって!あのね、美味しいお茶があるんだよ〜」

「おぉ〜助かるわ.......!ありがとな春」

「! うんっ!」


 俺がお礼を言うと、何故かとても嬉しそうに満面の笑みで返事をした。そんなに嬉しかったのか.......?


 春歌に案内されて、茶の間に通される。かなり大きい家だ。


「春、ここに1人って寂しくないか?」


 俺がそう聴くと、春歌はにこ、っと笑って


「寂しいよ、そりゃあ。でもね、鹿さんとか、狸さんとかお話してくれるからいいの〜」


 と答えた。


「え、ここ狸とか鹿とか居んのか?登ってる時見なかったけど.......」

「あぁ、表の方には居ないよ!この家の裏にお花畑があるんだー、そこにいつも、妖精さんたちと居るんだよ」


 かなりメルヘンな空間だということしか分からないが、後で連れてってもらうことにしよう。

 俺は少し雑談をした後に、春歌に本題を切り出して、経緯や計画の説明をする。春歌は初めの笑顔を崩すことなく「いいよ!」と一言で承諾してくれた。

 そしてもうひとつ。


「春、あとひとつ聞いていいか?」

「うん!なぁにー?」

「嫌なこと聞くかもしれないが、答えて欲しい。お前の家族が消えた日のことは、覚えてるか」

「!.......うん、もちろん。忘れるわけないよ、兄さんの誕生日だったもん。11月の22日、朝起きたら皆居なくなってた。お母様もお父様も、兄さん達もみんなみんな居なくなってた。でも靴もあるし、その日はお休みの日で僕はお昼過ぎてから起きたんだけど.......朝ごはんを準備してる様子も、飲みかけの珈琲と緑茶もあった。.......皆みたいに何かがあった訳じゃない、ただただ、消えてた」


 春歌は俯きながら教えてくれた。さっきまでの明るい笑顔も無くなっていた。しかし直ぐに顔を上げて笑顔になる。


「それが、どうかしたの?」

「その.......。俺たちが被害にあった日時は11月21日の夜23時、日本組が被害にあったのは、まだ涼清にしか聞いてないが昼の14時だったんだ。何か他に覚えてはいないか?」

「あー.......んーと、たしか、用意されてたお茶も珈琲もご飯も、冷たいわけじゃないけどぬるかったのは覚えてる。それで時計を見て、たしか.......ええと.......15時少し前だったと思うな。よく覚えてはいないけど.......」


 春歌はたどたどしくも記憶を辿る。そりゃあ無理もない、5歳だったんだから。

 それを聞いて涼清が口を開く。


「他のヤツらにも聞いてかねェとだが、もし全員が同じ時間帯だとしたら、何か分かるかも知れねェ。少なくとも、相手が仲間内でグループで、狙ってコレを行った事はわかるってワケだ。それに、.......すげぇ辛いことになるかもしれねェし、危険な事だけどよ、こうに頼んで過去に行って、正確な時間を見るのと一緒に、詳細な物も見てきたい.......と思う」


 一気にそこまで語ると、春歌は顔を緩ませて笑う。


「.......分かった。ボクは構わないよ。親達に何があったかも分からないし、見ておかなきゃダメだと思う。.......あ、そうだ。3人とも、来てもらったついでに見て欲しい所があるんだ。いい?」

「あぁ、いいが」

「ありがとうスキア。こっちに来て欲しい」


 春歌は立ち上がり歩く。俺たち3人は春歌に着いていく。

 すると家のかなり奥まったところに着いた。家の中で一際くらい細く古い廊下を歩くと、突き当たりに木で出来たボロボロの扉がある。引き戸だが、古くなっていてかなり開けにくそうだ。


 案の定、春歌は力いっぱい引っ張っても、自慢の脚力を使って踏ん張ってみても開かない。


「こりゃあ難敵だな.......」


 涼清がそう言うと、春歌は頷く。

 しかし、俺は何かその扉に気配を感じた。

 何か、呪文が掛かっている気配がする。


「なぁこれ、古いのもあるかもしれんが、術が掛けられてるぞ」

「え!?そうなの!?」


 春歌は目をぱちくりさせる。


「あぁ。ここ開けていいんだな?多分古くて立て付けは悪ぃから、解けたら開けるのは手伝ってくれ」


 俺はそう言って春歌と場所を代わる。

 扉の前に立ち、腰のポーチに入れておいた透明な石をふたつ取り出し打ち合わせる。

 カチッと鳴らした後、その石で扉に紋を描く。

 扉にかけられている術は言葉ではなく透明な紋で出来ていた。ならば紋で解く。

 解術の紋を描き、扉に手を当てて自分の魔力を注ぎ込む。


 その途端に、俺が描いた紋と一緒に、透明に描かれていた閉ざし術の紋も浮き出て弾け消えた。


「ほい、解けたぞ。涼清手伝え」


 この中で1番筋力があると思われる涼清と一緒に、立て付けの悪い扉を開けて、中を覗き込んだ。

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