怖い夢

 雨の音がする。

 さっきまで晴れていたのに、車の外からは雨の打ち付ける音。

 でも、車内は家族の声で賑やかだった。大きめのワゴン車に両親と兄妹たち。楽しいドライブの帰りだ。


「ひかる、帰ったらなにするー?」

「ひかりとお絵かきしたい!」

「いいよー!」


 .....あぁ、あの時の記憶だ。

 とてつもなく嫌な記憶.....。


「おとーさん、おとーさんのお歌聞きたい!」

「え〜?今日CD入ってないよ〜」

「うたってうたってー!」

「仕方ないな〜、んー、どれがいいのー?」

「んと、1番あたらしーやつ!」

「はいはい」


 懐かしい父の歌声。

 今でも、俺がケータイに入れてずっと聞いている歌。


「何時何があっても、君達を守り続けるよ

 愛しいから、何があっても

 もしも1人にすることがあるなら、嫌いって言ってくれないか」


 ねぇ父さん、それ、誰に向けた歌だったの?

 分かっていたの?ねぇ、父さん。


 車の中は、相変わらずにぎやかだ。


 それが ずっと続けばよかったのに.....。


 俺の耳に、嫌な音が聞こえた。ゴロゴロ.....という、嫌な低い、何かが転がる音。

 こんな時だけ、自分の耳の良さが嫌になってしまう。


「ねぇおねぇちゃん.....何かきこえるよ.....?」

「ええー?なぁに?」

「ごろごろって.....」

「そんな音聞こえる?愛季あいき

「んー?...んーん聞こえない」


 でも聞こえるんだよ、お姉ちゃん

 ほらまた、どんどん近くなって.....


「おとーさん!!上からなにか」


 言いかけたところで、もう既に遅かった。

 車は何かに押しつぶされて、凹んで壊れて、人が沢山降ってきた岩に潰された。

 俺とひかりはシートに隠れて、隙間に入れたから何とかなったものの、姉も、兄も、父も、母も無残に潰されて、その場に血溜まりを作った。


 隙間を抜け出して、その凄惨な空間に出た。

 もう兄も姉も母も父も、動かない。息はしているみたいだけど、異常に弱っていて、誰も動かない。


「お、おと、さん」


 震える声で父を呼ぶ


「ひ、かる.....ひかり.....」


 父の掠れた苦しそうな声が聞こえた。


「にげ.....なさい.....。はやく、ここからっ.....走って、.....にげて.....」

「な、なんで?どして?」

「お父さんが.....こんな岩で、こんなになると、ひかるは思う、か?」

「ううん、お父さん強いもん!なのになんで.....?」

「ごめんなひかるひかり.....、逃げて、逃げて.....」


 父の言葉に、従うしかなかった。

 言う通り、走って家の方に向かう。振り向くと、岩の下敷きになった家族は、死の際の消失とはまた違う、緑の光に包まれて消えた。



 *



「っ.....!!」


 あっつい。寝汗がひどい.....。

 息も乱れてる.....、胸が苦しい.....。


「っ、は.....だ、れか...っ」


 不規則に止まったり早まったりする鼓動が苦しくて、そしてだんだん酷くなり始める。

 誰かいないのか、誰か、助けて.....!


ひかる!大丈夫!?」


 ぼんやりした視界から見える水色の髪.....。

 声から、して、スカイかな.....


 あぁもうダメだ...意識がもたない.....


「スカイ.....っ、た、すけ....」


 言い終わる前に、俺の意識は落ちた。



 それから何時間経っただろうか。自然に目が覚めると、焦点の定まらない視界の中に2つの水色と、ひとつの茶髪とが見えた。

 音も不鮮明だけど、だんだん聞こえるようになってきた


「あ!光、起きた?」

「よかった...起きねーかと思った...」

「光様良かった...!!」


 スカイに、スキアに、首無...。

 それと、その少しあとに聞こえてきた親しんだ声


「お兄ちゃん!!」


 ひかり...。


「良かった...目が覚めたんだお兄ちゃん...!」

「ひかり...お友達の家じゃ...無かったのか...?」

「お兄ちゃんしんどいのに、そんな事言ってらんないよ!よかったあ...」

「...ありがとうなぁ...」


 目は覚めたけど、まだ苦しい。

 4人の心配そうな顔に、申し訳ないと思った。


「.....大丈夫...、もう...」

「本当に.....? 光、無理したらダメだよ?」

「おう.....、心配、掛けたな.....」


 そして俺はまた、目を閉じた。



 それから何時間眠っていたのだろう。外はすっかり暗くなっていた。

 ふと隣を見ると、あの4人じゃなくて、また別の女子が居た。


「.....あれ.....?海.....」


 青い髪が月の光に照らされている。横だけが長い髪の毛が、そよそよ外の風に靡いている。


「ん...あ!光!起きた?良かったー!」

「どして...お前がここに?」

「だって、光が発作起きて、目を覚ましたけどまた眠っちゃってずっと起きないって聞いたから心配で...」

「そ、か...ごめんな、もう平気。てかもう暗いぞ?大丈夫なのか?」

「平気だよ、ママには光の所に行くって言ったし、明日の朝には帰るから」


 泊まってくんだ...そうだよな、もう暗いし、送っていくにしても俺は本調子な訳では無いしそれが一番いい。

 夜の京都は怨霊や悪霊、人を食う妖怪もまだ多い。

 海は人ではないが、それでも弱いことに変わりはない。


「生憎なんだが...今客間はスキアとスカイが居てな.....お前が寝る部屋が無いんだよ。どうする....?」

「そうなのー?んー、じゃあ光の部屋でいい?」

「えっ」


 なんでだ!?いいのか俺の部屋で??

 確かに広さはあるけど...いやでも一室の中に中学生とはいえ男女が二人きりってのはあの、えっと如何なものか.....!


「え、でも、いいのか??俺の部屋布団の予備とか無いんだが...」

「光のとなりー!いぇーいふかふかー!」

「お、おい!?ちょ、おまっ」

「なーにー?」

「.....っ、はぁ.....仕方ないな。いーよ。.....寝るぞ?」

「うん!おやすみ光!」

「おやすみ」


 突然俺の隣に入ってくるか普通...?

 そうして、ふと隣の海を見れば早いこともう寝息を立てている。


「早すぎ.....」


 そんな事を呟きながら、海の寝顔を見つめる。

 あぁ、そうだよ。俺は海のことが好きだ。けど、きっと海はそうは思っちゃいない、俺を男だとも思ってないかもしれない。

 けど、それでもいい。

 俺は、みんなを置いて先に死んでしまう。なんで分かるかって?

 .....そういう呪いがかかってるからだよ。生まれた直後、俺の体に怨霊が入り込んだ。その怨霊は俺の命を蝕んで、病と呪いを残した。

 俺は皆の半分しか生きられない。

 だから、海ともし付き合えたとしたって、悲しませる事になるだろう。

 ならいっそ、海は他の人と付き合ってくれていい。


「.....もう、いい人早く見つけろよな」


 深く眠って、起きない海にそう呟く。

 そうやって心配してくれんのも、仲良くしてくれんのも嬉しいよ。


 でも、俺じゃあダメだよ。...だから早く、いい人見つけてくれよな。


 そうして考えてるうちに、俺も眠くなってきた。

 隣に人がいる久々の感覚の中で、珍しく、すぐ眠りについた。






「.......光のばか.....」

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