第9話 雨雲を斬る
最近、大友さくらの様子がおかしい。
昨日は運動場の中央で木材を組んでキャンプファイヤーみたいに燃やしていた。
その前日は鮭の着ぐるみを来て川を遡上していた。
そして、今日は……
その日、島津瑞穂は自宅の居間で家族とテレビを見ていた。
「今日は父さんテレビを造ってみたんだ」
父は器用だった。早速完成したテレビの電源を入れると、画質も良好で電波をしっかり受信している。
「やったぞ今回は成功だ」
父は嬉しそうにチャンネルを回して三ノ宮テレビに合わせる。
「やぁみんな筋肉天気予報の時間だぜ」
テレビの中では筋肉天気予報士が天気予報をしている。
「そうこれだよこれ。これが見たくてテレビを造ったんだよ」
ちなみにこの筋肉天気予報士は島津家のマッチョ野郎達とはまったく無関係の筋肉である。
「来週の六甲山の天気はなぁ。う~ん、雨だぜ」
「ちょっと待った。その天気予報認めない」
ぼんやりとテレビを眺めていた瑞穂だが聞き慣れた女子の声が。テレビの画面には見慣れたドレスに見慣れた刀を帯びた姿。だが、その顔は般若面で覆われている。般若面の女は刀を抜くと刃先を筋肉天気予報士に突きつけた。
「来週の六甲山は晴れにして。でないと斬るよ」
般若面で顔を覆われてこそいるが、これは明らかにさくらだ。
「もしかしてこいつ最近ウワサの辻斬りジャックじゃないか」
とか父は言いだしたが、これはさくらだ、多分。般若面の女は筋肉天気予報士に天気を晴れに変えさせると、すみやかに画面から出ていった。
それにしても何がさくらをそんな奇行の道へ追いやったのか。瑞穂の頭の中でいろいろな考えがよぎる。もしかすると度重なる強敵との戦闘がさくらの精神を追い詰めていたのではないか。ならば、さくらを危険な世界に引き込んでしまった自分にも責任があるのではないか。その仮説が瑞穂の首をゆっくりと絞めるかのように纏わりつく。
もし本当にさくらが戦いたくないというのなら引き留める事は出来ない。だとしたらさくらは自分と同じプリティ・ヘルでもなくなる。さくらはそれでも友達になってくれるのだろうか。それだけが瑞穂にとっての不安であった。
それからテレビが爆発した。
「また失敗かぁ」
その翌日、瑞穂は学校でそれとなくさくらを問い詰めた。
「大友さん昨日テレビ出てませんでしたか」
「えっなんの事かな」
「鞄から般若面の角が出てますよ」
「えっウソ!?」
慌てて鞄を確認するさくら。もちろん角が出てるなんて嘘である。
「やっぱり、昨日のは大友さんなんですね」
「HAHAHA」
さくらはもう笑うしかなかった。
「一体どういうつもりです。プリティ・ヘルの力をあんな事に使うなんて」
「あんな事じゃないよ。来週は遠足なんだよ。それなのに雨なんて天気予報が言うから」
今度は一転して怒りだしたさくらだった。そこで瑞穂は全てを察した。
「それじゃあ、来週の天気を晴れにしたいから天気予報を変えたっていうんですか」
「そうだよ、それが正義。気象庁にも毎日電話してるし儀式的なことだって毎日してる」
「とりあえず気象庁とかに言ってもどうにもならないと思うけど……」
「それじゃあこの怒りはどこにぶつけろと言うの」
「えっそれは……」
なんとも答えにくいさくらの問いに言葉の出てこない瑞穂。
「それじゃあ今日も雨を降らせない方法調べに行くから」
と言ってさくらは下校してしまった。
雨を降らせない方法なんて瑞穂にはわからない。そして、なによりさくらがあそこまで遠足に執着する意味が分からなかった。
瑞穂は幼い頃から冷凍タチウオ剣術の遠征で各地に出向いていたし、大きくなった今なら自分一人でどこへだって行ける。だから何も遠足にそこまでこだわる事はないと思っている。考えれば考えるほどに不可解な沼にはまっていく。そんな中で一つだけわかる事があるとするならば、それはすぐにさくらの奇行を止めに行かなくてはならないという事だ。
さくらはどこへ行ったのだろうか。雨を降らせない方法を調べに行くと言っていた。図書館、ネットカフェ、消費者センター、明陽市内のそれらしい場所をくまなく探した瑞穂だが、それらしい姿はどこにも見当たらない。
さくらを探して街をさまよっていると既に夕暮れ。市街からよく見える天文台の大きな時計が午後五時を告げる。天文台…………、これだ。
瑞穂は天文台へ奔った。明陽市には丘の上に天文科学館があり、そこの大きな時計の付いた天文台は市のランドマークなのだ。瑞穂は道中を阻む山賊達を軽く蹴散らし、天文台に乗りこんだ。
「だからねぇお嬢ちゃん。天文台に言われても天気は変わらないんだよ」
「じゃあどこに言えばいいのさ」
「気象庁とかじゃないかな」
「もう言ったっ」
やはりさくらはそこにいた。しかも職員の人と揉めている。瑞穂はすかさずさくらを後ろから羽交い絞めにすると
「すいませんご迷惑お掛けしましたぁ」
と謝ってからさくらを回収した。
「瑞穂さん、止めんでくだせぇ」
「駄目ですよこれ以上迷惑かけるのは」
「でも遠足が」
「どうしてそこまで遠足にこだわるんです。六甲山だったらいつでも行けるじゃないですか」
ついに瑞穂はずっと疑問に思っていたことを聞いた。羽交い絞めにしながら。
「だって学校で、遠足で、みんなで、瑞穂さんと一緒に六甲山に行くのは来週だけなんだよ。だから私はその一期一会を大事にしたいの」
さくらは答えた。羽交い絞めにされながら。
「そうですか、その一期一会を大事にする精神は見事です」
実際のところ、瑞穂はさくらの願いを完全には理解出来ない。それでも、さくらの熱意は理解出来るのだ。だからこそ思った、さくらの力になりたいと。
「だったらいい場所がありますよ」
「いい場所?」
瑞穂がさくらを連れていったのは神戸市須磨区の綱敷天満宮であった。
「ここは昔、試合前に私がよくお参りしていた神社です」
「神様とか信じていいの?」
いまいち信用していないさくらの顔だ。
「確かに神頼みかもしれません。でも、やれることなら神頼みだってなんだってしないと後で後悔しますよ」
「ありがとう。でもやっぱり当日が雨だったらやりきれないものがあるよ」
「どうすればいいんでしょうね、この気持ち」
ただ行き場のない怒りだけが宙に浮いている。神社に誰かが来たのはそんな時だった。
「ヒヒヒ、女が二人もいるじゃねぇの」
そいつは男だった。血のついた刀を手にしている。
「お嬢ちゃん達知ってるだろ、最近ウワサの辻斬りジャックって。俺がその辻斬りジャックなんだよねぇ」
「はぁ、それがどうしたんですか」
「辻斬りくらいで大きな顔しないでよ。こっちは今大変なところなんだから」
とプリティ・ヘル達は犯罪者にまともに取り合わない。
「まだ、分からないのかい。今から血の雨を降らせるんだよこの刀でなぁ」
辻斬りジャックは刀を舐めてウインクをした。
「えっ雨?」
「どうやらこの行き場の無い怒りの矛先が決まったようですね」
二人は刀のキーホルダーを手に取り、プリティ・ヘルへとその姿を変える。
「あっお前らプリティ・ヘルぅぅ」
さくらは刀を地面に突き刺すと飛び出した。
「丸腰で斬られてぇのかい」
「大友さん危ない」
瑞穂の心配は杞憂だったようだ。さくらは辻斬りジャックの大振りの一太刀を軽く飛び越えるとそのまま顔面キック。辻斬りジャックは宙を飛んだし、血の雨が降った。
遠足当日の空は鮮やかなスカイブルー、見事な晴れである。二人の願いは天に通じたのだろうか。
「良かったですね」
「うん」
タイヤも軽やかに遠足バスは六甲山へと向かう。そこでバスジャックにあったのはまた別の問題なのだが。
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