第8話 鋼鉄三昧

 住宅街は相変わらず平穏な顔をしている。そこが指定暴力団雲仙会会長の邸宅の前であったとしても。

 ある平日の夕方、大邸宅の前に一台のタクシーが止まる。


 門の前を固める三人の組員が異変に気づいたのと、タクシーから人が飛び出したのは同時だった。コスプレ、美少女、白刃、それらを組員が認識したのはプリティ・ヘルの二人に斬られた後だ。

 戦意を喪失した組員は置き捨て、大友さくらと島津瑞穂は邸宅の扉を蹴破り侵入。


 突然の襲撃者に雲仙会は大混乱に陥る。大きな音を聞き、日本刀や拳銃を手に組員達が玄関に駆けつける。しかし、彼らが目にしたのは既に倒された二人の構成員だった。

「おいっおめぇら大丈夫か」

「きゃ~~ヤクザよ~~」

 倒れていた二人には既に戦意がない。

「くそぉ駄目かやられてる」

「あっあっアニキ……後ろ……」

「あっ?」

 アニキ分ヤクザの後ろにあったふすまが音もなく開いていき、居間からプリティ・ヘルのさくらの姿が。それも刀を降りおろす姿だ。


 さくらは数人の組員を始末すると、何かを探す様に手当たり次第に部屋に立ち入る。さくらが奥へと踏み込んでいくほどに、組員の気配を強く感じた。だが、それがさくらの脳を刺激する。そして、「バナナ倉庫」の札がかけられた部屋のふすまを開ける。中では七つの銃口が首を揃えて待ち構えていた。待ち伏せだ。

「死ねやぁ」

 真ん中のヤクザが叫ぶと他の六人も一斉に照準をさくらに合わせる。

 一瞬の判断。さくらが畳のへりを踏み抜くと、畳が立ち上がりその姿を隠した。

 少し遅れて七つの発砲音。銃で撃たれ力尽きるかの様に畳が倒れる。しかし、そこにさくらの姿はない。

「いないっ」

「逃げたか」

「絶対に逃がすなよ」

「極道をなめやがって」

「ん?あっ」

 ヤクザの一人は天井からぶら下がってる逆さまのさくらと目が合った。それで、次の瞬間にはさくらが落ちてきて華麗な着地。一瞬でヤクザの懐に入っている。舞う様に白刃を振るい、七人の悪意が斬り倒されるまで七秒も必要としなかった。


 雲仙会会長の部屋は屋敷の奥にある和室だった。そこでドールハウスを組み立てているのが雲仙会会長だった。そんな会長の静かな午後はガラスの割れる音と数発の銃声、踏み込んでくる若頭の声に打ち破られた。

「オヤジ大変だ」

「騒々しいぞ。こっちは忙しいんだよ」

「ついに来たんですよ。うちの組にもアイツらが」

「まさか……あっ」

 障子紙の向こうに人影が現れる。若頭が振り返って見た光景は、障子紙から自分の身体に貫き通された刀であった。若頭は背中から倒れ

「ドールハウスって素敵ね」

 戦意の喪失した瞬間だった。

「どこの組のモンだてめぇ」

 障子が開き、そこで初めて瑞穂がその姿を見せる。

「私達は正義の使者、プリティ・ヘル」

 その立ち居振る舞いは優美にしてなんとも冷たい眼をしている。

「噂は聞いている。最近、明陽市内の暴力団事務所ばかりを襲撃している乱暴者。何が狙いなんだ」

「別にあなた達には興味ありませんから。そうですね、理由があるとすればあなたが悪で私達が正義だから……ですかね」

「ちくしょう」

 瑞穂はごく作業的に会長の悪意を斬って捨てた。

「おーい、こっちは終わったよ」

 組員を一通り片づけたさくらは会長の部屋に入る。

「こっちも片付きましたよ。あとは……」

 二人の用事はまだ済んではいない。もみじ饅頭を食べて少し休憩。


「見事なものだな。たった二人でこれだけの数を」

 二人が待ちわびた男の声。山善左衛門がどこからともなく現れたのだ。

「やっと来てくれたんだね」

 さくらは興奮して言った。

「明陽市内の暴力団を五十音順に襲撃する女子二人組。それも白昼に正面から、出来るだけ派手に。まるで我々に見つかるためにやっている様だな」

「そうだよ」

 さくらが即答する。

「こうしたら絶対やって来てくれるって私が考えたんだよ」

 これは我ながらナイスアイデアだとさくらは思っている。

「それは成功した様だが、どうしてわしを呼んだんだ」

 そこで会話に割って入ったのは瑞穂だった。

「少し、話をしませんか。ここではない静かな所で」



 二人が善左衛門を連れて来たのはいつもの海岸の公園だ。平日の夕方ということもあって、暇そうな老人や犬の散歩をしている主婦がわずかに歩いているばかりだ。

「それで話とは」

「単刀直入に聞きますが、あなたはこの刀を奪ってどうしようというのですか」

 瑞穂が敵に見せる顔はとても冷たい。夕日に彩られた印影のせいだろうか。

 そして、善左衛門は少し困った顔をする。

「それがな、実はわしもそれをどう使うのかよくわからんのだ。だが、我々の首領はそれを欲している。一族の悲願を達成するにはそれが必要なのだと」

「一族の悲願って」

 さくらと瑞穂は顔を見合わせた。デカいクリスマスツリーを造る事なんじゃないかとさくらは密かに考えていた。


「おっと、話がすぎたかな。これ以上はお前達が知る必要もない事だ」

 善左衛門はここで話をやめて例のキセルを咥える。そのたたずまいに一点の隙もない。

「いいよ、どうしても刀が欲しいなら私達に勝ちなよおじさん」

 さくらは戦闘が始まる直前の独特の雰囲気を感じ取り、楽しくなってきた。

「随分と自信があるようだな」

「だって勝算あるし」

「この忍法霞地獄をどう破る」

 善左衛門が大きく息を吸ってからキセルを吹くと、火山の噴火のように煙が噴き出す。それに応じて二人は後ろへ大きく飛び、無駄に空中で一回転してから海に飛び込む。

「水の中なら煙も追えないか。だがそれでどう勝つつもりだ。むっ……」

 海面が盛り上がり、直立不動でせりあがる二人。

「海面に立っているのか……いやっ違う」

 二人の足元には兵庫大仏の様な大きな鋼鉄の手が見える。それは魔人の如くに大きな腕だった。腕だけではない。海中からはその禍々しい魔人のような鋼鉄の顔が、体が波濤を割って現れる。

「なんだこれは……」

 唖然とするしかなかった善左衛門は口からついキセルを落としてしまう。もっとも、この十数メートルはあるかという鋼鉄の魔人を前に忍法霞地獄ではどうにもならないが。

「やっぱり正義のヒーローって言ったら巨大ロボだよね」

 戦隊モノとかを見たことないさくらでもそれくらいは連想するほどに、これは定番でごく自然な流れなのだ。とても自然な流れだ。

「まさかプリティ・ヘルの奥義が巨大ロボを呼び出す技だったなんて」

 瑞穂も我ながら驚いているようだ。

 ちなみに巨大ロボは顔の側面の扉から操縦席に乗りこめるのだ。


「じゃあ始めようか善左衛門さん」

 こんな巨大ロボで戦えるなんてまるでゲームの様で、とてもわくわくするさくらだった。

「始めるって何をだよ、一方的な虐殺かぁ」

 善左衛門はやけくそになって手裏剣を投げたが、むなしい金属音だけが響いていた。

「さぁ、裁きの時間です。くらいなさい」

「プリティ・ヘルズハンド」

 さくらと瑞穂は事前に練習していた口上と技名、そして正義の鉄拳で善左衛門を吹っ飛ばした。

「おわぁぁぁ」

 悪の心は消滅した。


 これで全て終わったと思った二人だったが。

「そこの巨大ロボは制止しなさい」

 海の向こうから拡声器の声だ。

「我々は海上保安庁だ。届け出の無い巨大ロボは認められない。今すぐ投降しなさい」

 海上保安庁の巡視船は悪ではないので戦う事は出来ない。観念した二人は巨大ロボから降りた。二人は四十分くらい海上保安庁のおじさんに説教されてから解放された。ちなみに巨大ロボは押収されてしまった。


 なにはともあれ山善左衛門に勝ったのでよかったと思うさくらだった。


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