第7話 いまいちな日
なにをしていても同じ事を考えてしまう日というのは存在する。たとえアイスクリームを食べている休日でも、それが銃弾の飛び交う往来でも、プリティ・ヘルとして正義の刃を振りかざしていても。島津瑞穂はまだ数日前の敗北を忘れてはいなかった。
「危ないっ」
武装ゲリラの一人が瑞穂に銃口を向けたので、大友さくらは咄嗟に瑞穂を突き飛ばした。
乾いた発砲音だけが虚しく鳴り響き、弾丸は空をかすめていく。さくらは武装ゲリラ達の落とした銃を拾い応戦する。
「ちょっと、戦ってる時に気を抜いちゃ駄目だよ。リアルだと回復してあげられ無いからノーダメージで倒してよね」
とさくらが忠告するが
「はい、すいません」
と瑞穂は上の空で返す。瑞穂だってそんな事はわかりきっているのだが。それでも、まだ意識は数日前の敗北に囚われたままだ。
武装ゲリラと戦った日の夜、瑞穂の時間は静かに過ぎていく。
台所の戸棚からは家族の人数分、四つのグラスを取り出す。照明の柔らかな光がカットグラスの切り込みに反射してきらきらしている。
この日何度目だろうか、瑞穂は今日ではなくあの日の戦いを振り返る。山善左衛門と名乗る男は明らかに自分達より格上だ。
あの妙な煙を出す「忍法霞地獄」自体は持続性の短さと煙の性質を考えれば攻略出来るかもしれない。だが、あの男の身のこなしは本物だ。一体どれ程の鍛練を積めばあの域に達するというのか。かつて武に身を置いていた瑞穂でもそれは計り知れない。
グラスのきらきらに薄い緑が注がれ、滴の跳ねる音が涼しさを彩る。四つのグラスを盆に載せ、瑞穂は居間へと戻った。
「お父さんの好きな玉露を入れたよ」
「ああ」
優美で儚げな瑞穂とは似ても似つかない、武を擬人化したような厳つい男が瑞穂の父親だった。だが、その口調は見た目よりもずっと穏やかで
「瑞穂よ、心のどこかに迷いがあるな。今日の玉露の味わいには僅かだが淀みを感じる」
核心を突かれ、瑞穂は思わず全身がこわばる。
「どうだ瑞穂、違うかね」
「綾鷹です」
「えっ……」
「お茶……」
「うん……」
父と瑞穂が無駄な対話を続けていると、庭の手入れをしていた母と部活から帰ってきた弟も居間に入って来る。
母は瑞穂と顔立ちが似て、気品ある趣を感じさせる。弟は今年中学一年生になり、どことなく雰囲気が犬とかに似ている。
さて、家族が揃ったところで父がある提案をする。
「今日はみんな揃っているし外に食べに行かないか。実は近くにいい寿司屋が出来たんだ」
父の提案に瑞穂も異論は無い。ただ近くに寿司屋が出来ていた事は知らなかった。
家族が支度を済ませると父はなぜか普段通らない蔵の方へ歩き出す。その方向はまずい、蔵には魔物のような奴等が住み着いているのだから。もし鉢合わせでもしたら一大事だ。
瑞穂はマッチョ野郎達が出歩いていない事を祈りながら父の後に続く。するとどうだろう、蔵の前にはマッチョ野郎達こそいないが人だかりが出来ている。
「お父さん、これは一体」
「ああ、ここだ。ここの寿司がなかなかうまいんだ」
「野郎寿司」それがこの店の名前だ。自宅の蔵は寿司屋に改装されていた。しかも中に入るとそれなりに客がいる。
「お帰りなさいまっせ。おお瑞穂殿ではないか」
マッチョ野郎のチョコが当たり前の様に寿司を握っている。チョコだけでなく他の六人も仕事をしている。
「これは何事ですか」
「瑞穂殿があまり出歩かないで欲しいと申されるので、このハウスを寿司屋にしたのだ」
と今一つ納得のいかない答えが返って来るし、家族からは
「お前達知り合いだったのか。っていうか友達とかいたのか」
「すげぇ筋肉だカッコいいぜ」
「それでここのおすすめは何かしら」
と口々に情報が飛んでくる。もはや瑞穂の頭では処理しきれない情報量だ。なのでここは黙って寿司を食べる事にした。地元明陽市の漁港で水揚げされた新鮮な魚が使われていて美味しい。
さて、瑞穂は一通り寿司を食べた。この事態を頭の中で整理しようと思い立ったのだが。
「お帰りなさいまっせ」
この事態をさらにややこしくするかの様に来店したのはさくらだった。
「おお、さくら殿も来られたか」
「もみじ饅頭ください」
「へいもみじ饅頭」
瑞穂はなんかもう卒倒した。
瑞穂が目を醒ますと背中に木の硬さを感じた。野郎寿司の椅子で寝ていた様だ。
「あっ起きた」
見下ろしてくるさくらと目が合う。
「おおっ無事でおられたな」
マッチョ野郎達もいる。客はいないので営業時間は終わっている様だ。
瑞穂の頭には色々な事が浮かんだがこれだけは言いたかった。
「どうして人の家の蔵で寿司屋をしているのですか」
「ショコラニアでもジパングの寿司は有名なのだ。だから寿司がいいと思った」
もうこれ以上詮索することは諦めた瑞穂だった。
だが、この機会に聞いておきたい事は別にある。
「先日、私達の刀が怪しい男に狙われました。妙な忍法を使う実力者」
「そうだよね、忍法霞地獄とか言ってたね」
その話を聞き、マッチョ野郎達が急に顔を青くする。
「もしや、それは不知火忍法なのでは」
「知っているんですか」
「ああ、恐らくその男は不知火の民だな。やつらはショコラニアに住む少数民族だ。それも脅威の暗殺術を代々受け継ぐ危険な存在なのだ」
「そんな、少数……民族…………」
さくらは驚き、手からスマートフォンを落としてしまった。
「そして、その中でも殺しの奥義「不知火忍法」を代々その名と共に受け継いで来たのが不知火七忍衆だ」
「あっそうなんだ」
ここでさくらはある事に気がつく。
「七忍衆って事はあんなのがあと七人いるって事なの」
「六人でしょ」
「そうだ、あと六人くらいいる」
「山善左衛門」
「駒木根友房」
「蘆塚忠兵衛」
「田崎刑部」
「栖本左京進」
「有馬休意」
「大矢野松衛門」
「いずれもその実力はもはや人を超越しているという。我々ショコラニアの戦士ですら勝てる気がしない」
チョコ達はいつになく弱気になっている。瑞穂も当人を目の当たりにしているので、それも無理もないと思える。
「その不知火七忍衆達がどういう理由があって私達の刀を狙って来るって言うんですか」
「さあ、その刀はいろいろ奇跡を起こしてるからな。本人達に聞いた方がいいんじゃないか」
「やはり不知火七忍衆とはいずれまた戦う事になりそうですね。でも、もう一度戦っても勝てるかどうか」
「それがな、ジャジメント・ヘルにもとっておきの奥義があるのだ」
「そういうのは早く言ってくださいよ」
同刻、明陽市内山間部の廃工場には異様な臭いが充満していた。頭巾の男は手に木の棒を持ち、黒い液体の煮えたぎる鍋をかき混ぜている。その傍らには不知火七忍衆と謎の女の姿があった。
「それで、そのサインだけを貰って取り逃がしてしまったと」
頭巾の男が言った。
「申し訳ありません。次こそは必ず裁きの宝刀を奪って見せます」
山善左衛門はただ平伏するばかり。
「未熟者めが、修行が足りんわ。サインはそのあたりにでも飾っておけ」
頭巾の男は鍋の中の液体を杓で掬うとご飯の乗った皿にかけた。
「六道斎殿、これは」
「このジパングで有名なカレーライスというものらしい」
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