第6話 つけもの

 電車のつり革がつけものだったら怖いしくさいって大友さくらは思う。

 しかしその朝、さくらのつり革はたくあんだった。スマホのゲームに熱中しすぎて、降りる時まで気が付かなかったがたくあんだった。

 この頃、明陽市では電車のつり革がつけものにすり替えられる事件が多発している。なんでも怪盗つけもの男爵の仕業らしい。


 さくらは駅で友人の海山幸と遇い

「なあ聞いたか。またプリティ・ヘルって奴らが現れたらしいぞ、ってうわっお前手臭いなあ」

 って言われた。

「午前の太陽はたくあんの色だったんだよ…………」

 さくらは遠い目をして言った。


「それよりさぁさくら、今日の放課後にピッツァでも食いに行かねぇか」

「学校の近くって美味しい店あったかな」

「最近駅の近くにイタリア幕府って店が出来たんだぜ」

「う~ん、実は放課後は予定があるんだよねぇ」

 さくらは島津瑞穂に呼び出されていた。



 放課後、市民体育館の一室にさくらと瑞穂はいた。二人はジャージを着ている。

「今日はプリティ・ヘルとして訓練をって大友さん手臭いですよ」

「黄金の心、それはたくあん…………」

 さくらの心にはまだ深い傷が残っていた。

「そんな事より今日はプリティ・ヘルとして訓練をしましょう。これさくらさんの分です」

 と言って瑞穂は丸めて棒状にした紙を渡してくる。瑞穂も同じ物を持って構えている。

「そういう事か」

 これは練習試合なのだ。


「うわー」

 さくらは紙の剣を振るい瑞穂に挑むもののあっさりとよけられてしまう。

「おらおらおらぁ」

 とさくらは紙の剣で瑞穂を追いかけるが全く捕らえる事が出来ずむしろ

「そこですっ」

 と背後から瑞穂に一本取られてしまった。

「先日の戦いぶりはどうしたのですか。まるで別人の様ですよ」

「そんな事言われてもなぁ」

 どうにも気持ちが乗らないさくら。自分でもプリティ・ヘルの時の自分は何だったのかと思う程だ。


「そんな事では明陽市の平和は守れませんよ。私達の相乗効果はおよそ五倍になるはずだというのに」

 瑞穂は謎の数値まで持ち出して力説している。

「これはデータを修正しなくては」

 と瑞穂はノートに何かメモまで取っている熱心さだ。

「瑞穂さんそのノートはなんなのさ」

「これですか。これは私達のこれまでの出来事をノートにまとめて情報を整理してみたんです」

「おおぉ几帳面だ」

「やっぱり街の平和を守るなら徹底しないと」

「平和ねぇ。あっそうだ」

 と言ってさくらは紙の剣を解体し始める。

「なにか思いついたのですか」

「やっぱり強くなるには実践で経験を積むのが一番だと思うの」

 なによりその方が楽しい気がしたからだ。

「確かに一理ありますね。しかし、今までは運よく悪に打ち勝って来ましたが毎度勝てるでしょうかね」

「だからまずはそんなに強くなさそうな奴を狙おうよ」

 と言って完全に解体されて平面になった紙の剣を瑞穂に差し出す。

 紙には凶悪犯達の顔が並んでいる。紙の剣は指名手配書で出来ていたのだ。


 明陽市の悪い奴が勢ぞろいしている指名手配書の紙面を物色する二人。

「海賊シーバルトなんてどうですか」

「絶対強そうだよ」

「じゃあ露出強盗クロサキ」

「あまり関わりたくないタイプの強盗だね」

「では怪盗つけもの男爵」

「それだ」



 怪盗つけもの男爵を捕まえるため、二人は電車内での張り込みを始めたのだが。

「やっぱりこれだけ人がいると見つからないですね」

「やっぱりピッツァでも食べに行こうよ」

 二人が諦めかけたその時である。

「人斬り三年蕎麦切り三日、だったら三日を選ぼうか」

 颯爽と現れた半裸の男がいた。

「あなたはキャプテンオソバ」

「何しに来たんですか」

 突然現れたキャプテンオソバは

「視覚に頼るんじゃあない。人間の五感の可能性を信じるんだぜ」

 とだけ言い残すと向かいのホームに停車していた電車の女性専用車両に飛び込んでどこかへ消えていった。

「やっぱりあの男も斬っておくべきでは」

 瑞穂は刀のキーホルダーを手に取った。

「待って、あの人今いいこと言ったよ。そうだよ、このつけものの臭いをたどって行けば」

「なるほど一理ありますね」

 と瑞穂はさくらの手を取りその匂いを嗅いで

「うわくさっ」


 つけものの臭いを手掛かりに二人は駅の回りを歩きまわる。

「こっちからつけものの匂いがするよ。」

「さすが大友さん」

 もはやさくらの嗅覚だけが頼りだった。

「ここだよ」

 そこは駅の近くのつけもの専門ショップ「漬けランジェロ」

「つけもの屋さんじゃないですか」

「でもここから匂いが…………」

 だがそんな事気にならないほどの会話が店内から聞こえて来る。

「お前ら金を出せぇ、出さないと脱ぐぞ」

 野太い男の声だ。

「これは強盗なのでは!?」

「いや、変態だよ」

「大友さん」

「うん」



 強盗なのか変態なのかわからない奴が乗りこんで来たつけものショップに今度はコスプレ美少女が二人も乗り込んで来た。

「待ちなさい強盗は許さない」

「変態も許さない」

 強盗はまだ脱いでいなかった。

「なんだよお前ら。俺の生き方を誰かに指図される覚えはねぇよ」

 と言って強盗はズボンに手をかけ、まさに変態に羽化しようとした瞬間だった。

 幾条もの銀色の光がきらめき、露出強盗は壁に縫い付けられてしまった。これは手裏剣だ。

 プリティ・ヘルの二人は振り返る。手裏剣の主は小柄な中年男性だ。小袖に袴でキセルを咥えている一般的な武士の風貌だ。

 だが、二人はその男から感じる異様な空気を感じ取っていた。

「この人は一体」

「普通じゃ…………なさそうだね」

 なにより帯刀している。また危険そうなのが来店したらしい。


「犯罪の臭いをたどれば裁きの宝刀にたどり着く、占いは真であったな」

 男は口から煙を吐きながら言った。

「あなたは一体なんですか。銃刀法違反ですよ」

 瑞穂は怖気づくことなく問う。

「おっと自己紹介が遅れたな。わしは山善左衛門(やまぜんざえもん)。山が姓らしいぜ」

「はい質問です。善左衛門さんは私達に用があるんですか」

 ここで恒例のさくらの質問タイムだ。やっぱり知らない人は気になる。

「いい質問だ。わしはお前たちに用がある」

「もしかしてファンですか。サインしますよ」

 と言ってさくらは色紙を取り出してサインを始める。実はこんな事もあろうかとサインの練習だけはしていたのだ。

「あっどうも。だがわしは別にファンではない。お前たちのその宝刀をいただきに参上したのさ」

「だってさ、どうする瑞穂さん」

「どうって、正義の邪魔をするならそれはもう悪ですね」


 二人は抜刀した。

「どうやらその宝刀は本物の様だな」

 と善左衛門も抜刀する。

「一体どうしてこの宝刀を狙うのですか」

「もしかして善左衛門さんもプリティ・ヘルになりたいの」

 さくらの刀を握る手に力が入る。やっぱり戦いはこうでないといけないと思っている。

「その宝刀の意味を知らぬならば好都合。わしが貰い受ける」

 善左衛門の左手が袖の中に滑ったかと思えばまた銀色の光。手裏剣がほとばしるのを合図に二人は駆けた。

「そんな手裏剣に当たる私達じゃありません」

 瑞穂は一気に距離を詰めて善左衛門の懐に入ったのだが。

「不知火忍法霞地獄」

 善左衛門が大きく息を吸ってからキセルを吹くとキセルからは煙が沸き立ち、それが二人の方向に流れてくる。その色はたちまち二人の視界を奪ってしまうほどに濁っていき、二人は狭い店の中で敵を見失ってしまった。


「あっ」

 煙の中から伸びた手がさくらの手首を掴む。あっという間に善左衛門に背後を取られ刀を奪われそうになる。

「刀をよこせ」

 圧倒的な腕力でなすすべもないさくらだったが

「これでもくらえ」

 と掴まれてない方の腕を延ばして手を善左衛門の顔に被せた。

「うわくさっ」

 強烈なつけものの匂いに善左衛門は思わず手を放してしまう。さくらはその一瞬を見逃さなかった。

「今だっ」

 全力で地面を蹴り距離を取る。

「逃げよう瑞穂さん」

「なんて事なの」

 さくらは瑞穂の手を取って店の外に出る。

「逃がすか」

 と善左衛門も店の外に出るが雑踏には帰宅ラッシュの人々。逃げられた。



 さくらと瑞穂は変身を解除して駅まで逃れ、電車に乗りこんでいた。

「危なかったね。もう少しで刀を奪われるところだったよ」

「何者なんでしょうかあの男。それに不知火忍法も気になりますね」

「あっ」

 ここでさくらがある事に気が付く。

「瑞穂さんのつり革、つり革じゃなくてたくあんだよ」

「敗北とはこうも塩辛いものなのですね」

 これがプリティ・ヘル初めての敗北だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る